2020年05月03日10時59分掲載  無料記事
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教育

日本国憲法と教員養成「改革」(7)危機に立つ「真理と平和を希求する人間の育成」 石川多加子

 1947年に公布された教育基本法は、日本国憲法の精神にもとづく新しい教育の基本理念を示し、「真理と平和を希求する人間の育成」をめざした。そのため、学校教育を担う教員の養成などについても、戦前のような公権力による教育への干渉をできるだけ排しようとした。だがその後、教職課程の教育内容への国家の介入が着々と進み、安倍政権下でさらに顕著となっている。首相はコロナ禍に乗じた憲法改正までめざそうとしている。やや専門的な話になるが、教職課程においていま何が起きているのかを確認しておきたい。 
 
▽教員養成への国家の規制強化 
 2016年の教育職員免許法改定と教職課程コアカリキュラム策定(2018年11月)に伴い、一斉に再課程認定が行われた。2019年1月末、中教審教員養成部会が報告した審査結果によれば、再課程認定「可」として答申されたのは、国・公・私立の601の大学、227の短期大学、409の大学院、32の専攻科、17の短期大学専攻科における約1万8800課程である。改組等による通常の課程認定実施分も合わせると、教職合計606の大学、228の短期大学、413の大学院、32の専攻科、17の短期大学が教職課程を有している(2019年4月1日現在)。各大学が課程認定申請用書類を提出して(2019年3〜4月)、文科大臣から中教審へ諮問がなされ(同年7〜8月)、審査意見の伝達と補正申請を経て、課程認定委員会が審査・答申するという日程であった。 
 
 今回は、1998年の教免法改正時を上回る大規模な再課程認定となった。科目区分統合に合わせるのは勿論、アクティブ・ラーニングやICTを採り入れた指導法・特別支援教育科目の必修化・インターンシップ等を組み込んだ授業編成と教員の配置、そして教職課程コアカリキュラム及び外国語(英語)コアカリキュラム対応表作成等、各大学が費やした時間と労力は甚大である。新課程はしかし、多数の教職員を消耗させて誕生したにも因らず、恒久平和主義と民主主義を掲げる日本国憲法下の教員養成に資するとは決して言えない。のみならず、大学教員と大学の教育の自由と自治を侵食し兼ねないのである。 
 
 課程認定とりわけ再課程認定は、大学が実行する教員養成を国家が規制・管理するための強力な手段である。文科省は課程認定制度の目的を「開放制の原則の中で、資格制度として、一定程度の質と標準性を担保すること」等と説明している(文部科学省総合教育政策局教育人材政策課「教職課程認定基準等について 2018.12.20 平成30年度教職課程認定等に関する事務担当者説明会」文科省ホームページ 
http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/12/21/1411908_03.pdf )。 
 要するに、「大学において修得することを必要する単位は、文部科学大臣が免許状の授与の所要資格を得させるために適当と認める課程(教職課程)において修得したものであることが原則」であり(別表第1備考第5号)」、「文部科学大臣による教職課程の認定は、中央教育審議会に諮問し、その答申に基づき行うこととされている」(別表第1備考第5号イ、教育職員免許法施行令)。 「教職課程の審査は、中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会の専決事項とされており、当部会の付託を受け、課程認定委員会で実施される」のである「教職課程の認定制度について」(中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会(第104回)会議資料2019年3月20日)、文科省ホームページ 
http://www.mext.go.jp/kaigisiryo/2019/03/__icsFiles/afieldfile/2019/03/19/siryo3-2.pdf )のである。 
 
 課程認定制度は、1953年の教免法改正(「教育職員免許法及び教育職員免許法施行法の一部を改正する法律」1953〈昭和28〉年7月30日法律第92号)によって取り入れられた。1953年6月、内閣が提出した同改正案の趣旨について大達茂雄文部大臣(当時)は、「教育職員の資質の保持と向上とをはかるために制定されました教育職員免許法及び同法施行法は、制定以来三年有半を経過いたしました。この間において、各都道府県における教職員の旧免許状の新免許状への切替え事務も無事終了し、また教職員の現職教育計画も各方面の理解ある協力により、きわめて順調に運び、免許法の所期の目的が着々実現されつつあ」り、「元来、免許法及び同法施行法は、大学における教員養成制度及び現職教育制度を規定し、また教育職員の需給状況とも密接に関連するばかりでなく、教職員個人の利害にも影響するところが大であ」ると説明している(「第16回国会衆議院文部委員会議録第2号」1953〈昭和28〉年6月23日)。1953年の改正では課程認定制度新設の他、大学での養護教諭養成、現職教員の教員検定試験による上級免許状取得と免許教科増及び僻地学校教員所有の免許状以外の教科担当可能化が主な内容であった。 
 
