2020年01月28日17時11分掲載  無料記事
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司法

少年法の適用年齢を18歳未満に引下げる必要はない 問題の本質を見すえた論議を 伊藤由紀夫

 2022年4月から「成年年齢18歳」が施行されることに合わせる必要があるとして、過去3年近く、法制審議会少年法・刑事法部会(以下、部会)において、少年法適用年齢を20歳未満から18歳未満に引下げる検討がなされてきたが、家庭裁判所の元調査官ら各界からは引き下げには問題点が多すぎるとして反対の声が高まった。このため今国会への法案提出は見送りと報じられているものの、予断は許さない。話が法的手続に関するもので、少しわかりづらいかもしれないが、問題の本質は何なのかを確認しておきたい。 
 
Ⅰ 「新たな処分」は「百害あって一利なし」 
 成年年齢が18歳になる以上、少年法適用年齢も18歳未満に引下げるのは当然だというのが、そもそもの自民党議員らの発想である。その裏には、「少年法によって20歳未満は保護され、甘やかされ過ぎている。匿名性を剥奪し、厳罰化こそが必要である。」といったネトウヨ的な感情論が渦巻いている。加えて、一方的な(実情について説明を尽くさない形での)世論調査によれば、18歳以上は刑事裁判が必要だという世論が大半だといったことも強調されやすい。そうした立場からは、18歳以上は刑事裁判にかければいいんだ、それで全てOKだというのが、最も安直・単純な「改正」案になる。 
 
 ところが、問題はそう簡単ではない。過去30年以上にわたって、少年人口の減少割合以上に、20歳未満の少年非行総数は減少を続け、殺人・強盗致死といった凶悪事件も減少の一途を続けてきた。世界的に見ても、日本は若年成人による犯罪件数が少ない。これは、ひとえに現在の少年司法(非行に関わる、現行少年法に基づく家庭裁判所の調査・審判や少年院等の矯正教育等々を含む社会的システム)が有効に働いてきた「成果」(新自由主義経済等を喧伝する皆様が一番大好きなお言葉である)であり、総じて(大げさに言えば)、日本社会の安全・安心が保障されてきたのである。従って、現行少年司法の適用範囲を縮小し、先の安直・単純な「改正」案を採用すると、18歳以上の若年成人による犯罪件数が増加する危険性は相当に高いと言わざるを得ない。 
 
 こうした実情については、自民党議員らとは異なって、さすが法制審議会少年法・刑事法部会の諸先生方(学者さんが大半で、かつ不思議なことに少年法の専門家とは言えない先生方が多い)は認識しておられ、現在の少年司法が有効に働いていると認めてきた。その上で、「新たな処分」なる「改正」案を3年近くにわたって検討してきたのである。 
 
 その「新たな処分」とは何かというと、18歳・19歳については、 
① 少年法の適用はしない⇒現在の刑事裁判と同じく、検察官が先議し、起訴・起訴猶予等を振り分ける。 
② 起訴する場合は、現在の刑事裁判と同じく手続きを進める。 
③ 起訴しない=起訴猶予以下にする場合には、「改めて」家庭裁判所に事件送致し、現行と同様な、家庭裁判所での調査・審判を受けさせる。 
④ ただし、元来、起訴しないとされた事件なので、家庭裁判所での処分は保護観察を上限とする(=少年院送致はさせない)。 
等々の手続に「改正」するという案であった。 
 
 しかし、この「新たな処分」案には重大な問題点があった。 
 一つは、18歳以上は刑事裁判手続を適用すると言いながら、起訴猶予以下になった場合、なぜ「改めて」家庭裁判所に行かされ、家庭裁判所の調査・審判を受けなければならないのかという点である。20歳以上であれば存在しない手続が、18歳・19歳の場合だけに「新たに」科される法律的な根拠は何かという問題である。雰囲気としては、前記した若年犯罪者を少しでも増やさないために、歴史的に効果を上げてきた家庭裁判所の調査・審判を体験させればいいのではないかということにある。しかし、家庭裁判所の調査・審判といっても、「新たな処分」に基づく調査・審判と、現行の18歳・19歳が体験している調査・審判は、処遇選択の幅に制限を設けること等に明らかなとおり、全く別のものにならざるを得ないのである。 
 
 もう一つは、18歳以上で起訴された場合、懲役となる者は5%程度であり、30%程度が罰金刑(略式起訴を含む)、大半は執行猶予になるという点である。この18歳・19歳の中に、最も再犯危険性が高い、要保護性の問題が大きい者が含まれており、現行少年法に基づく少年司法では、11%程度が少年院に収容されるし、過半は保護観察処分となる。保護観察にならなかったとしても、家庭裁判所の調査・審判の中で、試験観察・補導委託、被害者の視点を学ぶ講習や社会奉仕活動等の教育的措置を受けており、単に罰金を徴収されたり、執行猶予を言い渡される以上の手厚い教育的処遇が実施されている。「新たな処分」には、こうした問題意識に基づく対策が一切配慮されていないのである。 
 
