2019年12月06日11時57分掲載  無料記事
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教育

日本国憲法と教員養成「改革」(1) 師範教育へ退行させないために 石川多加子

 2019年10月4日に召集された第200回国会(臨時会)において、給特法(「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」昭和46年5月28日法律第77号)の改正案(閣法第14号)が審議されていることは、既知の如くである。改正案の提出理由は公立学校の「働き方改革」推進を目的とし、1年単位の変形労働時間制を条例で定めて実施できるようにする等となっている。しかしながら同案が実際には、心身を蝕む長時間労働と割増賃金不払いを更に助長するであろうことは、過労死教員の親族等が強く反対している事実からも容易に推測し得よう。 
 
 それにも関わらず、筆者の勤務先(金沢大学)である教員養成学部に在籍する学生達の殆どは、給特法改正の議論について何も知らない。あまつさえ、平和や労働運動に関わる者を別にすれば、教員の多くも詳らかにしないのではないだろうか。当世の学生や若い教職員に関し、同年代以上の同僚や小・中学校、高校の教職員と時折話すと、歴史を知ろうとしない、社会に興味が無いといった傾向がしばしば話題に上る。この儘では、彼等は「戦争が廊下の奥に立ってゐ」ても気付かないだけでなく、積極的に戦争に協力してしまうのではないかという危惧をいよいよ募らせている。 
 
▽財界・産業界主導の「改革」 
 上記の現状をもたらしている主因の一つは初等・中等・高等教育を通した学校教育の問題に他ならず、少なくない部分が教員に関わるのではないかと仮定している。2016年には、他でもない教員養成に係る重大な法改正がなされたのであるが、一般には凡そ知られていない。同年7月に実施された第24回参議院議員通常選挙後の第192回国会(臨時会)で成立した「教育公務員特例法等の一部を改正する法律」(平成28年11月28日法律第87号)は、国家=支配者に都合の良い教師を生み出し、鍛え上げる!為、教職課程と研修への統制を大幅に強化する。同法は、教育公務員特例法(以下、「教特法」と略)、教育職員免許法(以下、「教免法」と略)等計9法の改正から成っている。 
 
 改正教特法は、「職責、経験及び特性に応じて向上を図るべき校長及び教員としての資質に関する指標」(教特法22条の3 1項)いわゆる「教員育成指標」の設定と、2003年度から実施されて来た「10年経験者研修」を「中核的な役割を果たすことが期待される中堅教諭としての職務を遂行する上で必要とされる資質の向上を図る」(同法24条1項)「中堅教諭資質向上研修」に改変することを主な内容とする。改正教特法は2018年4月に施行され、松野博一文部科学大臣(当時)が定めた「公立の小学校等の校長及び教計画的かつ効果的な資質の向上に関する指標の策定に関する指針」(平成29年3月31日 文部科学省告示第55号)の下、各都道府県及び政令市教育委員会は既に、教員養成指標・教員研修計画を策定している。 
 
 一方、改正教免法では、小学校教諭の特別免許状の教科へ外国語を追加し、従来の独立行政法人教員支援センターを独立行政法人教職員支援機構へ改組等を含む。教職員支援機構は、教員支援センターが扱ってきた免許状更新講習の認定や教員資格認定試験実施に加え、教員育成指標策定への助言、教育関係職員の職務上の資質調査等に関する事務を行うこととなった。 
 
 そして何より重大な変更は、免許状取得に必要な単位数に係る科目区分統合(教免法別表第1・2・3・4)であり、教育職員免許法及び同法施行規則に基づいて全大学の教職課程で共通的に修得すべき資質能力を示す「教職課程コアカリキュラム」の導入である。両者が相俟って教員養成に取り返しのつかない損傷を与えるのではないかと日々憂慮している。 
 
 1990年代以降の教育「改革」の“呪文”は、グローバル化、「実学」化、差別(階層)化である。日本経済団体連合会・経済同友会は、人づくりはもとより、初等・中等・高等教育の在り方や入学試験、果ては大学の再編・撤退に関する提言等を次々と公表している。今や教育「改革」の主導権は財界・産業界が有しており、彼らと深く結びついた政府が、中央教育審議会の答申を託宣とし、政策を実行する方式が当たり前の如く罷り通るようになってしまった。ICT人材、AI人材育成はその代表であろう。 
 
