2019年07月30日12時47分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

空族の新作は禅の僧侶たちの葛藤を描いた「典座」(富田克也監督、相澤虎之助共同脚本)

  空族(くぞく)とは変わった名前ですが、日本の気鋭の映画製作集団です。空族はこれまで疲弊する地方に生きる若者がブラジルからの移民労働者と抗争する物語を描いた「サウダーヂ」や、タイの売春婦に日本人客をあてがう日本人の風俗業者たちと売春婦たちの生を描いた「バンコクナイツ」など、いずれも3時間を超える長編力作を自前で作ってきたグループです。驚くのはたとえば「バンコクナイツ」で登場する売春婦たちが現実にその世界の女性たちであり、撮影の舞台も現実のその場所を借りて撮影した、ということです。これには本当に驚きました。現実の人がドラマを演じながら、俳優を凌ぐほどに見事に「自分」を演じ切っていたからです。空族は現実の人間に演じさせることで、プロの俳優にはできないホンモノの存在感や空気、リアリティを重視していると言えます。 
 
  この秋、空族が日本で公開するのは「典座」(てんぞう)です。典座とは禅宗の1派・曹洞宗で重視される精進料理を司る役職。曹洞宗では食が修業において極めて重要であると位置づけているため、本作品でも食は映画の大きな柱になっています。「典座」では2人の修業中の僧侶を中心に、現代日本が直面している社会の崩壊、精神的不毛、技術文明による自己破壊に対して、いったい宗教に何ができるのか、救いとは何なのかと問いかけています。この映画でも登場人物は現実の曹洞宗の僧侶たち。その修行生活に取材しながらドラマ作った、という点で空族がこだわってきたリアルさを今回も見せています。 
 
  「典座」では河口智賢(ちけん)氏と倉島隆行(りゅうぎょう)氏の二人の曹洞宗の僧が主演です。それぞれ対照的な役割を演じています。河口氏は子供に食べ物のアレルギーがあることから、山梨県で自然食をテーマにした精進料理教室を寺で行っています。彼を通して典座の奥行が語られていきます。河口氏が演じる僧は〜河口氏自身でもあるでしょうが〜曹洞宗の開祖である道元が修業した中国の禅寺を目指し、そこで道元が見ようとしたのは何かを追体験する旅に出ます。自然の豊かな場所で、河口氏はそこで座禅を組むのですが、これほど美しい座禅の姿を見たことがありません。河口氏の寺のある山梨県は富田監督の故郷でもあり、河口氏は富田監督の従兄弟にあたるそうです。かつてはあまり親の後を積極的に継ぐ気ではなかった河口氏がその後、熱心な修行僧になったのはなぜなのか、富田監督が演出を通して探っていきます。 
 
  一方、倉島隆行氏が演じる僧は福島の津波の被災地に生きており、津波で寺を失い、檀家の人々も散逸してしまい、副業の建設業などでかろうじて生きている僧侶を演じています。救いを与えるどころか、自らが救ってほしい、そんな最悪の状況を生きています。前出の僧・河口氏は自殺を考えている人々を救うための命の電話をボランティアで行っていますが、倉島氏の演じる僧は求めに応じることがとてもできません。こうした地獄的状況は「サウダーヂ」でも描かれていましたが、今回は僧を主演にしたことで、闇と救いの葛藤がより明確に浮き上がっているように思われました。倉島氏は実際に東日本大震災の後に福島でボランティアをしていたということです。避難所や仮設住宅で暮らす人々を訪ねて支援活動を行っていたと言うのです。彼がそこで体験したことが、この映画に確かに感じられました。うめき苦しむ人に僧侶自ら陥り、何が自分にできるのか葛藤する姿には、強い訴求力があります。 
 
  この映画でもう1つ大きなインパクトを持つ要素は、修行僧の相談に乗る尼僧の青山俊薫(しゅんどう)老師です。彼女自身若い頃に大いに道に迷い、様々な脇道を経験したうえで最後に曹洞宗の世界を選んだと語ります。その遍歴は非常に興味深いものがあります。空族によると、富田監督が、この映画の製作に乗り出した全国曹洞宗青年会に「あなたたちが是非とも話してみたい坊さんはいるか」と質問したところ、口をそろえて上がったのがこの青山老師だったということです。実際に青山老師にはそれだけの人を引き付ける言葉の力があります。今、仏教界もまた危機の中にあり、信仰の原点に戻らなくてはならないという青山老師のメッセージは、とりもなおさず、この映画「典座」のテーマとも言えるでしょう。 
 
 
※全曹青 映画『典座 -TENZO-』 
https://www.sousei.gr.jp/?p=8678 
 
※カンヌを訪ねた時の富田監督のインタビュー 
https://www.youtube.com/watch?v=cTPBR1LsVNE 
 
※空族のホームページ 
https://www.kuzoku.com/ 
 
 
村上良太 


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