2019年10月03日15時57分掲載  無料記事
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検証・メディア

日本政府にとっては好ましかろう、NHKの日米貿易協定についての説明  Bark at Illusions

 国連総会に合わせて行われた首脳会談で、日米両首脳は貿易交渉の「最終合意」を確認する共同声明に署名した。新たな貿易協定では、日本が農産品の関税について環太平洋パートナーシップ協定(TPP)と同水準の削減・撤廃を行う一方で、米国は工作機械や燃料電池などの工業製品の関税を削減・撤廃する。日本側が求めていた自動車とその関連部品の関税撤廃は無期限で先送りされることになったが、安倍晋三は会談後の記者会見で日米双方が利益を得る「ウィンウィン」の協定だとアピールしている。TPPでは日本の対米輸出額の4割弱を占める自動車分野の関税撤廃が盛り込まれていたというのに、それを行わずに農業分野で米国に対して国内市場をTPP並みに開放することのどこが「ウィンウィン」の合意だと言うのか。 
 
 NHKニュース7とニュースウォッチ9がその理由を説明している。それによると、日本は農産物品の関税について、日本政府が「防衛ライン」と考えていた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の範囲内に抑えることができたうえ、 
 
「米については日本が現在の高い関税を維持したのに加え、 TPPで合意していた関税を課さない輸入枠は設けないことになりました」(ニュースウォッチ9、19/9/26) 
 
 この点で日本は「アメリカから一定の譲歩を引き出した」(ニュース7、19/9/26)ことになる。自動車と関連部品の関税撤廃は米国側が譲らず「継続協議」となったが、米国政府が検討していた日本車への追加関税は、「協定の履行中」は発動しないことを「確認」することができた。今回の交渉で、日本国内の自動車メーカーは「関税撤廃よりも、追加関税と数量規制の回避を優先」するよう求めており、米国国内の自動車産業を保護したいトランプ政権にとっても自動車関税に手をつけないこと自体が大きな成果だったので、 
 
「継続協議という単なる先送りとも言える形でも、日米双方にとって現時点ではウィンウィンの結果だというわけなんです」(NHK政治部・山本雄太郎、ニュース7、同)。 
 
「今回の協議継続は、双方にとってウィンウィンの状態が成り立っている」というのが「大方の見方」だ(キャスター・有馬嘉男、ニュースウォッチ9、同)。 
 
 しかし農産品の関税について言うと、もともとTPPは日本から輸出する自動車や関連部品の関税撤廃と引き換えに、日本の農業を犠牲にする内容だった。TPP水準の関税の削減・撤廃であっても日本の農業は大きな打撃を受けるというのに、自動車関税の撤廃なしに農産品の関税をTPPの範囲内に抑えたからといって何になるのか。しかも実際には関税撤廃どころか、日本車に対する追加関税を阻止するために交渉していたというのだから、日本政府が二国間協議に応じたこと自体が間違いだ。その追加関税については、「協定の履行中」は米国政府が発動しないことを「確認」したと言うが、共同声明では「協定や共同声明の精神に反する行動をとらない」と述べられているだけだ。 
 
 またNHKは日本が米の無関税輸入枠を回避したことを成果として紹介しているが、牛肉などの低関税枠が新たに設けられることになったことについての説明がない。TPP11で設けた牛肉の低関税輸入枠は米国の分も含まれており、日本は米国のための輸入枠を二重に設けたことになる。今回の貿易協定はTPPの範囲内に抑えることができたとさえ言えないのではないか。 
 
 ニュースウォッチ9のキャスター・有馬嘉男は今回の合意が「ウィンウィン」だというのが「大方の見方」だと言うけれども、全国紙の見方はそうではないようだ。 
 
「安倍首相の『ウィンウィン』という説明は、にわかに受け入れがたい」(朝日 社説『日米貿易合意 自由・公正に傷がつく』19/9/27) 
 
「首相は『両国に利益をもたらすウィンウィンの合意』と強調したが、とてもそう呼べる内容ではない」(毎日社説『日米貿易協定の合意 ウィンウィンとは言えない』19/9/27) 
 
「今回の協定は……公正で自由な貿易ルールを多国間に広げる理念とは相いれない。あくまで次善の策と言えよう」(読売 社説『日米貿易協定 現実を踏まえた次善の策だ』19/9/27) 
 
「日本車や同部品に対する米国の関税撤廃が先送りされたのは見過ごせない。対米輸出の主要品目を除外して本当に互恵的といえるのか」、「日本がTPP並みの市場開放を行うなら、米国がTPPで認めていた2.5%の自動車関税撤廃なども時期を明示して約束すべきだった」(産経 社説(主張)『日米貿易協定 同盟支える真の「互恵」を』19/9/27) 
 
 もちろん、ここに挙げたのは全国紙の社説だけで、言論界の中でも非常に限られた枠内の意見ではあるけれども、仮に全国紙の社説が「少数の見方」であったとしても──世論に大きな影響を与える有力紙である4紙が少数派とはとても考えられないが──、幅広い視点で多面的にニュースを伝えるのが公共放送の役割ではないのか。それとも、やはりNHKは政府の主張を受け入れる世論を形成するためのプロパガンダ機関なのか。 


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