2020年01月20日20時20分掲載  無料記事
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コラム

日本の大メディアによる、フランスの年金改悪反対デモの伝え方  朝日新聞もNHKもデモへの冷笑的視点で描いてきた

  僕がフランスに足を運ぶようになって20年近くになりますが、そこで気がついたことは日本のメディアがいかにフランスの状況を伝えていないか、ということ。あるいは、こうも言えます。いかに大企業目線、富裕層目線でしか伝えてこなかったか。たとえば、以下のNHKの記事。見出しは、「仏 オペラ座 公演キャンセル相次ぐ 演奏家が年金改革反対訴え」 
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200119/k10012251121000.html 
  読んだらお分かりいただけると思いますが、こうした記事にはパターンがあり、最後にデモとかストライキでいかに市民が「迷惑」しているか、ということが落ちになっています。朝日新聞の記事でもそうです。デモがなぜ行われているか、当事者の切実さを描く記事はとても少ないです。多くの場合、記者の視点が冷笑的なんです。 
 
  そこでなぜ、彼らはマクロン大統領の年金改革に反対しているか、パリで反対運動をしているAttac(アタック)フランスのメンバーに問い合わせました。回答してくださったのは、アレクシ・ロドリゲス(Alexis Rodriguez)さんです。 
 
 アレクシ・ロドリゲス 「この年金制度改革で(でも、これが最初ではありません)、マクロンは再び労働者一般に圧力をかけているんです。特に女性労働者に、です。と同時に、この制度改革が行われると、世界経済の衝撃からフランスの労働者を守るメカニズムを弱めてしまうことになるのです。 
  マクロンたちはフランスの年金基金が赤字になっているとして、この年金基金を脆弱にして、壊そうとさえしています。高額所得者の年金積立額に上限を設けることで、数十億ユーロの欠損の穴をあけ、そこに民営化の契機を見出そうとしています。しかしながら、そのような民間業者による補完的な年金制度について、私たちは信用していません。というのも金融市場は規制が骨抜きになっているからです。その上、そのプレイヤーたちもがめつく、政治的に強力な力を持っているんです。 
  非正規労働者は、多くの場合、女性ですが、この年金改革で最もダメージを受ける人こそそのような女性労働者なんです。以前は、職種によってもばらつきはあれど、これまでの年金システムであれば最も稼ぎの良かった25年間の収入が年金支給額の基礎として計算されてきました。ところが、マクロンの改革ではすべての年の平均値が計上されることになります。収入が良かった時も、悪かった時も、失業時も、そうしたすべてが平均値を割り出す計算の対象となるのです。今のフランスでは労働市場はグローバル化の進展や、サルコジからオランドを経てマクロンに至るまで様々な規制緩和が行われた結果、ますます不安定になっています。 
  この改革で何が起きるかと言うと、さらなる貧困者の増加と、高齢者が働かざるを得なくなることです。もちろん、日本の実情と比べたらまだ全然マシでしょう。とはいえ、私たちはこのような未来はたくさんです。悲惨さか、不安定か、67歳とか68歳まで働くかの中から選択を余儀なくされるなんて言うことは拒否します。 
 この年金改革でどのような未来が待ち受けているか、新自由主義とテクノクラートたちの狂気が私たちをどこへと導くのか。マクロンの頭にとりついているのはこれらのことです。たとえばですね、マクロンの年金改革法案の第一条は「金のルール」と言われていますが、国内と国外とどのような経済事情があろうと年金財政が5年間連続して赤字になることを認めない、というのがあるのです。でも、そもそも、この赤字をどう法律的に計算するのでしょうか。たとえば2008年以後の経済恐慌のような場合に、そんなことができるのでしょうか。政府や金融市場の失敗のつけを年金生活者に負わせるつもりですか?」 
 
  これはデモを行っている側の声です。このような声が日本で伝えられているでしょうか。僕が「立ち上がる夜」というルポを昨年出版したのも、フランスの実態が日本で全然と言っていいほど、報じられないからです。ロドリゲスさんが少し触れているように、日本では年金受給開始年齢を70歳とか、75歳までずらそうと言う発想を政府は持っています。<それに比べたら、フランスなんかどれだけ甘いのか>という思いがパリに住んでいる日本メディアの関係者の中にあるのではないでしょうか。フランス人=日本人に比べたら、甘えている。こういう視点に立って情報の取捨選択が行われるから、「オペラ座では、公演のキャンセルによる影響が広がっていて、フランスのAFP通信は、これまでに67の公演が中止になり、損失額は1400万ユーロ(日本円でおよそ17億円)に上ると伝えています。」(NHK)みたいな、甘っちょろいフランス人のデモ隊のおかげでどんだけみんなが迷惑しているんだ・・・的な締めくくりの記事になりがちです。 
 
  このことは笑い事ではありません。このような冷笑型の記事は日本人が自己認識できる機会をつぶしているのです。それによって、日本の視聴者や読者の政治の選択肢を奪っているのです。 
 
 
村上良太 
 
 
※以下は、メールでの英文によるロドリゲスさんの回答(参考まで) 
 
 
Alexis Rodriguez(Attac France) 
” With this new reform (But it is not the first), Macron once again puts pressure on workers in general and on women workers in particular. At the same time, it weakens the economic mechanics which allow France to overcome the shocks of the world economy. 
 
After inventing a supposed deficit in pension funding, he weakens this funding to destroy it. The ceiling on pension contributions on high salaries leaves a hole of several billion euros and opens the door to capitalization, which we reject out of distrust of unregulated financial markets and greedy and politically too powerful financial intermediaries. 
 
Discontinued workers, who are often women, will be severely impacted. Previously, and with variations for certain workers, the best twenty-five years were taken into account when calculating retirement pensions. Now it will be necessary to make an average of all the years worked, good, bad or unemployed ... even as the job market is becoming more and more precarious in France under the blow of globalization and the laws impelled under President Sarkozy, Holland and Macron . 
 
It is an open door to the massive increase in poverty and work among our elderly. This may seem derisory compared to what is happening in Japan but we refuse it as we refuse to have to choose later between misery or precarious and parceled out work until 67, 68, ... years. 
 
Who knows where this law can lead us and who knows where will lead us the neoliberal and technocratic madness which haunts Macron's reasonings: For example, the bill in its article 1 sets out a "golden rule" which wants that, whatever the national or global economic situation, the pension funding system cannot be in deficit for more than five years in a row. But what will be the rules for calculating this deficit and above all, what would have happened during the global economic crisis of 2008? 
 
Is it for retirees to pay for the mistakes of their governments and the financial markets? ” 
 
 
村上良太 
 
 
■フランスの年金制度改革へ女性たちが反対を示す踊り 「マクロンのせいで〜」 踊る女性たちに聞く 
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