2019年06月01日12時59分掲載  無料記事
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アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(2014)またはメキシコ人の力

   アメリカのトランプ大統領は2016年の選挙選の時から、メキシコ人への侮蔑を繰り返してきた。国境を越えて侵入してくる犯罪者という見方を政治の場で堂々と語って恥じることがない。しかし、ハリウッド映画を担う一人のリーダーが、今やメキシコ人であることを世界に示したのが、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督が2014年に公開した映画「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」(Birdman or The Unexpected Virtue of Ignorance)と言っていいだろう。イニャリトゥ監督は2016年にもハリウッド映画「レヴェナント: 蘇えりし者」で高い評価を得て、文字通り、現在、米国で最も質の高い映画を作れる監督と認知されるに至った。 
 
  「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」という映画は、不振にあえいできたかつての娯楽映画の有名俳優(「バットマン」の主演俳優だったマイケル・キートンが演じている)が、ブロードウェイの舞台に立つため再起をかける映画である。初老の主人公は次々と迫りくる障壁と闘う。麻薬中毒と闘う娘との葛藤、天才俳優の起用がもたらす珍事件、ニューヨークタイムズ批評家の冷たい眼差し、離婚した妻との過去、そして何より、彼自身の昔の成功体験。こうしたものと彼は向き合うことになる。そのいずれの葛藤にも説得力があり、人間のむき出しのぶつかり合いがある。彼がかつて出演したスーパーヒーローの映画と、骨太の舞台劇は異質な世界である。その溝を乗り越えるのは容易ではない。公開を控えて試演を繰り返す劇場にカメラを据え、その空間で繰り広げられる様々な葛藤を描いたこの映画は、才人のイニャリトゥ監督による演出であるが、往年のアメリカ映画をも思い出させる。 
 
  1970年代までのアメリカ映画は特撮などは使わない骨太の人間劇が多かった。今回、メキシコ人の映画監督はその骨組みを踏襲しつつも、SFXを使って煮詰まるような劇場の密室から飛び出して自由に空を飛び回る初老の主人公の男の思いを描き出している。このような特撮の使い方にも新しさを感じた。それはむしろ、文学における心理描写に近い。超現実を描くために使う特撮、というよりも、主人公の主観的真実、あるいは内面の願望を描くために使われているのだ。だが、イニャリトゥ監督はこうした彼の主観を同時に、現実世界と交じり合わせている。それによって、この映画は「バードマン」=鳥人間を演じてきた男が本物の鳥人間になる寓話に昇華された。現実世界の重み、そして物理的な重力を超えるのは人間の精神である。 
 
  思えばメキシコ人の映画監督がハリウッドを担う、ということはアメリカの映画史を振り返れば特別のことではない。欧州でナチスが台頭した時、ユダヤ系を中心に多くの芸術家、知識人、映画人がアメリカに亡命した。彼らの影響は戦後、アメリカ文化の興隆の土台となった。映画界でもビリー・ワイルダー監督その他、巨匠たちがハリウッド映画の担い手となった。異質の文化を持つ人間を導入することでアメリカはその力を刷新してきたのだ。 
 
 
 
■フアン・ルルフォ著 「ペドロ・パラモ」 
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