 問題点は他にも多々あるが、詳細は略して論を展開したい。ただ、この「新たな処分」案に対して、2019年9月に元家庭裁判所調査官有志297名による反対声明が出され、少年の立ち直りや社会の安定のために、『百害あって一利なし』と断言した。また、同年10月に元少年院長有志87名による反対声明が出され、『いくら刑務所での教育的処遇を付加・改善したとしても、少年院における矯正教育には及ばない』ことが詳述された。他にも、日本精神神経学会等の学術団体からも、現在の青年期の精神疾患治療の現場において、少年司法的な保護的措置は25歳程度まで引き上げる事の方が、現実的な解決策につながるとした反対声明が出されてきた。 
 
Ⅱ 「別案」にも重大な問題点 
 法制審議会少年法・刑事法部会においては、日弁連代表委員だけが一貫して「少年法適用年齢の引下げに反対」の主張を述べ、引下げが必要・適当とする他の委員の主張に比較的丁寧に反論を続けてきた。(最高裁家庭局長などは沈黙を守り続けることで、法務省が狙う法制審議の方向に協力し続け、忖度の鑑として存在した。) 
その日弁連の主張に対し、民間・在野の主婦連や全教、全司法労組や全法務省労組等が一枚岩となって支援する運動が形成され、先に述べた学会や有志による反対声明が出されてきたことは、やはり重要なことであり、2019年夏以降、新聞等のメディア論調も少年法適用年齢の引下げの問題点を的確に報道するようになったと考えられる。 
 
 結果的に、法制審議会少年法・刑事法部会の議論は膠着化した。そうした中、2019年12月、法務省から「別案」なるものが提示されたのである。提示した説明として、『各方面からのご指摘等を踏まえ、「新たな処分」案を改善したものとして』といったことが示され、『皆様のご意見を承っていますよ』といった役人根性丸出しの説明がなされている。 
 
 この「別案」とは何かというと、 
① まず、18歳以上は成人であり、少年法の適用は原則できないとした上で、大きく分けて、「別案A案」と「別案B案」を示す。 
② 「別案A案」では、先の「新たな処分」案では18・19歳の犯罪については全件検察官が先議し、振り分けるという構想であったが、これを改め、18・19歳の犯罪の一部について検察官先議とし(=刑事裁判手続とし)、残りについては家庭裁判所へ送致し、家庭裁判所の調査・審判に任せる(=少年院送致も可能とする)。 
③ 「別案B案」では、18・19歳の犯罪について、まずは現行少年法と同様に全件家庭裁判所先議とし、ただし、家庭裁判所が検察官送致決定すべき事件(=結局は刑事裁判手続にする事件)について新たに条件を付ける。 
④ 法制審議委員の皆さん、A案とB案どちらになさいますか。(とは別案自体には書かれていないが。) 
といった提案であった。 
 
 しかし、この「別案」にも重大な問題点があることは明白である。 
 1 この「別案」に示されている手続は、刑事訴訟法に基づく裁判手続ではないし、少年法・少年審判規則に基づく審判手続でもない。一体、法的根拠はどこに存在しているのか不明である。 
 
 2 この「別案」でも、18・19歳の再犯危険性を少しでも除去するために、(あたかも魔法のように)家庭裁判所の審判・調査を経ることを重視しているが、現行少年法が掲げる「健全育成」ではない「再犯防止」だけが目標とされており、より社会防衛的な目的が強調される手続となっている。こうした社会防衛的な手続は、保安処分と呼ばれるものではないか。 
 
 3 「別案A案」は、先の「新たな処分」案による18・19歳について全件検察官先議は当面あきらめ、一部の事件という限定の中ではあるが、18歳以上の者に対する検察官先議権を確保しようとするものである。この背景には、戦後の少年司法によって、20歳未満までの検察官先議権を奪われた法務省(検察官が主導する)の70年以上にわたる怨念が渦巻いているとしか言いようがない。ただではあきらめないという執念が感じられる。 
 
 問題は、「一部の事件」の範囲をどのように定めるかということになるが、法務省側はできるだけ広い範囲の事件を求めるであろうし、もし日弁連がこの議論に乗ってしまうとすれば、できるだけ狭い範囲の事件にしようとすることになるはずである。そして、できるだけ狭い範囲の事件にするとすれば、殺人(殺人未遂を含む)、強盗致死といった凶悪事件になるので、現行少年法の20条2項(原則検察官送致)の事件に類似したものに絞られると考えられる。 
 しかし、18・19歳を含む少年が起こす殺人・殺人未遂事件(およそ年間30件程度)の半数は親殺し等の親族殺人である。そこには被虐待で育った少年、精神疾患などの障害を抱えた少年も多いし、被害者遺族も親族である。こうした実情を顧みず、殺人・殺人未遂という事件名だけで、検察官先議とし、具体的には裁判員裁判の対象とすることが、少年自身、被害者遺族のためになるのであろうか。(少なくとも元家庭裁判所調査官であった筆者は、親族殺人を起こした少年を刑事処分(=検察官送致)相当としたことは一度も無かった。) 
 
