2020年09月14日06時37分掲載  無料記事
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ファラッド・コスロカヴァール著「世界はなぜ過激化するのか? 〜歴史・現在・未来〜」

  フランスで活躍するイラン系の社会学者ファラッド・コスロカヴァール著「世界はなぜ過激化するのか? 〜歴史・現在・未来〜」は、欧州で先鋭化してきたジハーディストとフランス社会の背景について専門研究者の視点で分析された極めて興味深い本だ。コスロカヴァールが「過激化」(ラディカリザシオン)にテーマを絞った理由はそれが過去の欧州政治史の事象とは異なり、政党や国家的なイデオロギーよりも個々人の動機こそが重要だからだ。2001年9月のニューヨークにおける同時多発テロが「過激化」というキーワードが浮上するきっかけになったのだという。本来であればオルタナティブの役目を担ってくれたはずの政党や権威が失墜したことが、個人の過激化現象の背後にあるのだという。そしてジハーディストや極右テロリストは様々な時代や空間の出来事に自由に想像の中で感情移入しながら、メディアを介して自分も英雄になりたいと願う。欧州で育ったムスリム家族の若い女性たちがジハード主義に染まり、フランスよりはるかに男尊女卑であろうシリアに旅立つ背景も興味深い。私が本書について知ったのか記号学者の髭郁彦さんの文章で以前、紹介されていたからだった。日本で翻訳書として刊行されたのは2016年12月だが、原著がフランスで出版されたのは2014年である。 
 
  2014年という年は本書にとってもシンボリックな年であろうと思う。なぜなら、本書でも触れられているが、フランスにおけるイスラム系ジハーディストの台頭と、フランスにおける極右政党だった国民戦線の台頭が互いに関連しあっていると思われるからだ。前年の2013年は二代目のマリーヌ・ルペン新党首が率いる国民戦線が急速にメディアで注目を集め、与党になりうる第三の政党の地位を確立した年だった。翌2014年の地方選挙で前評判通り国民戦線は躍進し、マリーヌ・ルペンは大統領に最も近い野党政治家のポジションをつかんだ。それまで国民戦線と言えば父のジャン=マリ・ルペンの甚だしい言動によって与党には到底なり得ない異端の小政党でしかなかった。2002年に父ルペンは大統領選の決選まで勝ち残ったものの、決選投票でシラクに圧倒的な差で敗北したことを多くの人は覚えているだろう。ところが、この2013年あたりから、そうした歯止めはなくなった。国民戦線は共和党と社会党に次ぐ第三の政党として認知されるに至るのである。国民戦線はイスラム系移民に敵対してきた政党である。だが、決選で勝つために党を「非悪魔化」しようとするマリーヌ・ルペンのもとに、さらに反グローバリゼーションを中心に左派の視点を持つ政策スタッフが参加し、国民戦線は変化しつつあった。国民戦線は父のジャン=マリ・ルペンの時代はグローバル資本主義に賛成していたのである。 
 
  ファラッド・コスロカヴァールの「世界はなぜ過激化するのか?」が書かれたのはフランス社会のこのような変化と切り離せない。コスロカヴァールは社会学者として刑務所に収監された過激化したムスリムを多数インタビューしており、過激化のメカニズムを探っている。フランス社会を知りたい人々に取っては興味深い。だが、日本から見た時に、著者のリサーチと洞察をどのように受け止めればよいのだろう。日本では過激化したイスラム教徒のテロは起きていない。それは日本政府が中東に軍隊を派遣して戦闘してこなかったからである。だが今後、自衛隊が中東で戦闘するようになると本書は日本人にとって他人事ではなくなるだろう。しかし、現在、本書が日本の読者に興味深いのは〜少なくとも筆者にとってひっかかってくるのは非ムスリムのフランス人で、かつ貧困でエスタブリッシュからも移民からも軽蔑されている「プチ白人」についての記述ではなかろうか。コスロカヴァールは「プチ白人」こそマリーヌ・ルペンが率いる国民戦線を躍進させた母体だと指摘する。 
 
 「FN(※国民戦線)はプチ白人たちの自己イメージを刷新し、人生に自信を取り戻させた。また、祖国がフランス人の手に取り戻されれば、彼らが矜持を回復して生きていける将来像を提示した」 
 
