2019年12月14日16時54分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

ロバート・パクストン著 「ファシズムの解剖学」 〜平成ファシズムの歴史を総括する時〜

  恥ずかしながら、長い間、歴史学者ロバート・パクストンが書いた"The Anatomy of facism "(ファシズムの解剖学)は邦訳されていないものと思い込んでいました。ところが、2009年に 瀬戸岡 紘氏が訳出して出版されていたのでした。ロバート・パクストンは世界的なファシズム研究の第一人者で、フランスの第二次世界大戦の時代の対独協力の影の歴史にもいち早く切り込み、フランスの歴史学者に多大な影響を与えた人物です。コロンビア大学の名誉教授です。 
 
  わが国で、来年1月に総選挙があるという説が出回り始めています。この7年間の安倍政権を振り返る時、与野党という枠組み以前に、戦後初のファシズム政権だったという認識が必要だと思います。ファシストによる親米政権が立憲民主主義の憲法を解体するためにあの手、この手を使ってきましたが、長期化して権力の万能感におぼれたため、今、腐敗の極に達しています。安倍政権は中南米やアジアの途上国の腐敗した政権と変わりませんが、ファシズムの本質は国会を軽視し、行政府が国会のチェックを受けず、好き放題なことを行い、マスメディアを統制してきたことにあります。自民党が好きな人であれば、なおさら次回の選挙では党とわが国を立て直すために自民党を下野させることが必要です。坂の上の雲どころかアジアで急速に坂の下に転げ落ちて泥まみれになっているのが日本です。経済も文化も行政もこの7年で大きく後退しています。中央の権力者がノーチェックで好き放題やっていれば日本も旧ソ連と同様に、待ち受けているのは国家の破綻です。 
 
  日本の平成ファシズムを生んだものが何だったのか、巨視的かつ、精緻な分析が必要です。歴史の教科書でも現代史の病理として触れる必要があります。対抗しようと思えばメディアであれ、なんであれ様々な局面でもっと対抗できたにも関わらず、多くの人が口を閉ざしてファシズムを容認したのです。ファシズムは誕生から死までのステージがあり、日本における各ステージが何だったのか、という段階ごとの把握と一気通貫した全貌の解明が必要です。この作業は恐らく先の10年では終わらないでしょう。そのためにも記録を残し、行政が廃棄したものが何か、コツコツと真実を解明するためのチリで行われたような市民の真相解明のための組織の立ち上げが必要です。放送界、新聞界、司法界、霞が関などにおける安倍政権の「協力者」の割り出しと調査に協力してくれるインサイダーの「協力者」への聞き取りも急務です。パクストンの分析はそれらの作業に参考になるに違いありません。 
 
  本書ですが、4〜5年邦訳の刊行が遅かったらもっと注目されていたのではないでしょうか。安倍政権の国会などでの質問に対する不誠実な回答が問題視されていますが、ファシストたちの政権であると見れば、20世紀からこうした振る舞いは彼らの日常だったのであり、何の不思議もないことです。ファシストは議論で説得できる相手ではなく、政治的な力で制覇するしかないのです。ヒトラーは議論で説得されて負けたのではなく、連合軍の圧倒的な軍事力に敗れました。それ以外の道はなかったのです。戦争でなくとも力で勝つしかありません。そのための力の集結と二重、三重に必ず勝てる戦略が求められています。今、この国に民主主義があるなどという幻想をかなぐり捨てて、今の日本はファシズムの時代なのだと認識しないと真の作戦は作れないでしょう。政治学における生きたファシズムの研究のよい対象が日本にあり、若い政治学者にとっては目の前に事象が日々展開しているのですから、なんとも恵まれた時代というほかありません。本書が文庫版で1500円位で出てくれるといいなと思いつつ。 
 
 
※ Fascism's 5 stages (ウィキペディア) 
   ファシズムの5段階 
 
Paxton has focused his work on exploring models and definition of fascism. 
 
In his 1998 paper "The Five Stages of Fascism," he suggests that fascism cannot be defined solely by its ideology, since fascism is a complex political phenomenon rather than a relatively coherent body of doctrine like communism or socialism. Instead, he focuses on fascism's political context and functional development. The article identifies five paradigmatic stages of a fascist movement, although he notes that only Nazi Germany and Fascist Italy progressed through all five: 
 
1)Intellectual exploration, where disillusionment with popular democracy manifests itself in discussions of lost national vigor. 
 
  (以下、パクストン氏の説を5つの段階を追って日本に当はめてみよう) 
  野田民主党政権への幻滅と東日本大震災後の自信喪失に安倍氏が再起をかけ、「日本を取り戻す」とスローガンを掲げ、改憲を引っ提げて再登板。インターネットではネトウヨの全盛期。自民党もネトウヨを支援し、民主党とリベラル派叩きを繰り返した。在特会は国旗を振って示威行進を繰り返し、在日コリアンへの脅迫を続けた。 
 
2)Rooting, where a fascist movement, aided by political deadlock and polarization, becomes a player on the national stage 
 
  津々浦々で地道に続けられた日本会議の改憲運動に後押しされ、その戦前への回帰の政策が国政に浮上。背後に政治勢力の二極化と行き詰まりがある。戦後民主主義を終えさせ、戦前回帰を望む日本会議系議員が国会や内閣の多数を占める。 
 
3)Arrival to power, where conservatives seeking to control rising leftist opposition invite fascists to share power 
 
  安倍総裁による政権奪取(2012年12月)。2009年の民主党・鳩山政権の発足に恐れを感じた財界と米政権は安倍晋三極右政権の登場で左派を封じることを容認。これにより、報道の自由と再分配、東アジア共同体などの民主党の政策の封じ込めに成功。このメカニズムは1933年にヒトラーを台頭させたドイツ産業界や宥和政策を行った英米などの国々と同じでしょう。主要なメディアはアベノミクスを絶賛した。 
 
4)Exercise of power, where the movement and its charismatic leader control the state in balance with state institutions such as the police and traditional elites such as the clergy and business magnates. 
 
