2020年06月02日22時11分掲載  無料記事
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米国

米国のラオス難民とは? クリント・イーストウッドの名作『グラン・トリノ』の背景

 全米に広がる黒人殺害への抗議行動の渦中で、彼を殺した白人警官の妻はラオス難民で、事件後に夫との離婚の申し立てをしたと報じられている。米国のラオス難民とはどういう人たちなのか。映画ファンなら、クリント・イーストウッドが監督・主演した名作『グラン・トリノ』(2008年)を思い出すかもしれない。妻に先立たれて孤独な日々をおくる主人公の元自動車工と、ラオス難民のモン族少年との心の交流を描いた作品は、アカデミー賞の作品賞にノミネートされ、日本でもヒットした。(永井浩) 
 
 映画は、こんなあらすじだ── 
 フォードの自動車工を50年以上勤めあげたポーランド系米国人のコワルスキーは、フォードの車グラン・トリノを愛車としている。彼が人づきあいを避けるのは、妻に先立たれた悲しみだけでなく、朝鮮戦争に従軍したときに負った心の傷のせいでもあるらしい。その彼の家の近くに、ラオスから難民として移住してきたモン族が増えていく。 
 モン族のギャングたちにそそのかされた少年タオは、コワルスキーの愛車を盗もうとして追い払われるが、コワルスキーはふとしたきっかけでタオの姉らと交流するようになり、そのやさしさに心を打たれる。不良たちからタオを救くおうと、彼に仕事の世話などをするうちに、少年の成長に感動していく。だがギャングたちは、姉弟への暴力とコワルスキーへの嫌がらせをつづける。 
 彼は決着をつけようとしてギャングたちの住処に乗り込むが、彼らに射殺される。 
 遺書には、愛車グラン・トリノをタオに譲ると記されていた。 
 
 映画では、コワルスキーの住むデトロイトになぜラオス難民がやってきたのかの背景は説明されていない。だが彼は、朝鮮戦争で体験した光景を、ラオス人たちを米国へと追いやった戦争の悲劇と重ね合わせているらしいことが示唆される。 
 クリント・イーストウッドがそれとなく想起させる、そのラオスの戦火とは何なのか? 
 話は、ベトナム戦争にさかのぼる。 
 
▽CIAに利用された山岳民族モン 
 米国は、ベトナムへの軍事介入を本格化させる以前から、ラオスを経由して北ベトナムが南ベトナムへの軍事支援をおこなう「ホー・チ・ミン・ルート」を遮断するための秘密作戦を展開していた。そのために利用されたのが、ラオスの山岳少数民族モンだった。 
 ラオスではベトナム戦争と連動するかたちで左右両勢力の内戦がつづいていた、CIAはモン族に軍事訓練をほどこし、左派勢力パテト・ラオとベトナム軍を攻撃させた。だが1975年の南ベトナムの首都サイゴンの陥落につづいて、ラオスの首都ビエンチャンも陥落。パテト・ラオを母体とするラオス人民革命党の一党独裁政権が誕生すると、モンは「裏切り者」として迫害される。約20万人のモンが国外に脱出し、そのうち10万人がCIAに協力したバンパオ将軍とともに米国に再定住した。 
 
 今回、黒人を殺した白人警官の妻のラオス人がモン族かどうかわからない。モン以外にも難民として米国に定住したラオス人は少なくない。 
 米国に渡ったモン族には米国生まれも増え、彼らのなかには米軍に入隊すれば市民権を得やすくなるという理由で、2003年からはじまった米国のイラク侵攻で戦場におもむいた者もいた。ラオス内戦時代からモンの悲劇を追っているフリージャーナリスト竹内正右は、「2004年6月、イラクでモン兵士の最初の死者が出た」と報告している。 
 
 また難民だけでなく、米国のインドシナ地域への軍事介入がもたらした傷あとはいまだに癒されていない。 
 現在も世界各地の戦場で投下されているクラスター爆弾が、最初に使用されたのはラオスだった。クラスター爆弾の子爆弾900万個がいまなおラオス山中に眠っているというが、正確な数はいまだに不明。国際機関による除去作業がついているものの、完全除去の見通しは立っておらず、不発弾に遭遇して死傷するラオス住民もあとを絶たない。 
 
 だから、米国のイラク侵攻開始直後に、ラオス政府は米国を強く非難する声明をだした。ビエンチャンで行われた1万人の反戦集会には、内戦中の不発弾によるケガで歩けなくなった女性も参加、英字紙ビエンチャン・タイムズは、「これは、他者が戦争を決断したとき、罪なき人びとが支払う代償である」と報じた。 


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