  コスロカヴァールの記述は、まさにその通りであろう。これはアメリカにおいてはトランプ政権を生み、日本においては安倍政権を生んだメカニズムと同じだと思う。中国や韓国など周辺国から製造業の国として追い上げられ、バブル崩壊と空洞化で誇りを失っていった多くの日本の労働者や子弟にとって、フランスのプチ白人は他人事と思えない。国民戦線が急激に台頭した2013年から2014年にかけてフランスは社会党のオランド大統領の時代であり、左派政権の時代だったことを忘れてはいけない。2012年の大統領選で多くの人がサルコジ大統領の進めた規制緩和と格差社会化に反対し、オランド大統領に期待して投票した。ところが、社会党政権が期待を果たしてくれそうにないことを知った人々は大いに幻滅した。これがフランスの共和党と社会党の二大政党制を崩壊させるきっかけにもつながっていく。当時私はフランスに滞在していたが、新聞で社会党支持者が国民戦線に鞍替えしているという話を読んだ。 
 
  マリーヌ・ルペンはフランスはキリスト教国家であり、イスラム教徒はフランスに来るならフランス固有の歴史と文化を尊重せよ、と主張してきた。またフランスの労働者と農民を守ると訴えてきた。グローバリズムに脅威を感じてきた人々は欧州連合本部の支配に屈しているように見える社会党から離れ、国民戦線に期待を高めていった。だが、北アフリカのマグレブ地方や中東などからの移民やその子弟たちは社会党から国民戦線に支持を変える、という風には簡単にいかないのではないだろうか。 
 
  2010年の暮れにチュニジアで始まったアラブの春が拡大し、民族主義のナショナリスト政権を各国で揺さぶり、民主化とは裏腹に、ジハーディストの存在が目立ってきた。マリーヌ・ルペンはサルコジ政権が行ったリビアへの軍事介入には徹底的に批判し、アラブの春に関われば関わるほど、フランスにジハード主義がブーメランのように帰ってきて、フランス国家の安全を損なうと訴えた。まさにその通りだった。国民戦線は反戦ポスターまで作った。一方、オランド大統領はサルコジ大統領時代の軍事路線を踏襲し、中東や北アフリカのジハーディストたちを軍事力で制圧する方針を取った。マリーヌ・ルペンが言っていたように、2015年にフランスは2度にわたる衝撃的なテロにさらされた。 
 
  「過激化の新しい形態からいえるのは、想像上の共同体に属する感覚が新鮮で大切ということだ。理想に描くネオ・ウンマ(イスラム新共同体=始祖ムハンマド時代の信徒集団の再興)に自らを一体化させるジハード主義者の喜び。それは彼らが復元を誓う、抱擁力と神秘的なほどの統一性を備えたイスラム教徒共同体である。いうなればジハード主義者とは、自己喪失を導いた冷淡な社会、非難と存在の無意味さを押しつけてくる社会と一線を引きたいと願う者たちということになる。筆者がここで示す類例は、グローバリゼーションの世界で生きる行動者たちを分析する社会学のそれに近い」 
 
  ノルウェーで2011年に起きた極右テロリストが中世の十字軍の戦士(テンプル騎士団)に自己を投影させていたことと好対照をなす。コスロカヴァールが触れているようにグローバリゼーションがこのテーマの背後に潜んでいる。一方にナショナリスト集団があり、一方にジハーディストの集団がある。そして、プチ白人ではない「白人」たちも存在する。この3つ巴は象徴的であり、ジハーディストこそいないが、無差別殺人に走る者がおり、日本社会に類似してもいる。ナショナリズムの背後には皇室を中心とする日本の神話的世界がある。安定しない最低賃金の暮らしを余儀なくされ、人間としての誇りを奪われた労働者たちの中には、日本の神話的世界に一体化したいと願う人々も増えていくのではなかろうか。そのような共同体幻想に入る者もいれば、個的で暴力的なテロ行為に走る者もいるだろう。いずれにしても今後、新型コロナウイルスによって経済が沈下し、生き残る勝ち組と、衰亡するプチ日本人との亀裂が増していったとすると、排外主義はますます拡大するだろう。今まさに日本はその入り口に立っている。日本における過激化はフランスや欧州とは異なる形となるだろう。 
 
 
■Farhad Khosrokhavar(ファラッド・コスロカヴァール)のインタビュー「欧州のジハーディズムの2つのタイプ」 
L’universite de recherche Paris Sciences & Lettres (PSL) 
https://www.youtube.com/watch?v=WKB8ZjLG7j4 
 
■Profil: Farhad Khosrokhavar(Iqbal Falsafi) 
https://www.youtube.com/watch?v=FXPD1cLVVyM 


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