2020年05月18日10時33分掲載  無料記事
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教育

9月入学制を云々する前に考えるべきことがある 教育の商品化に歯止めを 元教員(85歳)

 85歳を越える、私が尊敬する元教員の方からお手紙をいただいた。COVID−19禍の中、「9月入学制」議論が沸き起こっているが、その前に、世界と近時の歴史を見た上で、再考すべきことが多々あることを指摘されている。特に懸念されるのが、教育産業による教育の商品化と学校現場の下請け化の実態である。ご了解を得た上で、参考までに全文を紹介したい。(伊藤一二三) 
 
I様 H様 
 
 Iさんの5月14日のメールで、「9月入学論者が留学生受け入れにメリットを語り」文科省は「人手不足解消に退職教員・大学生・塾講師等地域人材を活用」を提案しているが、「教育産業を利する企みだ」と指摘されています。私もそう思います。マスコミも教育民営化について適切な報道をしてきませんでした。 
 
 Hさんは5月13日のメールで、「教育保障」は「学力」保障に過ぎず、「居場所としての学校を考えていない。生活の場としての学校を考えよう」と呼びかけています。離婚やDVや片親やひきこもり(内閣府調査2019年100万人以上)ですから、やはり「生活の場としての学校」は緊急な課題です。Hさんが「オンライン授業」についても、「どさくさに紛れて何かしようとするのが、この国の性」と述べています。 
 
▽米国の災害便乗「教育改革」の惨状 
 我が国に限らず、「災害資本主義Disaster Capitalism」である国家の権力者たちは、皆そうです(ナオミ・クライン著「ショック・ドクトリン」上下、岩波書店、参照)。「人の不幸は経済のチャンス」と叫び、国と国、人と人との格差と分断とを広げてきました。 
 
 アメリカで2005年のハリケーン・カトリーナが襲った直後、共和党下院議員のリチャード・ベーカーは「これで低所得者用公営住宅がきれいさっぱり一掃できた。これぞ神の恵み」と述べ、不動産業者は「今なら一から着手できる白紙状態にある。このまっさらな状態はまたとないチャンス」(New York Times, 2005.9.29)と喜び、公営住宅再建計画を白紙に戻し、建設業者のマンション建設が進められました。 
 
 ミルトン・フリードマンの提唱する自由放任主義の継承者は「ハリケーンはほとんどの学校、通学児童の家々を破壊し、今や児童生徒たちも各地へと散り散りになってしまった。まさに悲劇と言うしかない。だが、これは教育制度を抜本的に改良するには絶好の機会である。」(The Promise of Vouchers” Wall Street Journal 2005.9.20)として、公立学校を市場原理に基づいて私立学校へ切り替えました。これを支持したブッシュ(息子)政権は公民権運動の成果である「全ての子どもが平等に義務教育を受ける保証」を反故にして、 公的資金数十億ドルを使い、チャーター・スクールとバウチャー制度を導入しました。 
 
 その結果、教員組合は壊滅的な打撃を受け、教職員組合契約規定を破棄し、組合員4700人が解雇され、若手教員は低賃金のチャーター・スクールに最就職しました。ニューオリンズのインフラ整備は遅々とし進まず、学校売却は軍隊並に促進し、災害以前には123校あった公立校が、災害後には4校になり、災害以前に7校だったチャータースクールは災害後に31校になりました。「教育改革が長年やろうとしてできなかったことをハリケーンは1日で成し遂げた」とニューヨーク・タイムズ(2006.6.13)は報じていました。 
 
「現実の危機のみが真の変革をもたらす」という「名言?(迷言)」を吐いたフリードマンの提言を受け、米政府は「企業への減税・自由貿易・規制緩和・民営化・福祉医療教育の予算削減」政策を実現しました。アメリカに学び、アメリカに次いで経済グローバル化を推進してきた日本の現政権も、コロナ危機のどさくさ紛れて何をするか分かりませんが、警戒心と批判精神だけは忘れてはならないと思っています。 
 
