2021年03月12日16時39分掲載  無料記事
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アジア

日本政府の対ミャンマー「独自パイプ」の嘘と真実 実体は国軍支援で政治判断誤る 宇崎真

 ミャンマーの民主化の進展を阻む国際的大ニュースが流れるごとに、日本政府は「独自のパイプ」を活かして問題解決に努力すると言明する。今回の国軍クーデターでも同じフレーズが繰り返された。日本は欧米と違い、国軍とアウンサンスーチー陣営双方に働きかけることが出来るというのだ。我が国のメディアの大多数もそれを検証せずにオウム返しに伝える。いま必要なのは、独自のパイプなるものの実体とそれがどのように機能しているかを明らかにすることではないのか。 
 
▽長井カメラマン殺害の責任追及におよび腰 
 ミャンマー国軍と日本政府の関係を示す象徴的な例として、2007年9月の民主化要求デモを取材中に国軍兵士によって至近距離から射殺された長井健司カメラマンの悲劇に日本政府がどのように対応したかをみてみよう。その事件はヤンゴン中心部で何万もの市民がみている前で白昼に起きた。その射殺の瞬間を望遠レンズでとらえたロイター通信アドリーフ・ラティーフの写真は翌08年度のピューリッツア賞を獲得した。この殺害事件は国際的に大反響をよんだ。 
 筆者はその現場にいた。が、トラックで乗りつけた兵士たちが催涙弾を放ちデモ隊に銃撃を加えた瞬間市民とともに逃げたのでその射殺の瞬間は見ていない。だが現場にいた日本人ジャーナリスト二名のうち一名が斃れたのだ。筆者はなんとか軍政に弔い合戦をいどみたいと考えた。 
 その事件から半年後、ある国軍佐官クラスの人物から「機密」文書を入手した。「ヤンゴン管区暴動鎮圧組織」名の命令書で、デモ隊の鎮圧方法が詳細に記されていた。「写真機、ビデオカメラ、録音機を所持する者は最重要射撃対象である。その人物をその場で逮捕せよ。それが出来なければ撃て」とある。殺害の瞬間をとらえた上記の写真は極めて鮮明で兵士の人物特定も十分に可能なものであった。 
 
 日本政府は事件から三日たって外交チームと遺族代表をヤンゴンに送り遺体を引き取ったものの、肝心の事件究明、責任の明確化などの追及はしていない。遺品の返還を当局に求め「抗議」「遺憾」を表明しても形式的なものに終わっている。重要証拠でもあるカメラ、収録映像(SDカード)は返還されず遺品の一部(部分的に引きちぎられた手帳など)が戻ってきただけだ。それ以降の日本政府の動きをみれば、あたかもケースクローズ、なかったことにしようとする態度が見え見えである。これは、北朝鮮拉致問題にも通じるものがある。人道、人権などは口ばかり、政権のご都合主義で対応する姿勢である。 
 筆者が軍部筋から2011年に聞いたところでは、遺品の処分はしていないとのことだった。重要物件であるから軍規律上も結局トップの判断まで持ち上がるはずで、それがまだないからどこかに秘匿してあるに違いないという。歴代の駐ミャンマー日本大使は軍政寄りであり、国軍を刺激しないようにとへっぴり腰、あるいは軍将官を接待、日本へ招待し仲良くしていこうという姿勢ありありだった。自国民殺害の責任を毅然としてミャンマー軍政に問うよりもそのパイプを円滑に保つことを優先してきたのだ。事件のまともな調査報告すら提出させていないのではないだろうか。 
 
