2020年10月01日11時58分掲載  無料記事
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【著書を語る】 『 ふたたび夢に向かって』  高野幹英(まっぺん)

■父が遺した貴重な戦争体験の記憶 
 
 この本を出版しようと思い立った第一の理由は、父が語り遺して行った戦争体験を日本人の記憶の一部に留めて置きたかったからだ。父は戦争末期、学徒出陣で満洲地域に動員され、ソ連軍との過酷な戦闘と2年間のシベリア抑留を体験した。父の話は、戦後生まれの私には到底想像もつかぬ恐ろしいものだった。見も知らぬ他国の、なんの恨みも無い青年たちに銃口を向け、撃ち殺すのだ。戦車の砲口が自分を真っ直ぐに狙い、砲弾を撃ち込んでくる。また遭遇する敵と、顔の表情が見える近さで命のやりとりをする。もはや尋常な神経であったら耐えられない、生き地獄のような世界だ。父から伝 え聞いた話を検証すれば、最低2人は殺したと思われる。殺さなければこちらが殺されただろう。そうなれば、私は生まれていなかった事になる。 
 
 あの時代、何百万もの青年たちが国家の命令により、命を投げ出すことを強要された。そして残酷極まる戦争体験をくぐり抜けてきた。終戦後、この戦争への反省から、世界で初めて武装放棄と交戦権否認を謳った平和憲法が創設された。それは当時の大多数の日本国民が、あのような過酷な戦争を二 度と起こさないと心から誓った結果である。それは侵略への反省であると同時に、自ら体験した地獄を二度と繰り返したくないという忌避感からでも あっただろう。平和憲法を「アメリカの押し付け」などと信じるのは、戦後生まれの、戦争体験を持たない者の弁だ。 
 
■戦争体験の風化と平和憲法の危機 
 
 しかし時代は移り、戦争を知らない世代が多数となった今、平和憲法への確信が揺らいで来ている。戦争というもののリアルな恐怖心を持つ世代がほ とんどいなくなり、想像の世界でしか戦争を語れない世代が大多数となっているからだ。それは日本だけのことではない。また戦争の「スタイル」の変 化もそれに関係している。 
 列強諸国同士の大規模な帝国主義戦争は第二次世界大戦で終わり、今日の戦争は、アメリカを中心とした帝国主義諸国が弱小国家や特定の地域住民、弱小勢力と戦争をする時代となっている。大規模な大戦から局地戦争へ。そのような戦争では、アメリカやその同盟国側はハイテク兵器を駆使して戦うため、帝国主義側の被害は少なく、一方的に弱小勢力の側が殺される状況になっている。高高度からの偵察衛星や無人偵察機で、赤外線を使って敵の位 置や人数まで把握し、無人攻撃機を飛ばして皆殺しにする。これを操縦する兵士は、敵から遥か離れた安全な所にいて、液晶画面を見ながら、まるでテ レビゲームでも楽しむように人を殺す。また特殊爆弾が地下深く潜入する敵も爆殺する。ほとんどなぶり殺しである。 
 
 ベトナム戦争までは戦争の残酷さが多くの人々に見えていた。しかし兵器の発達によって、戦争の実態が我々の目から隠されるようになって来た。とりわけ日本はアメリカの同盟国でもある事によって、我々に提供される情報は、米軍側の一方的な攻撃シーンばかりだ。こうした事情はますます平和憲 法の重要性を日本人の心から遠ざける事になるだろう。戦争体験世代のすぐ後に生まれ、親の戦争体験を直接に聞いて来た者として、この体験を語り伝 えるべきではないのか。そんな気持ちがこの本を書くきっかけとなった。 
 
■我が人生最初で最後、唯一の一冊 
 
 この本の目的はもう一つ、自分の歩んできた道の中間総括という意味もある。 
 今の日本では、残念ながら多くの人々が、政治について深い関心を持たず、傍観者の位置にいるが、人にとって実は、政治は極めて重要な意味を持つ 事を、政治に関わって来たわれわれは知っている。政治に関心を持たず、人任せにしていては、政治によって自分の生活が破壊されてゆく。今の日本が まさしくそうした状況にある。この40年のあいだに、われわれの生活は大きく変わり、今も日々刻々と破滅に向かって追い詰められて来ていることを 知らねばならない。 
 しかしまた、一方で、人間は「政治ばかりではない」ことも事実だ。政治の世界に生きて来た人々の中には、全人生を政治に捧げて来た献身的な人々も多くいる。それはそれで素晴らしいことだ、と思う。そういう生き方もあっていい。しかしそれはあくまでも自発的なものでなくてはならない。道義 心に訴え、精神主義で縛るような政治組織には真に人類を解放することはできない。 
 
 私は若い時分にトロツキズムと出会い、その世界的運動に共感し、その日本支部傘下の大衆的青年運動に参加して来た。しかしその時、自分に誓った ことがある。「決して幹部にならない。最後まで一兵卒を貫く」。だから青年同盟卒業の年齢に達したとき、親同盟への誘いをキッパリ断り、ついに加盟しなかった。 
 
 この著作集は全体が三部に分かれている。第一部はベトナム旅行記から書き起こしているが、ベトナムが私の政治的人生の出発点だったからだ。それは政治とともに関心の深い音楽にも関わる報告記でもある。第二部は創刊号より10年以上にわたってお世話になった政治機関紙『コモンズ』に掲載し た私の政治論文からいくつか選んで載せた。そして第三部は、少年時代から「政治以外」の部分で活動して来た私の思い出深い文章を集めた。いわばこれで、政治も含む全体としての私の個人的総括となる。 
 印象深い思い出はたくさんあり、書くことは尽きないが、この程度の長さがちょうど良いと思う。おそらくこの著作集が、私の生涯最初で最後、唯一 の一冊となるだろう。 
 
 自著紹介の機会を与えて下さったベリタさんに深謝申し上げます。身に余る光栄です。拙い本ですが、お読みいただけたら幸いです。 
 
目次を紹介します―― 
ふたたび夢に向かって 
 
  ■はじめに Prelude 2 
 
第一部  反戦運動のはてに……9 
  ■ダラットへの道(ベトナム訪問記) 10 
  ■「革共同両派への提言」から何を学ぶべきか 36 
  ■補論 クラウゼヴィッツとルーデンドルフ 46 
  ■映画「永遠のゼロ」についての考察 48 
  ■藤田嗣治の戦争絵画に寄せて 60 
  ■米国の対中国戦争戦略と日米安保体制 64 
 
第二部  「コモンズ」紙投稿……85 
  ■カタルーニャ人民に自由を! 86 
  ■香港に再び栄光を 92 
  ■2019参議院選挙に寄せて 102 
  ■コロナ災害は医療制度改革による「人災」だ 110 
  ■映評「1987」 116 
 
第三部  夢のきずな……121 
  ■「赤い疾風」DT250 122 
  ■君たちのおじいちゃんのこと(琿春連隊戦争秘話) 130 
  ■父と子の対話 152 
  ■水野英二先生と吹奏楽の殿堂 156 
  ■祖父 高野幾太郎と石原莞爾(東亜連盟運動) 164 
  ■母についての備忘録 170 
  ■太古の昔(甲田香さん追悼) 174 
  ■羽衣の天女の化身(飯富幸枝先生追悼) 178 
  ■本の紹介 『妻が遺した一枚のレシピ』 182 
  ■ミルクの注文のしかた 184 
  ■不思議な幸子さん 191 
  ■少年に捧げるソネット 194 
 
  ■おわりに Finale 204 
 
 
 
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