2020年06月12日14時59分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202006121459225

コラム

大村秀章知事へのリコール運動は、表現の自由と民主主義への挑戦である。  澤藤統一郎(さわふじとういちろう):弁護士

(2020年6月10日) 
半島の南北関係が不安定に見える。北朝鮮の朝鮮中央通信は、昨日(6月9日)、同日正午から南北間の通信連絡線を完全に遮断すると報じた。朝鮮労働党中央委員会本部と韓国大統領府を結ぶホットライン(直通電話)も含まれるという。 
 
突然に北朝鮮が態度を硬化させたのは、脱北者団体が本年5月31日に北朝鮮に向けて風船で飛ばしたビラ50万枚の散布が原因だという。核弾頭や弾道ミサイルのイラストとともに金正恩朝鮮労働党委員長の写真が掲載され、これに「偽善者金正恩!」とのメッセージが書かれていた。これが、北の体制批判として逆鱗に触れた。 
 
正恩の実妹金与正(キム・ヨジョン)が北朝鮮メディアを通じて非難する談話を4日に発表した。朝鮮中央通信によると、与正はビラを飛ばした脱北者らを「祖国を裏切った野獣より劣る人間のくず」「くそ犬」(訳語の正確性は分からないが)などと罵倒。韓国政府が「相応の措置」を取らない場合には、南北合意の破棄も「十分に覚悟すべきだ」と警告した。これに呼応して、6日には、ピョンヤンで脱北者団体を糾弾する大集会が開かれ、人々が「人間のくずを八つ裂きにせよ」と叫んでいる。 
 
金明吉(キム・ミョンギル)中央検察所長も次のように発言している。「歴史の審判は避けることができず、早晩、民族的罪悪を総決算する時が訪れるだろう。最後の審判のその時、共和国(北朝鮮)の神聖なる法廷は、わが最高尊厳(金正恩)を攻撃した挑発者たちを無慈悲に処刑するであろう」というのだ。 
 
北朝鮮の労働新聞も「最高尊厳」に言及している。脱北者団体を「虫のような者」「人間のくず」と罵倒し、北朝鮮へのビラ散布を「北朝鮮の最高尊厳にまで触れる天下の不届き者の行為」と批判したという。のみならず、「さらに激怒するのは責任を免れようとする南朝鮮当局の態度」とし、「人間のくずの軽挙妄動を阻止できる措置からすべきだった」「決断力のある措置を早急に取れ」と主張して、韓国政府を批判し適切な措置を求めている。 
 
「偽善者金正恩!」という表現は、神聖なる法廷で裁かるべき「わが最高尊厳に対する攻撃」だというのだ。これは信仰を共にする仲間内だけに通じる、聖なる存在への帰依の表白である。信仰を共にする世界の外にいる者には理解不能である。権力や権威を批判する自由は、民主主義の基本である。にもかかわらず、信仰を共にする世界の外にいる者に、自分たちの心情を理解しないこと、同調する行動に至らないことに苛立っているのだ。 
 
こういう動きは、海外だけにあるわけではない。北朝鮮の動きは、神聖天皇を戴いた戦前の大日本帝国をルーツとするものと言ってよい。神聖天皇に忠誠を競った臣民の末裔は、日本にも遺物として残存しているのだ。 
 
その日本では、6月2日高須克弥という人物が、愛知県の大村秀章知事をリコールするため政治団体を立ち上げたと発表した。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」をめぐり、「税金から補助を与えるのが一番許せない」と述べたという。同席者が、百田尚樹、竹田恒泰、有本香、武田邦彦という、「ああ、なるほど」と思わせる分かり易い面々の集合。 
 
大村知事リコールの理由は分かりにくいが、「昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などの展示内容」が問題というようである。「国、県民にとって恥ずかしいことをする知事は支持できない」とも述べられたという。 
 
北朝鮮の金与正と日本の高須克弥、精神構造は酷似している。金与正にとっての金正恩と、高須克弥にとっての昭和天皇(裕仁)は、ともに「わが最高尊厳」なのだ。この 「わが最高尊厳」に対する侮辱は、神聖なる法廷で裁かるべき攻撃として許せないという。そして、許せないはずのことを傍観している文在寅や大村知事が許せないというのだ。 
 
与正の感情も、高須の胸の内も、信仰を共にする仲間内だけに通じる、聖なる存在への帰依でしかない。民主主義社会においては、将軍様や天子様への信仰を公的に認めることも、それに対する批判の言論を封じることもあり得ない。さらに、忌むべきことは、同調圧力によって、将軍様や天子様への信仰を強制し、あるいはその批判を掣肘しようとすることである。 
 
国内問題としていま問われているものは、天皇(裕仁)に対する批判の表現に対する賛否ではない。わが国における表現の自由の実質的な権利性である。そのことは、この社会の民主主義の成熟度でもある。 
 
この高須の動きは、民主主義のバロメータとなるだろう。たまたまの偶然で、愛知県民が民主主義成熟度計測のサンプルとなった。表現の自由がどれほど護られているか、あるいは絵に描いた餅に過ぎないか。成熟した民主主義が定着しているのか否か。それが試され、計られる。 
 
高須は100万の賛同署名を集めると口にしたという。この件で100万の署名が集まるようなことがあれば、この社会の民主主義成熟度は0点である。その反対に署名ゼロなら満点の100点。得点を数式化すれば、下記のとおりである。 
 《100−(署名数÷10000)》点 
 
   80点以上なら 優 
   80〜50   良 
   50〜13   可 
   13以下    不可(リコール成立)である。 
 
なお、愛知県内の有権者数は612万人で、リコール(知事の解職請求)は87万人の有効署名で成立する。請求が有効と確認されれば、その日から60日以内に解職の住民投票が行われ、有効投票総数の過半数の賛成で知事は失職することになる。 
 
 
澤藤統一郎(さわふじとういちろう):弁護士 
 
初出:「澤藤統一郎の憲法日記」2020.6.10より許可を得て転載 
 
http://article9.jp/wordpress/?p=15058 
 
ちきゅう座から転載 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。