▽ミャンマー国軍との「独自パイプ」とは 
 日本政府は7年前から毎年国軍将官級の幹部を10名(団長格は中将、少将クラス)日本に招待し観光のほかに自衛隊基地、演習を見物させてきている。既に70名もの国軍幹部を招待し「親日派」づくりに躍起となっている。今回のクーデター首謀者ミンアウンフライン総司令官(上級大将)も2014年、2019年と二回防衛省の招待で来日、安倍総理、菅官房長官、茂木外相(いずれも当時)ら政権中枢との会見、会談を行ってきた。 
 その訪問時期はいずれもミャンマー総選挙の前年、つまりミャンマーが国の将来を決める政治的に重要で微妙なときである。外務省の発表によれば、日本側は「ミャンマーの民主化、法の支配強化、国民和解等に向けて日本は官民あげて協力したい」といい、総司令官は「国軍の国内平和と安定に関する取組みが効果をあげるよう日本からの援助が引き続き必要である」と応じた。 
 それでいて、ロヒンギャ「民族浄化作戦」(2016 〜17年)カチン族支配区への空爆 (2012 以降断続的に、2018年5月にも)を国軍は国際社会に挑戦するがごとく敢行した。日本政府筋は「ミンアウンフラインは穏健派、改革派」などという評価をしていたという。一体「独自パイプ」で何をどうみていたのだろう。 
 
 こうした経過をたどると、日本政府はミャンマーの民意がつかめておらず、2015年選挙でスーチー政権がうまれるとは予想していなかった。そして2020年総選挙でも軍部側があれほど惨敗するとは全く予想していなかった。更にクーデターも「全く想定外」だったということになる。ことごとく重要な政治動向の判断を誤ってきて一体どこに「独自パイプ」の価値があるのかはなはだ疑問である。 
 
▽ミャンマーは日本外交のモデルか 
 残念ながら日本のマスメディアはこうした事態のなかで全く監視役を怠っており、官邸とその取巻き連中が好き勝手にその政治的意図、経済利権確保のためミャンマーをつかっている図が国民には伝えられない。 
 ミャンマーを日本外交の「モデル」にしたいという構想は、単的にいえば ビルマ語の達者な丸山大使の任命(その任命の経過は異例の官邸人事といわれた)によるスーチー国家顧問、NLDとの直接コンタクトをふくむ政治交渉  笹川会長の日本財団が軍部、少数民族武装勢力の間のコーディネート  ODAを含む経済援助、経済関係強化、この三本柱で進めているということだろう。これが「独自パイプ」の骨格だが、今回のクーデターははからずもその虚構をも暴いてしまったと言えよう。国軍はなんら日本に「遠慮」もしていない。何をやっても日本は強く出てこない、とふんでいる訳だ。その限りにおいてミャンマー国軍は日本の「独自パイプ」を正しく見透かしているといってよい。 
 
 クーデター後当然のことながら連日全国的なデモがひろがり、ゼネストが敢行されている。国軍指揮下の治安部隊の弾圧はすさまじく非人道的にエスカレートしている。現時点でみれば、日本政府の言は強盗や殺人犯と被害者の両方とパイプがあるから「平和的解決に尽力」できると言っているのと大差ない。そのようなシナリオはまさに白昼夢にすぎない。 
 
▽日本政府の本音はどこに 
 日本政府の本音をうかがわせるものとして興味深いのは、笹川陽平日本財団会長(ミャンマー国民和解に関する日本政府特別代表)がクーデター翌日につづった所見である。同氏は昨年11月の総選挙の日本政府派遣の選挙監視団団長でもあり、ミンアウンフライン総司令官とも面会を重ねてきている。 
「誠に残念なことである。今後の事態の推移を見守る必要があるが、まずは拘束者の解放を優先すべきである。またアメリカをはじめ、各国が早急な経済制裁を実施しないことを願うばかりである。制裁が行われれば、中国の影響力が増大、日本のこれまでの外交方針の一つであるインド·太平洋の安全保障の重要拠点を失うことになりかねず、日本のこれまでの努力は水泡に帰することになる。アメリカがミャンマーの経済制裁に走れば、同盟国の日本は苦しい立場に追い込まれる。ここは何としてもアメリカを説得する日本の外交努力が喫緊の課題となってきた」 
 ここに至っても、クーデター後に出現するであろう8割の国民を対象とした血の弾圧への心配ではなく、日本の為政者の立場が苦しくなることへの憂慮が先にたつ。 
 
 国軍とスーチー政権両方にパイプを持つという点では、中国は日本の遥かに上をいっている。ミャンマーを中国寄りにさせないために「独自のパイプ」がある日本が役割を果たすというのは誰のためか。とどのつまり米中対立のなかでアメリカのお先棒を担ぐということであり、日本とミャンマーの両国民の利益なぞは度外視なのである。 


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