2019年06月13日14時22分掲載  無料記事
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『主戦場』がリアル社会に飛び出してバトルが ——慰安婦はいなかったと言う人たちとミキ・デザキ監督   笠原眞弓

 この映画『主戦場』を観たとき、まず頭をよぎったのは公開映画館の前には、慰安婦を認めない一連の人たちが旗と拡声器を持って集まり、上映妨害をするのではないかということ。ところが4月20日の公開後、いつまで経ってもそんな噂は聞こえず、「よかった」「よくわかった」「満員だった」と肯定的な評価ばかりが聞こえてきた。筆者も「なかなかの映画だな」と思った。 
 
 ところが5月30日になって、右派の慰安婦は性奴隷ではなかった。強制ではなくて、プロの売春婦だったと主張する(いわゆる歴史修正主義者)登場者8人のうちの7人が名を連ね、そのうちの3人藤岡信勝氏、藤木俊一氏、山本優美子氏が記者会見を行った。そこで上映を中止することを要求し、場合によっては訴訟も厭わないという。 
 
 彼らの言い分は、ほぼ以下の3点に絞られる。 
1学術研究というので無料で協力したのに、劇場公開して儲けている。劇場公開については何も聞いていない。承諾書と合意書違反だ。 
2公開前に見せるといったのに、実際にはインタビュー後2年間も音沙汰なく、昨年9月になって10月の釜山映画祭で上映すると連絡をしてきた。合意書違反だ。 
3この映画は、グロテスクなプロパガンダだ。 
 
 それを受けた形でミキ・デザキ監督側(監督、弁護士の岩井信氏、配給会社東風の)の記者会見が6月3日大勢の記者を集めて行われた。 
 デザキ監督は、そのすべてに違反していないと説明。手元に配られた2枚の資料は承諾書と合意書。2種類あるのは、藤岡氏と藤木氏が、承諾書では不十分だといい、監督と協議して合意書を作ったとか。監督は本映画の公開前に藤岡・藤木両氏に確認を求め、両氏も速やかに確認すること。もし不満があればその旨をエンドロールに明記するとなっている。 
 
 「1」に対しては、承諾書には、彼らのいう「学術研究のみに使用する」とはどこにも書かれていない。そればかりか「…自由に編集して利用すること」、製作者またはその指定するものが「…本映画の著作権を含む権利をすべてを所有する」、同じく「…永久に本映画を配給・上映または展示・公共に送信し…ビデオ・DVDを販売・貸与すること」ととある。 
 最初にどこで公開するのかと聞かれたので、出来が良ければ、一般公開すると言ったともいう。 
 
 では「2」の、藤岡・藤木両氏が事前に見せていないと言っているのは、どうなのか? 
 デザキ監督は、2018年10月の釜山の映画祭の5ヵ月前に、本人の発言部分を切り取ったものをメールで送っている。だが藤岡氏からは見てから返事をすると言ったきり、返信はなかった。藤木氏からはその時返事もなかったのだが、釜山映画祭出品のお知らせには、映像を見ていないと言ってきたという。やりとりの中で再送したが、返事はなかった。2人の返答がなかったということを承認したと解釈したという。年が明けて始まった8回の試写会にも出演者を招待したが、彼らは来なかったという。 
 「3」のグロテスクなプロパガンダというのも、彼らを歴史修正主義者としているからだろう。しかし、世界的に認められている歴史を認めない場合、「歴史修正主義者」というのが一般的だ。だから彼らはそう認識されているし、そのように積極的に活動している。藤木氏からは、「歴史修正主義者」と呼ぶことに対して怒りのメールが届いたが、では何というのかと聞いたところ、それには答えが返ってこなかったと話す。 
 
 デザキ監督側の話を聞く限り、正式な書類もそろい、説明もなされ、映像を見る機会も与えられていたとなると、訴訟を起こしても勝ち目はないのではないかと思える。それにしても、彼らはなぜ今頃記者会見をしてまで、映画公開に異議を唱えたのか。彼らの発言は、私が聞く限りいつもの彼らの発言とぶれてはいない。藤木氏本人も、記者会見の映像では、発言の訂正はないとしている。 
 
 この問題、いまのところ表立った進展はないようだが、どう決着するのだろうか。こうして話題になったことが、さらに上映館を増やすことにつながっているようで、皮肉な感じもする。 
 
 監督は植村隆氏の事件に関心を持ち映画を撮ることにしたが、監督自身撮りながら理解していったということで、その過程が映画にも滲み出ているように思うのは、深読みすぎだろうか。それにしても最後は安倍政権のおかしさにまで言及していて、やはりなかなかの映画なのである。  (2019/6/11) 


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