2020年09月26日14時07分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

「ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち」 今後もこうした本を出し続けて欲しい。できれば米文学以外でも・・・

  アルクから柴田元幸氏の編集・翻訳になる「ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち」が2枚のCDつきで刊行されたのは2004年でした。もともと2001年頃からEnglish Journalで掲載されたものを1冊にまとめたものです。2004年と言えば、16年も前のことで、当時は2003年に起きたイラク戦争が終結しないまま、米国が経済的に衰亡し、国家としても権威を失いつつある時代でした。米国はかつてのような世界が仰ぎ見る憧れの豊かな国あるいは文化的なリーダーの地位を失いつつありましたから、米文学に対する関心度も90年代までと今とを比べると、雲泥の差という気がします。 
 
  そういう意味では、シリ・ハストヴェット、アート・スピーゲルマン、T・R・ピアソン、スチュアート・ダイベック、リチャード・パワーズ、レベッカ・ブラウン、カズオ・イシグロ、村上春樹のインタビューと文字起こしを併録(村上春樹だけは活字のみ)した本書は、今日再読し、最聴してみると、アメリカ文学が輝いて見えた最後の時代の作家たち(英国人と日本人の作家も混ざっていますが)という印象がします。 
 
  このCD付きの本の魅力は作家の肉声が吹き込まれていることです。活字を目で追うのとは違って、声を聴くと、作家のリズムとか人柄が浮き上がってきます。その人のイメージをつかむ上で声は大きいです。そして、それぞれ作家が何にこだわっているのかが柴田氏の巧みなインタビューで浮かんできます。筆者にはこの中のT・R・ピアソンのインタビューが特に面白く、個性的な文体を持ったピアソンが影響を受けた「トリストラム・シャンディ」という18世紀の前衛小説についても初めて知りました。 
 
 「『小さな場所の小さな歴史』を書き始めたときも、最初はコミカルな小説を書くつもりじゃなかったんだ。僕はだね、その、偉大なるアメリカ悲劇を書かんとしていた。で、一段落書いて、ジョークを1つ書いた〜それで決まりさ。こう思ったんだよ、『オーケー、俺は一大悲劇を書く柄じゃない。コミカルな小説が本分なんだ」(ピアソン) 
 
  米国人が大統領にジョージ・W・ブッシュとドナルド・トランプを選んだことで、米国はかつてのような大人でリーダーとしての品位を持つ国家とは見られなくなりました。ある意味であまりにも高すぎた米国の権威が失墜することは自然なことでもありますが、その結果、文化の領域でも関心が薄れ、今日、アメリカの好きな作家を一人挙げよ、と言われても挙げることが筆者にはできません。米文学を専門にしている人には優れた作家が視野に入っているのでしょうが、今日、日本国内では書店も半減し、図書館も予算が削減され、大衆的には見えずらくなっている気がします。50代の私の世代には未だ米国への憧れが残るのでしょうが、若い世代の人々にはもはや米国は見上げる国ではなくなったのかもしれません。 
 
  それでも黒人の人権擁護運動であるBLMなどを見ると、米国には対抗文化が今日も大きなパワーを持っており、ということはつまり未だ私たちには未知の優れた作家が何人も出て活躍しているのではないかと思います。そういう意味では今後も継続してこういう本が出版されてほしいなと思いました。できればフランスなど英米文学以外の文化圏の作家たちのこうした本も出版してほしいものです。 


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