 4 「別案B案」は、検察官先議をあきらめ、現行少年法と一見同様に全件を家庭裁判所先議とするが、家庭裁判所での調査・審判の決定として、「一定の事件については検察官送致決定を原則にする」という案である。 
 
 現行少年法においても、家庭裁判所の調査・審判を経た上で少年法20条による検察官送致決定となることや、年齢が成人(20歳)に切迫しており、もしくは年齢が20歳を超えてしまった場合に検察官送致決定を行なうことがある。また、少年法20条2項による「16歳以上の少年が、他者の生命に危害を加えた事件」については原則検察官送致決定とする規定(2000年「改正」で付加された規定)もある。しかし、統計的にはごく少数であり、この「別案B案」では、より広い範囲の事件について「検察官送致決定を原則にする」ことが狙われていると考えられる。 
 
 ここでも問題は、「一定の事件」の範囲をどのように線引きするかにある。法律論的には、「長期10年以上の懲役刑が定められている事件」といった線引きになれば、窃盗事件や傷害事件の全てが「検察官送致決定を原則にする」事件になってしまう。何よりも、あらかじめ「検察官送致決定」という処遇選択が設定されている中で、少年の資質や家庭環境といった個別事情に応じた調査・審判は成立しないのではないか、教育的措置等も無意味になる可能性が高いのではないかと考えられる。 
 
Ⅲ 現代日本の子ども・青少年の問題をみんなで考えよう 
 法務省としては、少しでも早く法制審議を終結させ、通常国会への法案提出を進めたい意図から、こうした「A案」「B案」を提示し、法制審議委員に選択を迫る形で議論を収束させようとしているとしか考えられない。 
 
 筆者は元家庭裁判所調査官であり、少年非行の調査・審判に関わってきた。個別調査し、丁寧に話を聴取した非行少年は3500名以上いる。詳しい説明は略すが、現実には、一つ一つの事件に関わって、少年や保護者に直接面接し、事件内容を確認し、原因や背景を探索し、再び非行しないように様々に配慮し、働きかけるという、本当にチマチマしたことを積み重ねてきただけである。しかし、そうしたチマチマした個別作業の集積結果として、少年非行の総数や少年による凶悪事件数の減少が進んできたという自負はある。(とはいえ、日本の子どもたちは、非行は起こさなくなったものの、引きこもりや不登校は増加しており、被虐待やイジメによる自殺等は解決していない。) 
 
 そうした経験からして一番許せないのは、この「A案」「B案」の提示は、手続論だけに終始し、18・19歳少年の「立ち直り」のために何が必要かといった現実課題への対策、そもそも少年法適用年齢を18歳未満に引下げる必要があるのかといった本質論への顧慮が全く無いことである。経済格差や教育格差が広がりを見せている現在、18・19歳の青少年にどのように教育機会を保障すべきかといった問題意識が認められない。こうした姿勢で少年法を変質させることが許されるとは思えない。少年法適用年齢を引下げることを前提とした法改正はそもそも理論的に破綻しているのであり、少年法適用年齢を引下げるべきではないのである。 
 
 なお、2020年1月15日、共同通信から、「少年法改正について、法務省、今年の通常国会への法案提出を断念」といった報道がなされ、以後、各紙の論説・報道で少年法適用年齢の引下げの問題点について論じられている(後記参照)。 
 
 法務省としては、現状では法案としての体裁が整わず、今年の通常国会の提出を見送らざるを得ないということであり、また、自民党としても公明党の妥協・同意が得られない限り、今国会での法案提出は困難と判断したのかもしれない。(余談であるが、今年の通常国会への提出法案は50数本で戦後最低の数となっている。戦後最長を自画自賛するアベ内閣であるが、喫緊に解決すべき多くの課題について、アベ内閣は具体的な仕事をしていない証左と言わざるを得ない。) 
 
 とはいえ、少年法適用年齢の引下げが撤回されたわけではない。体裁、見せかけのパフォーマンスだけを重視する政権であってみれば、何かの拍子で法案化を急ぎ、国会に提出することもあり得ないわけではない。従前の少年法「改正(改悪)」も、国会の末期に、議員立法として強行したり、衆参1週間での拙速審議で成立させてきた実態がある。現代日本における様々な子ども・青少年の問題への解決取組みの一環として、少年法適用年齢の引下げ反対を粘り強く継続する必要があるのではないかと考えられる。 
 
(1)少年法「改正」反対社説 
1/28信濃毎日https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200128/KP200127ETI090008000.php 
1/24 朝日 https://www.asahi.com/articles/DA3S14338542.html?iref=editorial_backnumber 
1/22北海道新聞 https://www.hokkaido-np.co.jp/article/385384?rct=c_editorial 
 
(2) 【情勢】今国会上程見送り 
1/26 時事通信 https://www.jiji.com/jc/article?k=2020012500404&g=pol 
1/15 共同通信 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200115-00000008-kyodonews-pol 
1/27 朝日 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200127-00000006-asahi-pol 


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