2019年12月01日21時11分掲載  無料記事
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検証・メディア

メディアは重要法案の行方も報道を  Bark at Illusions

 閣僚の辞任や安倍晋三らの「桜を見る会」を巡る政治スキャンダルを隠れ蓑に、国会では着々と悪法成立に向けて事が運んでいる。11月19日には日米貿易協定承認案や教職員給与特別措置法改定案が、懸念や不安を残したまま十分な審議が行われることなく衆議院本会議で可決され、現在は参議院での審議が行われているが、マスメディアや市民の注目が集まっているとは言い難い。 
 
 今国会の最大の焦点の一つである日米貿易協定については、安倍晋三が日米双方にとって「ウィンウィン」の協定だとアピールしているが、実際には日本が米国に対して一方的に譲歩する内容だ。日本側が農産品の関税を環太平洋パートナーシップ協定(TPP)並みに撤廃・削減する一方で、TPP交渉では農産品の市場開放の見返りとして盛り込まれていた日本車と関連部品の関税の扱いについては、「さらなる交渉次第」ということになった。 
 
 対米輸出額の4割弱を占める日本車と関連部品が協定に含まれないなら、二国間の貿易協定締結の際のルールとして貿易額の9割程度の関税撤廃を求めるWTOの規定に違反することになる。また協定の付属書には、米国だけが「将来の交渉」で農産品に関する「特恵的な待遇を追求」することが明記されている。協定発効後には関税以外の貿易障壁やサービス・投資分野の交渉を行うことになっているが、今回の協定で米国のドナルド・トランプ大統領から日本車に対する追加関税を課さないという約束を得た──日本車の関税撤廃ではなく、実は追加関税を阻止するために交渉を行っていたことになる──と安倍晋三が主張する根拠が、「協定が誠実に履行されている間」は「協定や共同声明の精神に反する行動をとらない」という9月の首脳会談での共同声明が根拠になっていることから、日本側が農産品に関する米国の「特恵的な待遇を追求」するための交渉を渋れば、トランプが日本は協定を「誠実に履行」していないと判断して自動車の追加関税を言い出しかねず、日本政府は更なる農産品の関税撤廃を迫られるのではないかとの懸念も指摘されている。(11月21日の参議院外交防衛委員会での共産党・井上哲士参議院議員の質問、赤旗19/11/22)。 
 
 また協定承認案の審議過程にも問題がある。日本政府は協定発効による日本経済や農業分野への影響について、自動車と関連部品の関税撤廃を見込んだ試算しか公表していない。野党は自動車と関連部品の関税が撤廃されない場合の経済効果の資産や対米交渉の議事録など、審議の前提となる資料の提出を求めていたが、衆議院では政府がそれらを拒否したまま採決が行われた。 
 
 教職員給与特別措置法改定案は、教員の勤務時間を1年単位で管理する「変形労働時間制」の導入を図るもので、同制度は「繁忙期」に労働時間を1日10時間まで延長可能にし、その分「閑散期」の勤務時間を減らすことで、1年間の平均で1日当たり8時間の労働に収めようとするものだ。「1日8時間労働」の原則を破ることになり、長時間労働を合法化し、過労死を助長する危険性がある。また法案では生徒が夏休みになる8月を「閑散期」と想定しているようだが、教員は夏休み中も業務があるため、実際には年次有給休暇すら消化できていないのが現状で、現場からは反発の声が出ている。恒常的な時間外労働がないことを前提にした変形労働時間制を、日常的に働き過ぎが指摘され、勤務時間の管理さえままならない教員に対して適用すること自体が問題だ。 
 
 マスメディアはこうした法案の問題点を十分に報道しているだろうか。 
 例えば、公共放送を自認するNHKの主要ニュース番組であるニュース7とニュースウォッチ9は、日米貿易協定の承認案について、法案が審議入りして以降、いずれも1度しか取り上げていない。内容は、日本が一方的に譲歩したのではないかとか、WTOの基準に違反しているのではないかという野党の国会での質問に対して、安倍晋三は自動車関税の「撤廃が前提」であり「合意内容は日米双方に利益があると強調」したとか、協定は「WTO協定と整合的」だと切り返したと伝えるだけでニュースを終えており、それ以上懸念を追求していない(ニュース7、19/10/24、ニュースウォッチ9、19/10/24)。教員の変形労働制の問題については一度も放送していない(11月29日現在)。 
 
 確かに、新聞ではこれらの法案について検証した記事も存在するし、社説でも取り上げられている。また十分な審議を行うことなしに重大な欠陥を抱えた法案の採決を許したことについては、野党の責任も大きい。教職員給与特別措置法改定案は与党の強行採決だったが、日米貿易協定承認案については憲民主党の安住淳が政治スキャンダルの追求を優先して、審議に必要な資料さえ提出されていないにもかかわらず、衆議院での採決に合意してしまった。しかし「権力の監視」がマスメディアの役割だというなら、重要法案に世論の注目が集まらない責任は、やはりマスメディアにある。 
 
 悪法が衆議院を通過したと言っても、まだ参議院での審議は残っており、たとえそこで成立したとしても世論の力で覆すことは可能だ。マスメディアや世論の力の大きさは、既に実施が決まっていた英語の民間試験導入や、長年の慣習である「桜を見る会」の来年の開催が、メディアの追求や市民の反発で延期や中止に追い込まれた事実でも証明済みだ。 
 政治家のスキャンダルを追求しなければならないのはもちろんだが、マスメディアには他の重要な問題についても、もっと力を入れて報道してもらいたい。 


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