 そもそも敗戦後の教員養成は、国家に従順な教師を生み出した師範教育への省察と悔悟を原点とするが故、開放性の原則を掲げて始まった。敗戦前は、一部の私立大学に設置が認められた高等師範部等を除き、官立の師範学校及び高等師範学校、臨時教員養成所(帝国大学とその直轄学校に付設されていた)が教員養成を独占していた。敗戦後は、教員養成大学・学部に限定せずあらゆる国・公私立の大学・学部に広く教員養成の門戸を開いて、様々な領域の学問研究に勤しんだ人士こそ民主教育の担い手に相応しいと期待されたのである。「新しい教員制度は、大学における教職課程のカリキュラム編成で、免許基準に定める一般教養、教科専門、教職専門の基準を充足する履修により教員資格を認定する、いわば『完全開放制』という仕組みで発足した」のであった(土屋基親「戦後日本教員養成の歴史的研究」2017年、風間書房)。 
 
 しかしながら「完全開放制」は、新制大学の発足から僅か5年後、課程認定制度の導入によって潰えてしまう。 同制度の必要性に関しては、改正が議論された第16回国会において政府委員の福井勇文部政務次官(当時)が、「大学における教員養成課程については、その適否が教員の質に関係するところが大でありますので、教育職員養成審議会に諮問して適当と認めた課程において教員養成を行うことにいたしたのであります」と答弁していることからも(前掲「第16回国会参議院文部委員会議録第2号」)、教員の力・質との名目で教職課程の教育内容に国家が介入する機縁とした意図を窺わせる。 
 
 以後、各大学は「(1)教員免許資格を設定して、法令上、小・中・高校の各学校種の(中高の場合には、各教科の)教員となるに必要な資質・能力の最低必要条件を定める、(2)各大学は、上記の法令に照らして、その内容を満たすことのできる教職課程のカリキュラムを編成し、文科省から課程認定を受ける、(3)課程認定を受けた大学の学生は、教職課程の履修を完了していれば、卒業時に自動的に教員免許状を発行される、という仕組み」(児美川孝一郎「大学を脅かす『教職課程の再課程認定』という統制」JBPRESS 2018年4月2日 6時0分。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52698)の中で教員養成を行うこととなったのである。 
 
 なお、「教員の免許状授与の所要資格を得させるための大学の課程(以下「教職課程」という。) の水準の維持・向上を図るため、必要に応じて、教職課程を有する大学に対して」(「教職課程認定大学実地視察規程」(2001〈平成〉13年7月19日 教員養成部会決定)、「教職課程認定大学等実地視察」が2002年度より毎年実施されていることを付言しておく。 
 
▽再課程認定と教職課程コアカリキュラム 
 2016年の教免法及び同法施行規則改正に因る再課程認定で用いられた教職課程認定基準は、以下の6点が改定されている。 
_別楸菠を廃して「教科及び教職に関する科目」に大括り化する。 
◆峩軌蕕隆霑壇理解に関する科目」に「特別の支援を必要とする幼児、児童及び生徒の理解」を、「道徳、総合的な学習の時間等の指導法及び生徒指導、教育相談等に関する科目」に「総合的な学習の時間の指導法」を新たに含める。 
「教育の基礎的理解に関する科目」に既にある「教職の意義及び教員の役割」に職務内容として「チーム学校への対応」を、同じく「教育に関する社会的、制度的又は経営的事項」に「学校と地域との連携及び学校安全への対応」を、同じく「教育過程の意義及び編成の方法」に「カリキュラム・マネジメント」を、「道徳、総合的な学習の時間等の指導法及び生徒指導、教育相談等に関する科目」に「キャリア教育に関する基礎的な事項」をそれぞれ追加する。 
ぁ峩飢糞擇啅飢覆了愼核,亡悗垢覯別棔廖◆峩軌蕕隆霑壇理解に関する科目」、「道徳、総合的な学習の時間等の指導法及び生徒指導、教育相談等に関する科目」に「アクティブ・ラーニングの視点」を取り入れる。 
ァ峩軌藜汰に関する科目」に「学校インターンシップ」を加えることができる。 
Α峩疑Σ歡コアカリキュラム」、「外国語(英語)コアカリキュラム」が定める事項を含んでいる。 
 
