2020年12月03日10時21分掲載  無料記事
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アジア

タイの民主化デモとスラックさん 仏教の教えをいかす変革めざす

 軍政に反対するタイの若者たちの民主化要求デモのニュースを追いながら、私は毎日新聞バンコク特派員だった1980年代前半に取材したタイの人たちが現在の状況をどのようにみているだろうかと思い巡らせている。当時は、時の軍事政権を打倒した1973年の「学生革命」によって切りひらかれた民主化時代が軍部の反撃で暗転した冬の時代だった。それでも民主化運動にかかわった元学生活動家や知識人、労働者、作家、ミュージシャン、スラムの住民リーダーらは闘いをあきらめず、政治のみならずさまざまな問題について日本人記者に多くのことを教えてくれた。そのなかの一人が、スラック・シワラックさんである。(永井浩) 
 
▽民主化運動のパイオニア 
 スラックさんは評論家と呼ばれることが多いが、日本の評論家のイメージに収まりきらない大きなスケールの人だ。学者、出版者としてもタイ語、英語で多数の著書があり、活動家としてはNGOの育ての親としても知られる。そうした幅広い活動をつうじて、軍事政権下のタイの民主化運動のパイオニアの一人として尊敬されてきた。私は「アチャーン・スラック」(アチャーンは先生の意)のすすめで、北部の貧しい農村にホームステイし、若いNGOスタッフが草の根の農村開発に奮闘する姿を追い、首都バンコクではわからないこの国の姿や真の開発とは何かについて理解を深めることができた。 
 
 彼は英国で高等教育を受け、弁護士資格を取得するとともにBBC放送で解説員を努めたりしたあと帰国、軍事独裁政権下で『社会科学評論』誌を創刊した。同誌は政治、社会問題についての鋭い論陣で学生や知識人らに知的覚醒をもたらした。とくに、経済発展に取り残された貧困層の問題解決を重視した。日本企業の集中豪雨的な進出に反発して立ち上がった1972年の学生、市民らの日本商品ボイコット運動に与えた影響は大きく、この「反日」運動が翌年の学生らを中心とした軍事独裁政権打倒へと発展した。 
 
 しかし、スラックさんは過激な革命家ではない。仏教国タイにおける敬虔な仏教徒であり、仏教の基本的な教えにもとづいて人類が抱えている諸問題の解決に取り組もうとする。変革はあくまで非暴力でなければならない。彼はまた、王室を尊崇することでは人後に落ちないが、それはタイの文化的アイデンティティの象徴としての王室であり、王室の権威の政治的利用には断固反対する。それはかえって王室の尊厳を損なうことになるからだ。だがそれにもかかわらず、スラックさんは何度か不敬罪に問われて法廷に立たされた。 
 
 そのようなタイの代表的な知識人が現在の民主化要求デモの盛り上がりをどう見ているかは、当然知りたくなる。民主化運動は1970年代後半に軍の弾圧によって血の海に沈められて以降も何度か息を吹き返し、時の政権との激しい対決を繰り返し、一進一退しながらも前進しつづけてきた。その間にタイの経済は大きく発展したが、貧富の格差などの問題は未解決のままだ。運動のすそ野も広がった。学生、市民、都市中間層が中心だったアクターは地方の農民、都市貧困層へと多様化した。プラユット政権の退陣と憲法改正による議会制民主主義の確立をもとめる2020年からの若者たちの反軍政デモには、大学生だけでなく高校生も参加するようになった。さらに、これまでタブーとされてきた王室批判も、不敬罪があるにもかかわらず公然と主張されるようになっている。 
 
 そんな私の願いに応えるように、日本経済新聞(10月31日)が「タイ反体制デモ 識者に聞く」と題して「現代タイの知性」スラックさんのインタビューを掲載してくれた。顔写真は87歳の高齢を隠せないものの、発言は意気軒高である。 
 「タイでは1970年代にも学生による民主化要求デモがあったが、主体は大学生だった。今は高校生まで参加している。しかも暴力には訴えていない。とても誇りに思う。デモ隊の要求は正当だ」 
 プラユット首相は反軍野党を解体に追い込むなど、憲法改正も拒んできた。首相はしばしばチュラロンコン国王(在位1868〜1910年、ヨーロッパの近代国家の制度を導入して近代化に努めた名君)の意向に言及するが、立憲君主制下では全責任は首相が負う。王制批判の高まりは首相のせいであり、「王室のあり方を議論すべき時機がきた」という。「かつてそれを口にするのは私くらいだったが、今は違う。王室が広く受け入れられず、しかも批判すら許されないなら、存続自体が危うくなると人びとは思い始めている。プミポン前国王は不敬罪は王室にとってむしろ有害だ、と発言したことがあったが、歴代政権は国王の思いをくもうとしてこなかった」 
 そして若者たちの抗議行動を支持しながら、「デモ隊は我慢強く抗議をつづけ、とくに王室に対して侮辱的な言葉は使ってはいけない。そうでないと国民の支持は得られない」と訴える。 
 
▽「鳥は片方の翼だけでは飛べない」 
 草の根民衆の連帯を重視するスラックさんの活動は、国家、民族、宗教などの違いをこえたグローバルな市民ネットワークの発展もめざしている。それはアジアだけでなく欧米諸国にも広がり、平和、貧困、環境、人権など人類が直面する問題の解決にむけて国境をこえて力を合わせようとする。彼は、そのような努力を評価されて、1995年に第二のノーベル賞と称される「ライフ・ライブリフッド賞」(本部スウェーデン)を受賞した。私もそのネットワークの一員に加えていただけたらしく、バンコク支局を離れたあともたびたび、タイ各地で開催される国際的なワークショップやセミナーに呼んでもらい、彼が日本に来たときは何度も声をかけてくれている。正式プログラムが終了すると、美味しい料理とアルコールで‶放課後瓩粒擇靴は辰弾む。 
 
 2011年の「3・11」後に横浜の仏教教団でおこなわれた国際フォーラムで、スラックさんは基調講演をした。それによれば、科学や経済の発展と人間の内なるスピリチュアルな成長は切り離せない。だが、日本はこれまで、前者の西洋的価値観を優先する近代化の先頭をアジアのなかで走りつづけてきた。その結果が、豊かな自然と伝統文化の破壊や心身の荒廃であり、ついには新たな放射能汚染まで引き起こしてしまった。いまこそ深く自省し、仏教の基本的な教えである慈悲と智慧をいかした、本当に幸せな社会とは何かをアジアの人びとともに追求していくべきだとして、スラックさんはこう述べた。「鳥は片方の翼だけでは飛べない」 
 
 こうした考えは日本についてだけでなく、タイの民主化と開発の問題にも通底しているようにみえる。 
 
 民主化運動が今後どのような展開を見せるかは予測がむずかしい。おそらく軍政との攻防は年を越すであろう。結果がどうなろうとも、新年には久しぶりにタイを再訪したいとの気持ちが私のなかで高まっている。そして、アチャーン・スラックに会おう。 
 
*スラックさんの著作の邦訳は下記がある。 
『エンゲージド・ブディズム入門 しあわせの開発学』(辻信一・宇野真介訳)ゆっくり堂、2011年 
 
「エンゲージド・ブディズム」(Engaged Buddhism)の定訳はないが、「社会参画する仏教」とも訳されている。仏教的価値観にもとづいて、人類が抱えている諸問題の解決に取り組む仏教徒の活動を指す。 
 
*「仏教経済学」については 
21世紀の仏教経済思想を提唱する 安原和雄 
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