▽教育産業による「学力」評価 
 マスコミは「休校の学力保障をどうするか」と騒いでいますが、私は以前から「学力」ということばに違和感を持っていました。これは日本語にしかなく、和英辞典を引くと、achievement・scholastic ability・achievement testと出ており、achievementは「達成・成就・成功・業績・手柄」の意味で、日本で日常に使われている「学力」はachievement testに比重を置いています。つまり「テストの点数」を意味しています。大学や一部の高校ではscholastic abilityでしょうが、発明や発見の独創性が問われ、点数評価ができないので、世間一般では使われていません。 
 
 テストを分類すると、悉皆と抽出、外部と内部、業者と公共、競争と到達度、公開と非公開がありますが、日本では全国一斉テストがありますから、悉皆・外部・業者・競争・公開が重視されています。日本は米・英・韓・中の国々に与し、論文や討論を重視する西欧、テストなどを殆どしない北欧諸国と異なる教育システムです。 
 
 特に注意すべきは、教育産業が新自由主義経済に便乗して、「教育市場」に参加したことです。教育は商品として売り買いされています。東京都も02年から「教育サービス Plan-Do-Check-Act cycle生産管理」とか「学校経営センター」ということば使い、教員も給与も「能力」評価により、校長・副校長・教頭・主幹・主任・「平の」教諭等に分類されました。 
 
 通常、カリキュラムは指導要領に基づく教科書を用いて授業が行われるのですが、河合塾・サピックス・ベネッセ等の業者カリキュラムの方が受験競争に効率がよく、教養や市民性や社会性のある内容は軽視されています。 
 
 2006年に高等学校必履修科目、未履修問題が発覚しました。指導要領に書かれた必履修教科を進学重視の高校が履修させないで、卒業認定した事件です。公立高校の8%、私立高校の20%で単位不足でした。未履修校は進学校であるため、補講とかでお茶を濁していました。学校や教委が非難されましたが、この事件は業者カリキュラムを使わざるを得ない受験界の「常識」を見直す契機にはなりませんでした。というのも、民営化を進めてきた教育行政にこそ根本の原因があったからです。 
 
 先日、孫(小学校6年生)が我が家に来て、「コロナ休校だけど、週1日登校日があって、こんなに沢山の宿題を出されちゃった」と愚痴るのです。見るとカラー印刷の綺麗な5冊のドリル集で、全てベネッセの刊行でした。現場の先生は多忙で、自作の問題が作れないのでしょう。どうやら金を払えば、採点も業者がやってくれるのかも知れません。 
 
 やや古い話ですが、NHKのクローズアップ現代(2012年11月19日)で「派遣教師は教育現場に何をもたらすのか?」を放映し、多くの反響がありました。 
 40代の主婦は「私は20代の頃高校の正教員だったのですが、非常勤の講師の先生も多く、職員会議や部活動には携わっていませんでした。こうした先生、とりわけ若い先生が受け持つクラスの生徒はその先生をなめてかかるというのが大半でした。派遣や非常勤の先生に差をつける雰囲気を作っていました。学校側も電話一本で簡単に派遣してもらっています。派遣会社の狙いは使い捨ての調整弁です」。 
「私は大阪の私立学校で非常勤講師をし、現在大阪の小学校で教諭として勤務しています。放映された番組を見てショックを受けました。派遣で教壇に立つ先生が増えているのでびっくりです。」とか、「高校社会科の派遣教員をやっています。一コマ2000円台で、授業準備などを考えると最低賃金以下ですが、この仕事が好きなので続けています。来年はどうなるのか分かりません。毎日が不安で一杯です。結婚適齢期ですが、結婚すらできません。車も持っていません」とか、「『替わりはいくらでもいる』と脅迫され、やすい給料で責任だけは重い。社会保険は入れてもらえない。もううんざり。派遣会社にどれだけピンハネされてたのでしょうか、私の給金は。」と憤懣をぶつけています。 
 
