2020年09月20日20時23分掲載  無料記事
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コラム

金とメディア

  価値のあるメディアには金が必要だから募金を募る、というのはある意味でその通りなのですが、その言葉が増幅して、「金をかけないメディアは全部、価値がない」という風に受け取られると、金をかけない小さなメディアやサイトに関わっている人々を一括して「お前たちはゼロだ」と言っているように響いてきます。調査報道にはお金がかかるものです。それは確かですし、人に会って、話を直に聞こうとするとこれもお金がかかります。ですから、お金をかけないでやろうとすると、やれることが限られてきます。 
 
  でも、1つ思い出したいのは今ではプロのジャーナリストや編集者が働く民間ジャーナリズム企業になったハフィントンポストも創業当時は無料で記事を書き送ってくる人々が作るメディアだったことです。当時はジョージ・W・ブッシュ大統領の時代でニューヨークタイムズが重大な誤報を出したように、アメリカのジャーナリズムも圧力を受けて危機が訪れていました。そんな中、アリアナ・ハフィントン氏らが始めたハフィントンポストには発表の道を失った元記者や新聞やTVに不満を感じた人々が希望を感じて、無償でもいろんな記事を書き送り、それが後にはアメリカ政治史を画する有色人種のオバマ大統領の誕生へとつながっていきました。ハフィントンポストは今も優れた報道をしていますが、最も価値を作ったのはジャーナリズムが軟弱化していた創業当初の津々浦々のブロッガーたちが活躍した時期だったと言って過言ではないと思います。少なくともメディアの歴史には金をかけなくてもメディアが価値を創り出した前例があるのです。(もちろん、だからと言って、すべての無料のメディアに価値があると言っているわけではありません)。 
 
  お金をかけない、ということは、たとえば記者の移動費用が出ない、ということを意味します。さらには労賃が出ないことを意味します。でも、移動できないのであれば、その事件が起きている現地でそれに詳しい人が書き送ってくれるものをUPする道があります。もちろん、その人ですら金をかけた調査報道みたいなことはできないでしょう。しかし、現地の社会の状態やら、長年住んでいる人であればその事件の波紋など、記事になる情報は持っているものです。そうした人々を世界で結べば交通費をかけなくても、社会の情報は入ってきます。また、事件や事象に詳しい人々と直につながることができれば、もっと本質に迫ることもできるでしょう。 
 
  では日刊ベリタでそれができているとは言えません。しかし、お金をかけなくてもできることはあると思いますし、その可能性を伸ばしていくことは大切だと思っています。そして、そのことは募金を募ってメディアを作る運動と二律背反ではないと思うのです。メディアは、生態学上、様々な生物がつながって環境を形成していくように、また進化史を見ても、1つの形に固定されない方がよいと私は思っています。たとえになりますが、「大脱走」というアメリカ映画はナチスの収容所に入れられた連合国軍兵士の捕虜たちが地下にトンネルを掘って大量に脱走する話です。前代未聞の大脱走を収容所という限られた空間で成功させた要因は、人それぞれが持っている多彩な才能(トンネル掘り、偽造、発明、泥棒などなど)を組み合わせて活用したことです。多彩な人々一人一人が自分の能力を活用して主人公になるという脱走作戦実行のプロセスこそが、民主主義という捕虜たちが担う価値を象徴していたのです。メディアも多様性が大切です。 
 
  お金はあった方がもちろん良いわけですが、しかし、お金をいただくと責任が重くかかりますし、記事の内容やラインナップに出資者の意向を反映することすら場合によっては求められる可能性もあるのです。ですから、カント的な命題みたいに硬く考えず、そこはケースバイケースで状況に合わせて、やりたいやり方でそれぞれがやった方がよいと思っています。無償で記事を書いている人が、別の場ではプロとして現場で取材をしているということもあるのです。 
 
 
 
村上良太 
 
 
 
■Huffington Post とは? 米大手銀行を批判するインターネット新聞 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201101021709580 
 
■ハフィントンポストがルモンドと提携 すでに英国・カナダ、そしてブラジルにも・・・? 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202130054061 
 
■ハフィントンポストの時代  ハフィントンポストを退くと告げた創刊者のアリアナ・ハフィントン氏 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201612110903150 


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