2019年05月20日15時05分掲載  無料記事
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沖縄/日米安保

辺野古新基地建設とジュゴンの死  花輪伸一

 今年3月18日に、名護市西隣の今帰仁村(なきじんそん)にある運天(うんてん)漁港の防波堤で、1頭のジュゴンの漂着死体が発見された。体表には多くの傷跡が見られたが死因は特定されていない。現在、死体は今帰仁村が管理し、沖縄美ら島財団に死因調査を依頼している。 
 
 ジュゴンは、文化財保護法による天然記念物(1972年指定)、水産資源保護法による要保護野生水産動植物(1993年)で、ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引に関する条約)では付属書機丙任眄簗任危惧され商業目的の国際取引は原則禁止)に記載されている。 
 
 ジュゴンは、西太平洋からインド洋にかけての大陸や島嶼の沿岸域に生息している。個体数は不明だが、過去にオーストラリアに8万頭、他の地域に2万頭という推定がある。オーストラリア以外では、生息域が分断され個体数も減少している。減少の原因は、漁網(刺し網・定置網など)による混獲、船舶との衝突、採食場所(海草藻場)の喪失、密猟などが上げられている。 
 
 ジュゴンは比較的長命で70歳に達するものもいるという(歯の年輪による推定)。繁殖は栄養状態により異なり、6〜17歳から始まって数年おきに出産するとみられている。授乳期間は1年6か月以上で、その間は母子群で生活するが、それ以外はオス・メスともに単独で生活する。食べ物はアマモやウミヒルモなどの海草(うみくさ)類に限られるため、広い海草藻場の存在が生存上不可欠である。 
 
 沖縄島は、現在、ジュゴンの分布域の北限に当たる。かつては奄美諸島以南の広い範囲に分布していたが、宮古・八重山、奄美では1960年代に絶滅したとみられ、沖縄島周辺にのみ少数が生息するだけになった。台湾でも1930年代に絶滅したとみられることから、最も近いのはフィリピンの個体群である。フィリピンでも絶滅の危機にあり、各種の保護対策がとられている。 
 沖縄島周辺海域での航空機による調査では、粕谷俊雄(1999年)による10頭、防衛庁(2000年)の6頭、環境省(2004年)の12頭の記録のみであった。そのため、ジュゴンは日本の哺乳類では最も絶滅の危機にある種と言える。 
 
 辺野古新基地建設に係わる沖縄防衛局の環境アセス評価書(2012年補正)では、ジュゴンは、東海岸の辺野古・大浦湾・嘉陽にかけて生息する個体A、西海岸の屋我地島・古宇利島東側に生息する個体BおよびCの3頭のみとされた。Cは若い個体で辺戸岬を回り大浦湾まで移動している。また、B、Cは母子と推測されている。 
 
 環境アセス後に継続されている防衛局の現況調査では、2015年6月以降に個体Cが、2018年9月以降には個体Aが発見されなくなった。そして、今年3月の漂着死体の発見である。この死体は体の特徴(左側腰部の凹み)から個体Bと判定された。そのため、現在は沖縄島周辺ではジュゴンが1頭も見当たらず、極めて危機的な状況になっている。 
 防衛局の調査データ(2007〜2018年)をみると、最近のジュゴンの生息域は、辺野古・大浦湾・嘉陽から安田を経て辺戸岬を回り屋我地島・古宇利島東側に到る範囲に限られている。この生息域では、辺野古・大浦湾で海底ボーリング調査と阻止行動(2004〜05年)、水中ビデオや録音装置等の設置(2007〜09年)が行われ、今も埋立護岸の建設(2017年〜)と土砂投入が続いている。さらに、生息域の西端から東端にいたる土砂運搬船の航行(本部〜辺戸岬〜辺野古)が行われている。 
 
 したがって、ジュゴンの生息域では、少なくとも過去15年以上にわたり、辺野古新基地建設に関連する大きな人為的撹乱が繰り返されてきた。また、キャンプ・シュワブの米国海兵隊の水陸両用戦闘車両による訓練も日常的に行われている。その結果、特に撹乱の大きい辺野古南側および大浦湾西側では、2004年以前は比較的多くの目撃や食痕の記録があったにもかかわらず(ジュゴンネットワーク沖縄の記録による)、現在ではほとんど記録が得られなくなっている。 
 
 これらの人為的撹乱は、音に敏感だと言われるジュゴンにとって生活上の大きなストレスであり、悪影響をおよぼしてきたことは間違いない。また、広い面積の海草藻場がある辺野古・大浦湾の採食場所が、各種調査や船舶の航行、工事の開始によって利用不可能になったことは、個体A、Cにとって生存上の大きな打撃になったと考えられる。生息条件の悪化により、A、Cは他の島の海域に移動した可能性も考えられ、確認のため広い範囲の調査が必要である。 
 
 防衛局の調査では、嘉陽沖でのジュゴンの食痕は2018年11月調査までは記録されていたが、辺野古の埋立護岸内部に土砂投入が開始された12月からは記録されなくなったという。防衛局は、ジュゴンが姿を消したのは工事とは無関係であると主張しているが、これは事実に反する。先に述べた長年にわたる新基地建設に係わる各種の調査や工事による撹乱により、広い海草藻場で安全に採食できるという重要な生息条件が満たされなくなった。これが大きな原因と考えるのが妥当であろう。 
 
 推定するならば、個体Bの子であるCが成長し、狭いBの生息場所から出て、辺戸岬を回り個体Aのいる嘉陽沖にやって来たが、ここの藻場も2頭には狭く、若くて移動性の強いCが新天地を求めて出て行った。一方、辺野古・大浦湾が使えなくなったAにとって嘉陽側の藻場だけでは不十分になったのではないか。 
 
 防衛局によるジュゴンの保護対策は、工事船舶からの見張りや海中での鳴き声記録など、もともと実効性がほとんどないものばかりである。十分な質と量の採食場所の確保、船舶の航行や騒音などに対する安全の確保は、まったく行われていない。 
 なお、今年4月の報道によると、環境省のヒアリング調査では、ジュゴンの目撃や食痕など2000年以降の観察例が、八重山諸島と多良間島で写真等の直接証拠はないが11件得られている。ジュゴンは普通は定住性だが、オーストラリアでは時に100キロメートルを超える長距離を移動することが知られている。 
 
 沖縄島北部沿岸に生息していたジュゴンは、2頭が行方不明となり、1頭が死亡し、たいへん危機的な状況にある。その原因は、辺野古新基地建設にあることは、かなりの確からしさをもって言えることである。そのため、絶滅危惧種の沖縄のジュゴンを保護するためには、まず建設工事を中止すること、続いて行方不明の2頭を探し保護対策を立てること、さらに、琉球列島全域およびフィリピンの個体群との関係も視野に入れて、広い範囲で長期的展望を持って調査を行い保護対策を立てることが必要がある。 
 
(筆者は「沖縄環境ネットワーク世話人」) 
 
 
図1.大浦湾を泳ぐジュゴン(撮影:東恩納琢磨) 
図2.沖縄島北部のジュゴンの生息範囲(沖縄防衛局資料) 


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