2019年10月07日21時07分掲載  無料記事
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コラム

シリーズ「明るいウンコ」

  今のNHKの放送人を一言で表すなら、上から命じられたことをまじめに全うする人たち、ということになるだろう。つまり、上から「今度、健康番組で『明るいウンコ』をシリーズ化することになったから、頑張って」と言われたら、担当チーフプロデューサー以下、スタッフみんなでウンコに関するブレーンストーミングをまじめにやって、いろんなウンコを見比べたり、いろんなトイレを訪ねたりして、それなりに立派なウンコの番組を作るだろう、ということだ。 
 
 「今、ウンコの番組を作っている場合だろうか。もっと優先する番組はないのか」ということは担当レベルでは考えないのである。偏差値の高い人々だから、それなりに立派なウンコ番組を作って、世界でも「ウンコと言えばNHK」と言われるくらいになるかもしれない。ものを考えるレベルで、一番基盤になる「このシリーズはやるに値するのか」と考える価値判断のレベルでは彼らは思考していないのだ。思考が始まるのは命じられた課題をいかにこなすか、という狭いレベルである。たぶん、そのように青春時代から過ごして来たのだろう。価値判断のレベルでの思考を無制限に保留できる人間たちなのだ。 
 
  これはアイヒマンが、ユダヤ人虐殺ということは上層部が考えたことで、自分たちには選択肢はなかったと言った論理と同じだろう。原爆を落としたエノラゲイの乗組員たちが原爆の加害者ではなく、本質は原爆投下を決めた大統領なのであって、自分たちはそれを着々と実行するしか選択肢がなかった、というアイヒマンの理屈と同じである。今、NHKにはさまざまな番組があるけれど、本当に公共放送で取り組むべき、必要な番組はいくつあるだろうか。まず最もやらなくてはならない課題は何か、それを考えて欲しい。 
 
  上司がよい番組を作らせれば優れたドキュメンタリー番組を、ウンコ番組を作らせたら、優れたウンコ特集を・・・こんな風にどんな題目でも上司の意向に沿って、それなりにそつなくこなす、というのは人間と言うより産業ロボットである。「ノーと言えない人生」。何一つ破綻なく列車が時刻表通りに運行されていく、それが真の幸せなのか。 
 
 
 
 
武者小路龍児 


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