2019年12月05日14時33分掲載  無料記事
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反戦・平和

「世界に冠たる日本国憲法」「自衛隊派遣は有害無益」 アフガンで斃れた中村哲医師が実践した平和の理念

 「日本国憲法は世界に冠たるものである」「自衛隊派遣は有害無益」──アフガニスタンで武装勢力の凶弾に斃れた、NGO「ペシャワール会」の現地代表で医師の中村哲さんの言葉である。真の平和は、武器ではなくシャベルによって築かなければならないとの信念のもとに、アフガンの人々と共に灌漑と農業支援に尽力した中村さんは、「国際貢献」の名によって年々進む自衛隊の海外派兵に強い危機感をいだいていた。彼の発言を振り返ってみたい。(永井浩) 
 
 「自衛隊派遣は有害無益」の発言は、中村(以下敬称略)が2001年10月の衆議院テロ対策特別委員会で参考人として述べたものである。 
 
 同年9月に米国で起きた同時多発テロ(9・11)への報復として、ブッシュ米大統領は「対テロ戦争」を宣言、その最初の標的をアフガニスタンに定めた。アフガンのイスラム政権タリバンが、テロの首謀者とされる国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビン・ラディンを匿っているとの理由だった。小泉政権は、対テロ戦争への「国際貢献」「日米同盟の強化」を叫び、米軍のアフガニスタン攻撃を後方支援するために海上自衛隊をインド洋に派遣するテロ対策特別措置法案を国会に上程した。 
 
▽崩れる親日感情 
 タリバン政権の誕生以前から、アフガニスタンの人々と共に大地に足をすえて汗水流してきた中村は、この国の現状をもっとも深く理解している日本人である。彼は国会発言の前の毎日新聞(9月28日)のインタビューで、現在のアフガンにとって最大の問題は大干ばつの襲来だと指摘している。 
 正確な数字はわからないが、この一年間で100万人近くの人が干ばつの影響で死んでいくのではないかと中村は予測する。「それに武力攻撃を加えるということは、アフガンの人々にしてみれば、天災に人災が加わるということです。報復は、歴史に汚点を残す空前のホロコーストになる恐れがあります」。だから、「日本がしなければならないのは、難民を作り出す戦争への加担ではなく、新たな難民を作り出さないための努力なんです。日本が大きな曲がり角にいるからこそ、国民の生命を守るという見地から、あらゆる殺りく行為への協力に反対を訴えます」。 
 
 中村は衆院テロ対策特別委員会で、こうしたアフガンの現状を説明し、「空爆はテロと同レベルの報復行為。自衛隊派遣は有害無益」と同法案に反対した。 
「テロという暴力手段を防止する道に関しましても、これは暴力に対しては力で抑え込まないとだめだということが何か自明の理のように議論されておる。私たち、現地におりまして、対日感情、日本に対する信頼というのは絶大なものがありますね。それが、軍事行為、報復に参加することによって損なわれる可能性があります」 
「私たちが(難民にならないように)必死にとどめている数十万の人々、これを本当に守ってくれるのはだれか。私たちが十数年かけて営々として築いてきた日本に対する信頼感が、現実を踏まえないディスカッションによって、軍事的プレゼンスによって一挙に崩れ去るということはあり得るわけです」 
 
 中村によれば、アフガニスタンの人々が親日的な理由は、日露戦争での日本の勝利とヒロシマ・ナガサキの被爆にある。英国と同様にアフガン征服をねらうロシアは日露戦争での敗北で野望を放棄せざるをえなくなった。広島、長崎を原爆の実験場とした非道な米国への反発と、その犠牲となった日本への同情もある。「タリバンを含めて対日感情はきわめていい」(『空爆と「復興」』) 
 そうした伝統的な親日感情が、ペシャワール会のさまざまな活動を支えてきてくれた。ところが、日本はいま、米国の報復爆撃を支持し、自衛隊をインド洋上に派遣することによって、「つくらなくてもいい敵をつろう」としている。 
 
 テロ対策特別措置法は翌02年に成立、米軍のアフガニスタン攻撃を後方支援するために海上自衛隊がインド洋に派遣された。戦後初めての「戦時」の外国領域への自衛隊派兵である。アフガンの人びとから見れば、自分たちに爆弾を落とす米軍機はインド洋に浮かぶ自衛艦から補給された油で動いている可能性がある。 
 さらに、03年には米英軍のイラク侵攻に呼応して、小泉政権はイラク復興支援特別措置法による自衛隊の海外派兵を強行した。翌04年、「人道復興支援」の名のもとに陸上自衛隊が「戦地」のイラク南部のサマワに駐留し、航空自衛隊はクウェートからイラクへの陸自隊員や物資などの空輸の任にあたった。 
 
 自衛隊の海外派兵とともに、アフガンの対日感情に変化が見られるようになった。中村は、「残念ながら明らかに悪化の兆しがある。今年3月の『イラク攻撃反対』デモでは、日章旗が英米の国旗と並んで焼き捨てられた。このようなことは、親日感情の強いアフガニスタンでは以前は考えられなかった。強い危機感を抱いている」と記した。 
 
 西日本新聞の連載企画「戦後70年 安全保障を考える」で、中村はペシャワール会の現地活動の取材におとずれた同紙記者に、「銃は何も生み出しません」と言って活動をとりまく現状と懸念を説明している。(2014年12月29日付) 
 アフガン有数の大河クナール川から引いた27キロにおよぶ用水路は、60万人に小麦畑や農場をよみがえらせた。中村と共に働くアフガン人は「日本は銃ではなくシャベルを持って助けに来てくれた。特別な国だ」と評価する。だが、その信頼の礎は揺らぎつつある。テロ対策特措法の成立によって自衛隊が米英艦艇への燃料補給を開始すると、アフガン国内では「英国の悪知恵、米国の武力、日本のカネで戦争をしている」という声が広がったという。次いで、イラクへの自衛隊派兵。米国への協力が話題になるたびに、中村は車に描いていた日の丸を消した。いまも日の丸はない。 
 
▽真の愛国者 
 ヒマラヤ山脈をのぞむアフガンの大地から、「平和国家日本」の変貌を憂慮しながら、中村はこう記した。 
「日本国憲法は世界に冠たるものである。それは昔ほど精彩を放ってはいないかも知れない。だが国民が真剣にこれを遵守しようとしたことがあったろうか。日本が人々から尊敬され、光明をもたらす東洋の国であることが私のひそかな理想でもあった。『平和こそわが国是』という誇りは私の支えでもあった」 
「祖先と先輩たちが、血と汗を流し、幾多の試行錯誤を経て獲得した成果を『古くさい非現実的な精神主義』と嘲笑し、日本の魂を売り渡してはならない。戦争以上の努力を傾けて平和を守れ、と言いたかったのである」(『医者、用水路を拓く』) 
 
 中村医師はその精神を、米軍空爆下のアフガンの乾いた大地で、現地の人々と共に灌漑用水と農業をよみがえらせることで実践しつづけた。いのちを守る活動には国境はないことを、銃ではなくシャベルによって実践しつづけた、真の愛国者だった。 
 
*参考文献 
中村哲『空爆と復興 アフガン最前線報告』、2004年、石風社 
中村哲『医者、用水路を拓く』、2007年、石風社 


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