2019年06月16日14時17分掲載  無料記事
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ジョルジュ・ルフェーブル著「革命的群衆」〜フランス革命で津々浦々の農民たちはどのように立ち上がったのか?〜

  フランス革命の研究で知られるジョルジュ・ルフェーブル(Georges Lefebvre, 1874-1959)は農村における革命過程の研究から出発した歴史学者である。翻訳者である二宮宏之氏によると、ルフェーブルは学位論文で「フランス革命下のノール県の農民」を提出して学位を得た。この研究は革命の起きた1789年の7月から8月に、「アリストクラート(特権階級の1つで貴族)の陰謀」という噂が各地に広まり、農民たちが自衛のための武装を始め、やがては革命に参戦していくプロセスということである。この陰謀の噂というのは貴族が雇って組織した野盗らが隊列を組んで農民の収穫物を奪い取り、農民たちを殺戮しにやってくる、と言ったものだったようだ。そこで恐怖を抱いた各地の農民たちは武装して領主の城や修道院を襲い、焼いたり、占領したりしたのである。映画でいえば黒澤明監督の「七人の侍」で、野武士の襲撃を目の前にした農民たちの自衛の反撃と言ったところだろうか。ノール県はフランスの東北部で、ベルギーとの国境地域に位置し、ルフェーブルが生まれ、大学で学んだのもリールを中心都市とするノール県だったのだ。 
 
  バスチーユ監獄をパリ市民が攻撃して端を切ったのが7月14日であるので、その衝撃がパリ以外の全国各地に波及していく時期に当たる。7月14日の立ち上がりが都市のブルジョアジーなどだったとしても、その運動は当時の国民の圧倒的多数を占める農民(当時の人口の4分の3と推定される)に1か月で猛烈な勢いで波及していったのである。バスチーユ監獄の攻撃という全国規模で見れば都市の最先端の一部の行動が、全国でランドスライドを引き起こしたのはなぜか。ルフェーブルのテーマはそこにあり、若き日のルフェーブルが最も注目したのは農民だったのだ。 
 
  本書「革命的群衆」でルフェーブルは最初は単なる人のバラバラの集まりだった群衆が、やがて革命とという共通目的を持った「結晶体」になって行くときに、欠かせないものが「心的相互作用」という働きであり、これによって「集合心性」が形成されると言う。つまり、自覚した独立の個々人だけでは革命は起こせなかった。そこには、人々の集合体が単なる群衆から結晶体に昇華する瞬間が訪れるのだ、というのである。 
 
  ルフェーブルはその「心的相互作用」は革命それ自体よりもはるか以前から、そのプロセスが始まっていたと言う。農民と言えば都市のブルジョアジーや貴族、僧侶などに比べれば文盲率も高かったはずだが、そんな農民たちが市や教会や輪作、居酒屋などの人々の集まる場で多様な職業の人々と接する機会を持っていた。その集まりは農民たちにとっては楽しみでもあった。その時に農民たちは互いの交流の中から、時代の課題や不安などを共有していたというのである。そこでは歌や新聞なども機能したが、むしろ、最も大切だったものは「語らい」だった。人々は話をすることで何が今起きているか、そして何をしなくてはならないかを認識することができたのである。これが最終的に集合心性を作る下地となり、1979年の7月から8月にかけて、農民たちが瞬時に立ち上がるきかっけとなったのだ。これは普段の語らいの中でルフェーブルが「平準化作用」と呼ぶように、意識の共有がすでに行われていたことが要因だという。 
 
  ルフェーブルには「1789年―フランス革命序論」という本もあるが、こちらはフランス革命をアリストクラート、ブルジョワ、民衆、そして農民の4つの階層に分けて、それぞれがどう自立した革命運動を進めたのかを検証している。実際に、革命の主体となった「第三身分」と呼ばれた人々においても都市と農村など様々な利害があり、決して1つにまとまっていたわけではなく、革命運動もそれぞれ独自のリズムでそれぞれが進めていったと言うのである。もちろん、互いに影響を及ぼしあっていたのだろうが・・・。 
 
  今日、世界で生まれているデモの市民は香港であれ、パリであれ、ニューヨークであれ、ロンドンであれ、どのようにその次の時代を拓いていくのだろうか。彼らはルフェーブルが書いているような革命的群衆なのだろうか。その心的相互作用があるとしたら、どのようなものなのか。そんなことを考えながら、本書を読んでみると、遠かったはずのフランス革命が決して過去の退屈な世界史のエピソードとは思われなくなる。 
 
  さて、本書の後ろにフランス革命年表が付してある。興味深いのは「アリストクラートの陰謀」という噂が、実際にはフェイクニュースだったということである。ところが、このフェイクニュースが農民に恐怖を与え、自衛するために津々浦々で農民が蜂起し、やがて革命運動に集結していったと言うのである。これは「1789年の大恐怖」とも言われる。翻訳者は注にこう付している。 
 
  「民衆蜂起において、情報の歪曲、さらには偽りの情報が果たす役割はきわめて大きい。『大恐怖』はまさにその典型的な例であり、かつてリュシアン・フェーブルは、ルフェーブルの『1789年の大恐怖』を書評するにあたり、『巨大な誤報』と題した。・・・・・ここで重要なのは、デマや噂が、単なる誤報に留まらず、集合心性に合致することによって、あれほど広く拡まったという事実である」 
 
  今日のツイッターがデジタルネットワークにおける集合心性を形成しているとしたら、フェイクニュースが拡散されていく速度はフランス革命の時代の比ではないだろう。 
 
  ところで、ルフェーブル自身は「1789年―フランス革命序論」の中で、大恐怖に農民が動かされていたことは認めながらも、農民たちは革命の起こるよりずっと以前から、アリストクラートである領主らの重税や振る舞いに憤りを感じており、領主の主張する特権の根拠などは幻だと思うようになっていた、と言う。その証拠として、1789年7月14日のバスティーユ攻撃以前から、というより、歴史的に頻繁に農民の蜂起は起きていた。それら散発した津々浦々の農民運動に史上初めて、人間の平等を説いたジャン=ジャック・ルソーらのフランス革命の理論が理論面での正当性を与えた、というのである。これは市や居酒屋などで他の階層と出会うことで、集団心性が形成されていたことによる。 
 
 
 
※ジョルジュ・ルフェーブル著「1789年の大恐怖」(原書) 
https://m.armand-colin.com/la-grande-peur-de-1789-9782200293048?fbclid=IwAR2VPo894UQPwaTAc9nVYmIGwPGOpzVpT5E6pwzlwveDLUnBi16aGNRLYPk 
 
 
村上良太 
 
 
■NYT社説<日本はTPP参加によって農業のリストラを強く希望していることがわかった> 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201401031707405 
 
■パリの芸術家 〜ラルザックの夏の思い出〜 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201310100728074 
 
■分断を見る’北緯17度線への旅’ 〜戦場カメラマン・石垣巳佐夫〜 村上良太 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201110152227346 
 
■フランスからの手紙26  あのキプロスが欧州連合理事会の議長国となる・・・Chypre va presider l’Union Europeenne… パスカル・バレジカ 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201206301853266 


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