2020年08月14日18時58分掲載  無料記事
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アフリカ

【西サハラ最新情報】  西サハラ難民アスリート・サラー オリンピックに出ても出なくても  平田伊都子

 「アスリートの夢はオリンピック」というのが常識のようです。 小さいころから<走り>が速くて、いつも一番でテープを切ってきたサラーは、モロッコ陸上界から目をつけられ、オリンピック候補としてスカウトされました。 しかし、モロッコはサラーの故郷を占領支配する国で、サラーはモロッコ国旗のためにオリンピックに出ることなど、考えもしなかったのです。 サラーが21才の時、モロッコの鎖を断ち切ってフランスに亡命しました。 フランスでも、フランス国旗の下でオリンピックに出ないかというお誘いがあったようです。が、「僕は西サハラ人」と、断ったそうです。 西サハラはIOC(国際オリンピック委員会)に加盟していないので、サラーにとって<オリンピック>は、夢にも出てこない存在でした。 
 
1−難民五輪選手団 : 
 そんなサラーにオリンピック参加の夢を与えてくれたのが、<難民五輪選手団>の存在だった。サラーはその存在を、2019年に初めて知った。 
 サラーが参加してもいいと思う、<難民五輪選手団>は、IOC(国際オリンピック委員会)のコード名では、ROT(Refugee Olympic Team)と、なっている。 
 2016年6月3日、トマス・バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長がスイス・ローザンヌにあるIOC(国際オリンピック委員会)本部に於いて、2016年8月リオデジャネイロ・オリンピックで初めて結成する<難民五輪選手団>のことを、公表した。そして、2016年8月5日、リオデジャネイロの開会式では、ローズ・ナディケ・ロコニエンが掲げるオリンピック旗を先頭に、計10人の難民五輪選手団がスタンデイングオベーションに迎えられて、堂々の行進をした。が、<難民五輪選手団>のクライマックスは、開会式で始まり終わった。結局、メダルも入賞者もなし、、まさに、勝つことではなく参加することに意義がある<難民五輪選手団>の初舞台だった。 
 敬意を表して、10名の名前と出身国と(亡命受け入れ国)と競技名を紹介しておく。 
 [上競技 
*ジェームス・ニャン・チェンジェック  南スーダン(ケニア)男子400m 
*イエーシュ・ピュール・ビエル  南スーダン(ケニア)男子800m 
*パウロ・アモトゥン・ロコロ  南スーダン(ケニア)男子1500m 
*ヨナス・キンド  エチオピア(ルクセンブルク)男子マラソン 
*ローズ・ナティケ・ロコニエン  南スーダン(ケニア)女子800m 
*アンジェリーナ・ナダイ・ロハリス  南スーダン(ケニア)女子1500m 
➁ 柔道 
*ポポル・ミセンガ コンゴ民主共和国(ブラジル)男子90kg級 
*ヨランデ・マビカ  コンゴ民主共和国(ブラジル)女子70kg級 
 競泳 
*ラミ・アニス  シリア(ベルギー)男子100mバタフライ 
*ユスラ・マルディニ  シリア(ドイツ)女子200m自由形 
 
 東京オリンピックでも<難民五輪選手団>が予定されている。IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は2019年6月20日、スイスのローザンヌで記者会見し、2020年東京五輪での<難民五輪選手団>結成に向けてシリアやアフガニスタン、南スーダンなど9カ国出身の37選手を支援すると明らかにした。しかし、新型コロナウィルスは東京オリンピックを一年延期させ、<難民五輪選手団>のメンバー発表も2021年6月20日の<世界難民の日>に延期された。 
 
 <難民五輪選手団>のスポンサーは、<オリンピック難民財団>だ。2015年9月15日に投稿された国連UNHCR協会の記事で、「IOC(国際オリンピック委員会)と20年前から一緒に企画してきたオリンピック難民財団は、会長にバッハIOC(国際オリンピック委員会)会長が就任し、副会長に私が就いた」と、フィリッポ・グランディUNHCR(国連難民高等弁務官)が語っている。難民の子供たちを対象にスポーツ施設の整備やスポーツ活動を行うために企画したそうだ。20年前というと、故緒方貞子氏(就任1990年~2000年)がUNHCR(国連難民高等弁務官)を務めていた頃の話だ。 
 <難民五輪選手団>に入ると、難民選手にとって二つの大きな利点がある。まず、オリンピックに参加する権利を得ることができる。そして二つ目に、ケニアにあるスポーツセンターで合宿することができる。帰る所を失った難民にとって、練習場所の確保はありがたいことだ。 
 UNHCR(国連難民高等弁務官)によれば、難民と国内避難民は2019年末の時点で、7950万人(世界全体)。その上、世界は今、新型コロナウイルスの感染拡大の脅威に曝されている。難民キャンプでは3密が避けられず、ウイルスの情報や医療物資も不足している。約16万7千人がいる西サハラ難民キャンプでも、8月に入って初めて新型コロナウィルス感染者が出てきた。「2020年8月12日までの感染者累計は16人で、そのうち死者が2人、回復者が9人」と、西サハラ難民政府が発表した。 
 