  力の行使。極右改憲運動とカリスマ的リーダーが国家を統制。 
警察と政官財のエリートの力を利用する。これにより不正行為の数々も訴追を免れ、マスコミは力づくで沈黙させた。内閣人事局の設置(2014年5月)で官僚を支配する手綱を手に入れることに成功した。増税延期を問うとした解散総選挙で政権が長期化した2014年秋から真正のファシズムになった。ファシズムは憲法にも国会にも縛られない行政権の独裁であり、安倍政権も長官の首のすげ替えで内閣法制局を支配下に置き、憲法を骨抜きにすることに成功した。こうした流れの中で知識人やエリートは無力だという認識が日本国民に広がり、ファシズムに同調する傾向が支配的になった。 
 
5)Radicalization or entropy, where the state either becomes increasingly radical, as did Nazi Germany, or slips into traditional authoritarian rule, as did Fascist Italy. 
 
  過激化あるいは無秩序化。ナチのような過激化か、ムッソリーニのイタリアのような伝統的な権威主義化に陥る。現在の安倍政権がこの段階か。政権の推進力だったアベノミクスの破綻で(2013年末にはアベノミクスの失敗は顕著だったが、飯友のメディアが嘘を書き続けて時間稼ぎをした)推進力を失い、日本国は衰亡の一途をたどっているが、政権の中枢では腐敗や隠蔽が日常化し、復元力を失った。一貫して真実を軽視してきたため、経済も外交も文化も低迷している。安倍政権は日本の「戦後」が取り組んでこなかった重い課題を反面教師的に提示したことにより、安倍政権崩壊後、日本は真の「戦後」を実現する必要がある。1945年の敗戦直前、日本では伝統的保守派の海軍や宮中系と、ファシズムの陸軍との確執があり、二重外交の特徴があったが、今の自民党は小泉首相と安倍首相のもとで伝統的保守派が息を止められたため、現状の混乱を収拾できない。 
 
  安倍政権のファシズムの特徴はG7など先進国の仲間でいるために表層では民主国家の体を示さなくてはならないことにある。そこがナチスとの違いである。G7に留まり、日米安保条約に留まることは日本の産業界の要請であり、多国籍企業を軸とする産業界がファシスト政府を支援している以上、ジャーナリストを銃殺するといった国際的な批判を受け得るあからさまな行為は控え、企画を通さない、あるいは干すといったソフトな手法が特徴のファシズムである。国会も閉鎖させはしないが、何一つ真摯に答えないという手法である。真摯に答えられないばかりでなく、真摯に答えない姿を国民に見せつけることが彼らの力を誇示できる機会なのだ。ところが実際には彼らの国会における傲慢さが公共の場で中継映像で披露されるに至り、国民は嫌悪感を深めている。形は民主主義だが、中身は何もない。このような状況を受け入れてしまっている日本人は生きる生命力とか躍動が欠乏している。死の匂いが立ち込めている。日本の政治学者が政治学に貢献できるのはこのソフトな現代の日本型ネオ・ファシズムの分析である。 
 
 
In his 2004 book The Anatomy of Fascism, Paxton refines his five-stage model and puts forward the following definition for fascism: 
 
Fascism may be defined as a form of political behavior marked by obsessive preoccupation with community decline, humiliation, or victim-hood and by compensatory cults of unity, energy, and purity, in which a mass-based party of committed nationalist militants, working in uneasy but effective collaboration with traditional elites, abandons democratic liberties and pursues with redemptive violence and without ethical or legal restraints goals of internal cleansing and external expansion. 
 
※ヒトラーと妻のエバ・ブラウンは逮捕を避けるため心中 
※ムッソリーニと愛人のクララ・ぺタッチは射殺され、ミラノの広場に逆さづりにされた。射殺したのは英諜報機関との説がある。 
 
 
 
■ファシズムの解剖学 
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E8%A7%A3%E5%89%96%E5%AD%A6-%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88-%E3%83%91%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%B3/dp/4921190542 
 
■Father of Fascism Studies: Donald Trump Shows Alarming Willingness to Use Fascist Terms & Styles 
https://www.youtube.com/watch?v=LWvVKTxTCAA 
”Is Donald Trump really a fascist? We put the question to the father of fascism studies, Robert Paxton, professor emeritus of social science at Columbia University and author of several books, including "The Anatomy of Fascism."” 
 トランプ大統領とファシストについて、パクストン教授が「デモクラシー・ナウ!」で語っている。 
 
■Simon Wiesenthal Center 
http://www.wiesenthal.com/ 
 
■2012年ー2019年 安倍首相の無血クーデター時代  憲法空白の7年 基盤はメディア占領から 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201911160613026 
■フランスの現地ルポ 「立ち上がる夜 <フランス左翼>探検記」(社会評論社)  村上良太 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201807202152055 
■労働組合と安保関連法制 ドイツ労働戦線(DAF)と産業報国会 ドイツでは労組がまず解散させられた 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201509061907550 
■山口定著「ファシズム」(岩波書店) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201307301109292 


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