 大学も無論例外ではない。2019年11月末に発売された「週間エコノミスト」(11月25日号)「勝ち残る 消える大学」、「週間東洋経済」(11月30日号)は「本当に強い理系大学」とそれぞれ題する特集を掲載していた。「プレジデント」や「週刊ダイヤモンド」等も併せて、経済誌・紙が大学を採り上げることは今や珍しくなくなった。国・公・私立いずれの大学も、機能別分化、専門職大学、卓越大学院、指定国立大学法人等々安倍晋三政権が矢継ぎ早に繰り出す施策に、前後も善し悪しも弁えず、後手を踏まぬよう必死に付いて行こうとするばかりである。教員養成は、教育「改革」と大学「改革」の両方から、大波小波をかぶってきた。 
 
▽国家=支配者に従順な教員の復活へ 
 本稿では、教免法上の科目区分廃止と教職課程コアカリキュラムを中心に、教員養成「改革」の危険性について日本国憲法が定める教育の自由や思想・良心の自由、個人の尊重、恒久平和主義といった観点から論じていきたいと思う。 
 
 2016年の教免法改正に関し考察する前に先ず、敗戦後の教員養成の変容につき概観しておくこととする。 
 
 元来敗戦後の教育は、大日本帝国憲法の下、国家が教育勅語を建前として教育に強く干渉し、神勅主権に基づく天皇制を支え軍国主義的教育を跋扈させた事実を痛切に反省して構想された。旧教育基本法(昭和22年3月31日法律第25号)前文は、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」とした上で、「ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する」としている。憲法と旧教育基本法が目的とする平和で民主的な文化国家の主権者育成には、学習者自身、保護者、教員といった市民側が教育内容を決定し公権力に要求することが不可欠である。それ故、学校教育を担う教員の養成、採用及び研修への国家管理も、学習者の学習権を保障する観点からのみ最小限度でしか許されないと解さねばならない。 
 
 敗戦前の教員養成は、一部の私学を除き、原則として官立師範学校が独占していた。師範教育が、狭量、内向的、四角四面、権威主義、裏表のあるといったいわゆる「師範タイプ」の教師を生んだと往々評される。教員は天皇の忠良なる官吏に他ならず、国定教科書に即し臣民の教化に励むことが求められていた。国民学校時代の師範学校では、「皇国ノ道ニ則リテ国民学校教員タルベキ者ノ錬成」が目的とされていたのである(師範教育令 昭和18年3月8日勅令第109号1条)。 
 
 敗戦後は師範教育を反省し、〔筏状主義、大学における養成、3放制、専門職性の確立等の原則に基づく教員養成制度に改められた。,倭干惺散軌が学校種に応じた免許状を有すること、△狼賤茲了嬌漏惺擦任呂覆新制大学において教養と専門的学識・技術を修得した教員を育てること、は戦前のような官立師範学校に限定せず国・公・私立いずれの大学の教職課程の卒業生にも免許状を付与すること、い肋学・中学・高校教諭、養護教諭、盲・聾学校教諭、校長、教育長、指導主事という職の違いによる免許状を設けたことを意味している。 
 第2次米国教育使節団は1950年、「師範学校は教教員養成の重要な機関として師範学校が大学に併合されたこと」・「学校と教師との間に民主的な関係が結ばれて、政策の樹立、学習指導要領の作成、教授法の決定および生徒の指導に重要な役割を果たしたこと」等を理由に、「教員養成の改善に、著しい進歩のあった」と評価している(日本放送教育協会訳「連合軍最高司令官に提出された第2次米國教育使節團報告書」1950年、日本放送出版協会、23頁)。 
 
 しかし、1958年には早くも中央教育審議会が「教員養成制度の改善方策について(答申)」において、教員養成大学の設置や教育課程の国家基準師範学校の復活教育審議会が教員養成大学の設置や教育課程の国家基準の必要性等を示しており、師範学校の復活を策するものとして強い批判にさらされることになった。学習指導要領が告示されるようになり、道徳の時間が特設され、教員勤務評定が開始したのも同年であることに注意しなければならない。この後、再軍備に向け、教育への国家統制が進むに連れ、教員養成も絶えず「改革」を強いられ、権力からの干渉が増大していくのである。 
 (つづく) 


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