2019年05月22日13時52分掲載  無料記事
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英国のケン・ローチ監督の新作 "Sorry We Missed You" 労働者に労働者自身で搾取させるシステムを描く作品

  英国のケン・ローチ監督と言えば社会派の映画を作ってきた人だが、カンヌ国際映画祭の最高賞も2回受賞している。そして、今、開催されているカンヌ国際映画祭で上映されている新作が"Sorry We Missed You"というタイトルで、これも話題を呼んでいるようだ。いったいどんな話題かと言えば、現代の新しい搾取のシステムをそれに追い込まれる労働者の一家に焦点を当てて描いたものらしい。 
 
  筆者は未だ見ていないために「らしい」という言葉で語らざるを得ないが、いくつか現地発の記事を読むと、だいたいの内容のイメージはつかめる。それは、つまり、労働者に労働者自身で搾取させる、というものだ。これまでなら、非正規雇用の労働者の生活の厳しさや苛酷さが描かれることはあったが、この映画ではそこから一歩先の現実を見つめている。つまり、非正規雇用から抜け出して安定的な仕事を得たいと思った人々に自ら企業主になってもらい、自分で自分を雇用させる仕組みである。 
 
  フランスメディアの記事によれば、映画で描かれるのはオンラインの弁当の宅配を請け負う仕事だという(おそらく多くの非正規雇用者が正規の仕事に戻れると期待して参入するのだろう)。自ら企業主になるために労働者はローンで配送用のトラックを買うことになる。しかし、(おそらく初期投資で借りた借金の返済もあるのだろうが)やりくりするためには1日14時間、週6日間働かないといけない状況に追い込まれるようだ。 
 
  今、日本のコンビニのチェーンで、本部と契約を結んでいるオーナー店主たちの不満が表に報じられつつある。この映画も少し似ているらしい。この映画を日本のコンビニのシステムにたとえれば、非正規雇用のコンビニ店員が自らオーナーになって、自分で小さな店をもちその経営者となって、そこで自分も働く、という仕組みだろう。コンビニでは24時間、週7日、無休で稼働しているが、店員が集まらなければこれまではオーナーの家族が深夜でも店に立たなければならなかった。今、セブンイレブンでは店主の意向次第では時間短縮も試験的に行うとされる。 
 
  ケン・ローチの映画はコンビニの世界ではないが、似ているものがあると思える。現代の資本主義では労働者にリスクを取らせ、システムを作る側の人々はなるだけリスクを取らないようになりつつあるようだ。社会保険を引き受けず、労働組合活動も起きにくい仕組みに作り替えていく。リスクは末端の所得の低い人々に課せられる方向に資本主義は今、「進化」している。週何時間働くかは企業主に判断させる仕組みだから、チェーンの本部は労働問題の責任を問われることはない。しかし、この映画では週6日、1日14時間も企業主となったかつての非正規雇用者は働かざるを得ない。今、日本では多様な働き方、という言葉で労働法を規制緩和しようとしているが、ケン・ローチ監督の映画はその先にあるものを想像させてくれるのではないかと思った。自己責任や多様な働き方といった言葉で、労働法を実質的にないものにしていく、これは200年にわたる労働者の闘いの歴史を過去に戻していくものだろう。 
 
 
■フランスのニュース専門放送局LCIのこの映画に関する記事 
https://www.lci.fr/festival-de-cannes/festival-de-cannes-2019-sorry-we-missed-you-ken-loach-en-colere-a-cannes-desormais-c-est-le-travailleur-qui-doit-s-exploiter-lui-meme-2121493.html?fbclid=IwAR2ezWArWqtsIX1a9o0UYlnBWgny9Cxaw6sBqDPX4a3nsC8E1Rp1hsUJ5mA 
 
 
■財界の「終身雇用はもう限界」発言、やっぱり無責任じゃないですか? 
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/64738 
 
 
■国会パブリックビューイング (4月9日)で語られた「働き方改革」とフランスのマクロン改革 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201905050922090 


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