 派遣や非常勤や短期雇用の教師が増えることを知らない人が多いのも問題です。99年の派遣法改正により、教師を対象とした派遣業者が生まれました。アメリカではすでに2004年の段階で1800社以上の教師派遣業の会社が誕生し、その収益は倍増、倍増を重ねていたから、資本にとって、教師商品化はドル箱でもあるそうです。 
 
 日本では、外国人講師は02年に8800人いましたが 06年には11000人になり、各都道府県の直接雇用でした、06年頃から全国で派遣会社へ委託に切り換えるケースが増え、直接雇用の場合、時給3350円でしたが、派遣業者に委託されると2850円と値切られ、07年には1562円となり、実質賃金は約半額に減らされました。 
 
 学校事務も商品化され、窓口業務は非常勤にし、ITを使ったセンター化があり、共同技術員システムで人員削減をし、旅費の計算は民間委託すことが多くなりました。さらに2010年から教員免許更新制度が施行されました。以前の教員は終身有効でしたが、日本では10年毎の更新ですから、教師の短期雇用化が進められ、身分が不安定になりました。 
 
 更新講習の実務とデータ管理は私企業に委託され、教育情報が資本の顧客管理システムに組み込まれることになりますから、免許更新制度は教育商品化の一つです。 
 
 2007年に全国テストの採点ミスが発覚しました。テストはベネッセとNTT(後に内田洋行)が請負い、NTT の採点はグッドウィル社に下請けさせ、採点ミスは下請派遣労働者(研修3日)3000人の中からでました。採点者の条件は「中卒レベルの国数、時給はリーダー1500円、採点者は1300円でした。グッドウィル担当者は「予定していた勤務シフトが不当にキャンセルされたからだ」と弁解していました(週刊朝日2007.7.20 )。 
 
▽受験企業による学校現場の下請け化 
 もう一つ、2014年にベネッセの有する個人情報(クレジット癲Ε好織鵐廛薀蝓次雑誌アンケート等)が漏洩した事件です。男性39歳が2260万件・別ルート40万件をスマートフォンにコピーして、業者に売り渡した容疑で逮捕されました(朝日2014.7.23)。 
 
 テストは「共同印刷と凸版印刷」の特定2社に限られ、各社が数百万人分を印刷しています。「危機管理コンサルタント会社」なるものがありますが、罪の意識がなく、最悪の状況を想定せず、個人情報保護法には抜け穴があり(当事者の削除要求・同意不必要)、個人情報売買の開示は必要なく、電子データの複写は容易で、教育ビッグデータの完全消去は不可能ですから、政府に限らず、発覚しない名簿業者の漏洩事件が起こるでしょう。 
 
 情報の値段は上昇中です。社員録・卒業生名簿・住民基本台帳等、名簿ビジネスでは2014年に1人30円、1億人の職業・収入・趣味・免許証・携帯電話・結婚相談所・借金返済カード等を売買しています(朝日2014.7.18)。 
 
 塾や予備校の競争が激化し、東進ハイスクールは四谷大塚を、代ゼミはサピックスを買収し、受験企業は公私立校に講師を派遣、入試問題作成を請負い、大企業であるベネッセ・学研・Z会・内田洋行は通信教育の添削やデジタル教材・機器の売り込み合戦をしています。特に、ベネッセ・河合塾は生徒情報を独占・寡占し、学校現場はその下請け「企業」のようになっています。特にベネッセは各学校の期末テスト情報まで収集し、模試や教材、個人単位の学習計画まで提供していますから、現場の教師は「ベネッセなしには進学指導ができない」とまで言っています。 
 
 Iさんの現行の教育政策は「教育産業を利する企みだ」との指摘、Hさんの「どさくさに紛れて何かしようとする」と「オンライン授業についての疑念」に応えようとして書き出したのですが、長くなったので、この辺で止めます。 
 
 Iさんが私の「リレートーク」での配信を「立ち上がる会」に送付する件、勿論結構です。多数の会員が多様な意見を出し合うことが大切だと思っています。皆で大いに議論しましょう。 
 
2020年5月16日                           S 


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