2−サラーは難民五輪選手団に入る資格があるのか? : 
 運動能力のある難民だったら、誰でも<難民五輪選手団>に入れるというわけにはいかないようだ。IOC(国際オリンピック委員会)の規約で、必須とされている条件を2点、上げておく。その一は、UNHCR(国連難民高等弁務官)が認定する難民であること、そのニはプロのスポーツ技術と競技経験が豊富であること、と規定している。 
 さて、サラーの場合は?、、その一に関して、西サハラの難民でフランスの亡命難民であるサラーが、UNHCR(国連難民高等弁務官)の認める立派な難民であることは、間違いない。その二に関して、12才から38才に至るまでの競技歴を持つ、立派なプロのアスリートであることも証明されている。客観的に見て、サラーが<難民五輪選手団>の条件を立派に満たしていることは、間違いない。 
サラーの半生を知る皆さんは、どう思われますか? 
 
 2019年10月11日、西サハラ難民政府のアハメド・ラハビブ青年スポーツ大臣が、サラーに対する推薦状を、トマス・バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長と森喜朗2020東京オリンピックパラリンピック組織委員会会長に送った。<難民五輪選手団>の参加を決めるのはIOC本部だと判明し。筆者は改めてメールで、バッハIOC(国際オリンピック委員会)会長に宛てた推薦状とサラーの経歴と身分証明書を送った。2019年11月11日、そのIOC(国際オリンピック委員会)本部から、「サラー氏の競技活動に興味があるので、経歴と競技記録を本人からIOCまで送らせるように」と、筆者宛てにメールがきた。即、サラーにIOC(国際オリンピック委員会)のメールを転送。2019年11月14日、サラーは経歴と競技記録を、IOC(国際オリンピック委員会)本部に送った。 2019年11月30日、再び筆者宛てにIOC(国際オリンピック委員会)本部から、「サラー氏はFOC(フランス・オリンピック委員会)と連絡を取らなければならない」と、メールが入った。 サラーにメールを転送。2019年12月6日、FOC(フランス・オリンピック委員会)の介入にサラーは不安を覚えたが、メールでFOC(フランス・オリンピック委員会)に連絡を入れた。サラーの身分証明書はフランス政府発行の難民となっている。つまり、難民サラーのホスト国はフランスになるわけで、<難民五輪選手団>に入団するにはホスト国フランスのお墨付きがいるようだ。 
 が、2019年末まで、FOC(フランス・オリンピック委員会)から何の返事もこなかった。筆者は、クリスマスや年末で忙しいんだと、気にとめなかったが、2020年になって、サラーから、「FOC(フランス・オリンピック委員会)から何も連絡がないのはおかしい」と、再三、メールが入った。そこで、数回にわたって、「サラーは昨年から待ちっぱなしです。いくら何でも2,か月以上、ほったらかしにしておくのは、失礼です」と、FOC(フランス・オリンピック委員会)にメールを入れた。一方、サラーはFOC(フランス・オリンピック委員会)の返事を待ちながら、例年通り、2019年2月半ばには、パリからアルジェ経由で、西サハラ難民キャンプのあるティンドゥフまで飛んだ。そして、2月26日の<サハラ・マラソン>10キロメートルに出場し、優勝した。 
 そして、3月半ば、フランスに着いたら、音沙汰のないFOC(フランス・オリンピック委員会)を直接訪ねてみようと、アルジェリアにある西サハラ難民キャンプで帰り支度をしていた。そこへ、「新型コロナウィルス感染拡大防止のため、フランス政府が空港を閉鎖」とのニュースが、飛び込んできた。3月、4月、5月、6月と、サラーは西サハラ難民キャンプで、飛ばない<アルジェ発パリ行き>を待っていた。が、結局、一大決心をしてサハラ砂漠を4日間かけ走破し、モーリタニアからフランスに戻った。 
 