 課程認定制度が教員養成教育の“質”保証に何がしかの寄与をして来た事は、全否定するものではないかも知れない。そうであっても、変更点のみでもこれだけ微に入り細に亘って指示され、反したなら、教職課程を廃止し、或いは設置を断念する選択を大学は迫られるのである。大学の自主性も自律性も、眼中に無いといった様である。 
 
▽研究と教育の自由への「不断の努力」を続けよう 
 2016年の教免法改正を巡り、主として学問の自由、教育の自由の観点から考察を試みた。科目区分廃止は、教科専門科目の履修を減じる効果を生じさせる。教職課程の全科目が、事実上教科教育法となる可能性すらある。 
 日教組の教育研究全国集会では、「エンカウンター」や「ジグソー法」果ては「アンガーマネジメント」といった教育方法を用いた実践報告が少なくない。勤務先でも教員採用試験を控えた学生達は、模擬授業をして互いに批評し合ったりする等、教育方法・技術習得には熱心であるように見える。その一方、教育実習指導等で、教科に関する学識と思索が圧倒的に不足している事実を目のあたりにする。 
 教員にとって第一義的に必要な力は、教育内容への深い知識と理解以外の何物でも無い。教育方法の工夫は、この基盤の上に初めて成立し得るものであろう。知見に富んだ教員は、教育への国家的干渉を敏感に感じ取って子どもの教育を受ける権利と自らの教育の自由を護ろうとする。歴史と真実から遠ざけるべく、教科専門科目の履修に傾斜させた教育課程を作り上げたのであろう。知識に裏付けられない技術は空虚であり、公権力に容易に統制されることは、歴史が示す通りである。 
 かつ、教職課程コアカリキュラムが教員養成にもたらす作用も甚大である。小学・中学・高校の1種免許状取得するために最低でも59単位の授業について、学生は全国一律に標準化された内容を履修し、教員は教職課程コアカリキュラムが示す「目標」に届くべく編成せねばならないのである。日本国憲法が保障する学問の自由は、教員養成に関わる教員に対しては言わば適用除外といった状況を生じさせつつある。 
 
 かつて師範学校令(明治19年4月10日勅令第13号)1条は「師範学校ハ教員トナルヘキモノヲ養成スル所トス 但生徒ヲシテ順良信愛威重ノ気質ヲ備ヘシムルコトニ注目スヘキモノトス」と定めていた。師範学校に学ぶ生徒に対し、「多識よりも従順さ」(加藤登志子「『師範タイプ』形成についての一考察」教育學雑誌8巻、1974年)を重視していたのである。やがて第2次世界大戦末期の1943年になると同条は「師範学校ハ皇国ノ道ニ則リテ国民学校教員タルベキ者ノ錬成ヲ為スヲ以テ目的トス」いう条文に改正された。 
 
 敗戦後の教員養成は、皇国史観を背景とする国家主義、軍国主義に奉仕した師範学校教育から脱却するべく5原則によることとした。開放性の原則、大学における養成は、教職の専門性にとって不可欠である。 
 
‘47教育基本法前文は、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである」と定めている。「真理と平和を希求する人間の育成」には、公権力による教育への大幅な干渉を許してはならない。学校教育を担う教員の養成、採用及び研修への国家統御についても、学習者の学習権を保障するとの観点からのみ最小限度でしか許容されないと解すべきである。 
 
 折しも安倍晋三首相が、道徳教育によって戦争へ向かう心の涵養を策し、コロナ禍に乗じ憲法改正を進めようとしている。研究と教育の自由を確立し、学問を基礎とする教員養成を維持するべく「不断の努力」(憲法12条)を続けなければならない。 
                        (おわり) 


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