2020年10月07日21時10分掲載  無料記事
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コラム

ほんとうの「学問の自由」とは〜日本学術会議、日本芸術院、文化勲章は必要なのか  内野光子(うちのみつこ):歌人

首相が学術会議人事に介入したとして、騒動になっている。日本学術会議が新会員候補者として105人推薦したところ、6名の任命が拒否されたというのである。従来は、内閣総理大臣の任命は、形式的なものとして運用されていた。拒否された6人は、いずれも現政府の意に沿わない発言や活動を続けている人たちである。政府が、研究者の萎縮を狙っていることは確かなのだが、学術会議が首相に提出した要望書は以下の通りで、10月3日にホームページで公開された。 
 
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第25期新規会員任命に関する要望書 
 
令和2年10月2日 
内閣総理大臣 菅 義偉 殿 
 
日本学術会議第181回総会 
第25期新規会員任命に関して、次の2点を要望する。 
 
1.2020年9月30日付で山極壽一前会長がお願いしたとおり、推薦した会員候補者が任命されない理由を説明いただきたい。 
 
2.2020年8月31日付で推薦した会員候補者のうち、任命されていない方について、速やかに任命していただきたい。 
 
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要望書は、10月1日の学術会議の総会で決まった新会長梶田隆章の名ではなく、「総会」名義で、いわば、たった二件の短い「お願い」文書であった。新会長は、10月3日の記者のぶら下がりで、「任命拒否の説明をしてもらわなければ、どうしていいかわからい」とオロオロするするばかりであった。この件について、手元の新聞の社説の見出しは以下の通りである。 
 
東京:任命拒否の撤回を求める 
毎日:看過できない政治介入だ 
朝日:学問の自由脅かす暴挙 
 
論調のスタンスは、ほぼ一緒である。常々、そもそも「学術会議」って何?という疑問が私にはあった。会員が、現役であれ、OBであれ、その肩書が付されるのをよく目にした。日本学術会議は、戦前の学問が、軍部によって自由を奪われ、利用されたことへの反省から、1949年に発足している。日本学術会議法上では、「優れた研究又は業績」のある会員をもって組織する、となっているが、その基準は曖昧である。3年を一期として、役員が決まり、定員210人の半数が改選される。当初は、各学会、団体などの推薦によって候補を決めていたが、長老ばかりが推薦されるので、2004年には、推薦は学術会議内部で行われることになった。いまでは、70歳という定年制も導入されている。しかし、新会員の推薦の実態は、改選の該当者が後任を推薦して退くことになっているという。会員は、非常勤公務員なので、手当や旅費は出る。さらに、事務局には国家公務員として50人程のスタッフがいて、年間の総予算は10億を超える。https://www.cao.go.jp/yosan/soshiki/r2/pdf/50.pdf 
 
政府とは独立したアカデミーをもつ国は多いが、日本の学術会議のような政府直轄の組織はない、と見直し専門会議でも議論されていた。政策提言機関を自認するならば、政権から独立した、自律性が問われるのではないか。その会員の任命が拒否されたからと言って、崩れてしまうほどの「学問の自由」だったのだろうか。研究者が、この程度の介入で、学問の自由を失い、萎縮してしまうのだとしたら、まさに、政府の思うツボである。介入は、エスカレートしてゆくだろう。 
この時期に、首相が、こうした決断をした背景には何があるのか、どんな意味があるのかを探ることは大事だが、「日本学術会議」自体についての議論がなされてもいいのではないか。 
 
私は、かつて、「勲章が欲しい歌人たち」(拙著『天皇の短歌は何を語るのか』御茶の水書房 2013年、所収。初出『風景』100〜101号 2002年)の中で、日本芸術院の成り立ちと会員となった歌人について調べたことがある。日本芸術院は、1937年、7月には盧溝橋の武力衝突により日中戦争が始まり、内閣情報部が設置された年であり、“文芸奨励政策”の名のもとに設置された帝国芸術院を前身とする。文芸の奨励ではなく、懐柔策とみて良いだろう。敗戦後改称の上、1949年、日本芸術院令のもとに発足している。定員120名、終身制なので、会員の死亡による欠員が生じた分野で推薦を受けた者が総会で承認の上、文科大臣が任命することになっている。その基準は、上記院令では、「芸術上の功績顕著な芸術家」ということで、会員には、年金250万円がつく。 
また、文化勲章の前提ともなる文化功労者(年金350万円)は、文化庁の文化審議会内の文化功労者選考分科会で選考され、メンバーとしては、国立の博物館、美術館の館長、大学の学長、教授、ノーベル賞受賞者、作家、評論家などの名前が並ぶ。しかし、彼らが、学術・芸術各分野全般に目が届くとは考えられない。実際の候補者選出の基準や過程は非公開で、詳細は不明だが、おそらくは担当部局が担っていると推測できる。分科会は、形骸化して、承認機関になっているのではないか。歌人で言えば、今年の7月に会員である岡井隆が死去して、岡野弘彦、馬場あき子、佐佐木幸綱の3人となった。補充されるのはだれなのか。 
それはともかく、文科省による芸術選奨にしても、選考委員、推薦委員が固定化される中で、若干の入れ替えがなされるものの、受賞者との関係を見ると、選考委員と同じ結社であったり、年を超えて結社間の互酬性らしきものが垣間見えたりする。 
 
こうしてみてくると、日本学術会議、日本芸術院の成り立ち自体、文化功労者(⇒文化勲章)の選考過程自体が、政治介入を前提としていると言えないか。そして、それぞれの会員であることや受章が、一つの権威となって、それを利用している会員たちも無視できず、学術や芸術の世界を脅かしているようにさえ見えてくる。 
 
 
内野光子(うちのみつこ):歌人 
 
 
初出:「内野光子のブログ」2020.10.4より許可を得て転載 
 
http://dmituko.cocolog-nifty.com/utino/2020/10/post-02d75a.html 
 
 
ちきゅう座から転載 


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