3-オリンピックに出ようが出まいが、走り続けるサラー : 
 サラーが西サハラ難民キャンプに閉じ込められていた2020年2月から6月にかけて、世界は劇的に変わった。新型コロナウィルスは世界地勢図を、まるで原爆投下直後の広島と長崎のように、更地にしてしまった。スポーツイベントや競技大会は延期か中止か、、観客なしの大会を余儀なくさせられる。 2020年東京オリンピックは2021年に延期され、その2021年開催すら、コロナ第二波に脅かされている。 
 砂漠のラリーですっかり体力を消耗しきったサラーを待っていたのは、3か月間の家賃請求書だった。2019年の記録映画で、「僕には故郷西サハラとフランスに家族がいる。彼らのために、これまで一日、2度やってきたトレーニングを一度に減らし、コーチとしてスポーツ・クラブで働いている」と、サラーは語っていた。が、トレーニングをする前に、人の面倒を見る前に、サラーはまず自分自身の生活を立て直さなければならなかった。 
「やっとトレーニングを再開している。毎日、自分にとって最上のフォームを見つけようと、苦労しているよ」と、8月13日に連絡が入った。よかった!元気を取り戻せて、、 
 難民サラーのホスト国フランスにあるFOC(フランス・オリンピック委員会)は「2012年以降、国際レースに参加していない、、」という理由で、サラーを<難民五輪選手団>に推薦することを渋っているそうだ。サラーは、「ちゃんと調べもしないで、イチャモンをつけてくる。FOC(フランス・オリンピック委員会)は僕が西サハラ人だというんで、邪魔してるんだ」と、語る。FOC(フランス・オリンピック委員会)は、かってサラーがフランス国旗の下で走ることを断ったのを、根にもっているようだ。 
 モロッコの元宗主国フランスは、現在もモロッコを経済的に仕切っていて、サラーの故郷であるモロッコ占領地・西サハラを新モロッコ観光地にしようと開発を続けている。コロナ禍でモロッコ本土の国際線を閉鎖したため、フランス・モロッコ観光事業は大打撃を受けた。その穴埋めに、モロッコ占領地・西サハラのミニ地方空港を利用し、観光客をせっせと送り込んでいる。 
 あまりにFOC(フランス・オリンピック委員会)が不親切なので、8月半ば、IOC(国際オリンピック委員会)本部に、サラーと筆者は再びサラーの<難民五輪選手団>入りを、打診した。IOC(国際オリンピック委員会)陸上選手団連帯責任者のプロジェクト・マネージャーから、サラーに、「国際連盟が認めるレースでの最新結果を報せるように」と、連絡が入った。「僕は、2019年も2020年も国際レースで走っている。僕の名前を見つけられないのは、西サハラ人アマイダン・サラーというアスリート名で出ているからだ。この名前は国際陸連には登録されていない。僕の本名はハマトウ・サラーハデイーンで、2004年から2015年までの古い競技記録はこの本名で登録されている。だから、本名で検索しても2016年から後の新しい記録は登録されていない」と、筆者に愚痴る。「愚痴ってる場合じゃないでしょ、、さっさとアマイダン・サラーの名前で出た最新レースの記録を探して、IOCに報告すれば?」と、筆者が急かすと、「僕の目的はオリンピックに出る事じゃない。 オリンピックに出ても出なくても。走り続ける、、」と、サラーは答えた。 
 
 サラーは走る事が大好きです。 「西サハラ国旗のために走る」という大義名分もあります。 ただ、プロのランナーとして走力と体力を維持していくのは、金がかかります。 スポンサーもマネージャーもコーチもいない一匹狼の難民サラーにとって、<難民五輪選手団>への参加は、願ってもないことです。 
 サラーは納得のいく回答を得られるまで、諦めずに<難民五輪選手団>への参加交渉を続けるつもりだそうです。 東京が駄目なら、パリがある。その先にはロサンゼルスがある、、 
 IOC(国際オリンピック委員会)は、サラーの<難民五輪選手団>参加願いに、どんな最終判断を出すのか?、、楽しみです。 
 
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*難民アスリート・サラーの最新ドキュメンタリーがYoutubeにアップしました。 
https://youtu.be/jz7lFr2c_Jk スペイン語ですが、西サハラ難民キャンプが見られます。 
*占領地からの脱出―「アリ 西サハラの難民と被占領民の物語」只今発売中です。 
著者:平田伊都子、写真:川名生十、画像提供:李憲彦、川上リュウ、SPS、 
造本:A5判横組みソフトカバー、4頁のカラー口絵、本文144頁 
発行人:松田健二、 
発行所:株式会社 社会評論社、東京都文京区本郷2―3―10、TEL:03-3814-3861 
2020年2月3日 初版第一刷発行  定価 税抜き2,000円 
*1月22日、「ニューズ・オプエド」で#1323<アフリカ最後の植民地>を放映しました。 
YouTube オプエド平田伊都子 URL https://www.youtube.com/watch?v=citQy4EpU-I 
Youtube2018年7月アップの「人民投票」(Referendum)をご案内。 
「人民投票」日本語版 URL :https://youtu.be/Skx5CP3lMLc 
「Referendum」英語版 URL: https://youtu.be/v0awSc25BUU 
Youtubeに2018年4月アップした「ラストコロニー西サハラ」もよろしくお願いします。 
「ラストコロニー西サハラ 日本語版URL:https://youtu.be/yeZvmTh0kGo 
「Last Colony in Africa]  英語版URL:  https://youtu.be/au5p6mxvheo 
 
 
WSJPO 西サハラ政府・日本代表事務所 所長:川名敏之     2020年8月14日 
SJJA(サハラ・ジャパン・ジャーナリスト・アソシエーション)代表:平田伊都子 


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