2021年03月21日19時45分掲載  無料記事
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アジア

クーデターで混乱長期化のミャンマー 都市部の物価高騰が貧困層直撃、不服従運動で輸出入が低迷、戸惑う進出企業

 クーデター後の混乱が長期化するミャンマーでは、治安部隊による民主化をもとめる市民の殺戮がとどまる気配が見られないなか、軍政当局はバンコク駐在日本人記者の一部に3月27日の建軍記念日の取材用ビザを発給したという。彼らは外国人ジャーナリストに何をアピールしたいのだろうか。経済関係の情報に目をとおすと、都市部を中心に物価が高騰して貧困層が打撃を受け、国軍に対する「市民不服従運動」(CDM)で輸出入が急減している。「アジア最後のフロンティア」に進出した外資はきびしい対応をせまられている。(永井浩) 
 
▽輸出入とも前年の6割減に 
 国連の世界食糧計画(WFP)は3月16日、2月1日のクーデター以降、国内の食品・燃料価格が上昇しており、貧困世帯の食品の購買が低下する恐れがあるとの認識を示した。WFPによると、最大都市ヤンゴンの一部の地域では、パーム油の価格が20%上昇。ヤンゴンや第二の都市マンダレーではコメの価格が2月末から4%値上がりしている。北部カチン州の一部の地域でも、コメの価格が最大35%上昇。西部ラカイン州でも食用油などが高騰している。燃料費は2月1日以降、全国で15%上昇しており、食料価格がさらに値上がりする恐れがあるという。 
 ロイター通信は、「食品・燃料価格の上昇に加えて、一部行員が職場放棄して民主化デモに参加しているため、銀行業界はほぼ麻痺状態で、送金が遅れ、幅広い地域で入手できる現金が限られている」というWFP幹部の話を伝えている。新型コロナウイルスの流行に加えて、こうした値上げがつづけば、最貧困層の食品の購買力が大幅に低下するおそれがあるという。 
 
 共同通信系のNNAは、不服従運動で貿易にブレーキがかかり、輸出入とも前年の6割減となったというリポートを3月17に配信した。 
 2月13〜26日の2週間で、輸出は4億3,000万米ドル(約468億円)で前年同期比55%減、輸入は3億2,000万米ドルで61%減と、ともに大きく落ち込んだ。製造業の稼働率低下や、税関をはじめとする官公庁の機能不全、金融機関の休業などで、貿易の停滞が深刻化している。輸出額と輸入額は年明け以降、増加傾向で推移していたが、クーデターのあった2月1日を境に暗転した。国営紙グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマーなどから、NNAがまとめた。 
 輸出入の急減は、CDMへの参加者が幅広い業種におよんでいることが最大の理由だ。港湾の船舶代理業務をおこなう船舶代理局の職員や、トラック運転手らが勤務を拒否。政情不安の高まりをうけて、ミャンマーへの寄港を敬遠する海運会社もあいつぎ、物流が滞った。3月12日付フロンティア紙によれば、国内の貿易量の7割を占めるとされるヤンゴンの港湾で貨物の滞留が深刻化している。貨物取扱業者やトラック業界関係者らは、「輸出量は平常時より9割減、輸入は8割減」と口をそろえる。 
 懸念されるのは、海外から輸入される必需品の不足だ。ロイター通信によれば、CDMで銀行が休業に追い込まれていることをうけ、海外の石油元売り業者が信用状での決済を渋るようになってきている。世界の燃料価格をまとめたサイト「グローバル・ぺトロール・プライシース」によれば、ミャンマーのガソリン価格は、クーデターから3月8日までに2割上昇。物価高騰の兆しが出てきた。大手コメ輸出業者のソートゥン氏はフロンティア紙に、「かりに燃料が不足するようになれば、産業機械や建機、交通機関が止まってしまう」と懸念をしめしている。 
 
▽「約束の地」暗転、戸惑うミャンマー進出企業 
 こうした事態に、「アジア最後のフロンティア」と期待してミャンマーに進出した外国企業は戸惑い、今後の対応を決めかねている、と3月9日のシンガポール発ロイターは報じている。 
 クーデターの発生直後、米飲料大手コカ・コーラや米交流サイト(SNS)のフェイスブックなど外資企業55社は共同声明を発表、事態に「深い懸念」を表明しながらも、同国にとどまり、各社で働く人びとの雇用を守ると約束した。それから1か月が経過し、この約束が本物かどうかが問われつつある。大規模は抗議行動やゼネストなどによって経済活動がほとんどまひし、治安部隊のデモ参加者の殺害に対して軍政に制裁をもとめる声が出てきたからだ。 
 こうしたなかで、共同声明に署名した企業から態度を変えるうごきが出てきた。オーストラリアの石油・天然ガス大手ウッドサイド・ペトロリアムは、暴力への懸念を理由に事業を縮小し、海底油田探査チームの引き上げ方針をしめした。スウェーデンのファストファッション大手H&Mも、輸送と製造の両面で混乱生じているとして、ミャンマーへの新規注文を停止した。 
 企業としては、共同声明での約束を守らないことは企業としての評判にかかわるため、先行き不透明感が増すなかで難しい選択をせまられている。米戦略国際問題研究所(CSIS)の東南アジア上席アソシエート、マレー・ヒーバート氏は「この状況が何か月もつづけば、おそらく全面撤退する企業は増えるだろう」と予測する。 
 
 撤退か事業継続かの難しい選択をせまられるなか、すべての外資は今後の対応策を講じたり、講じる工夫を考えたりしているが、とくに重圧が強まりそうなのが、最も古くから事業展開しているセクターのひとつであるエネルギー関連企業だろうという。 
 ミャンマーの人権状況を担当する国連のトム・アンドリュース特別報告官は3月はじめの報告書で、各国はミャンマー石油ガス公社(MOGE)に制裁を科すべきだと提言した。同公社は軍が支配し、その最大の収入源となっている。1992年以降ミャンマーで事業をおこなっているフランスの石油会社トタルと米石油会社シェブロンは、海底ガスの大規模開発でMOGEと提携している。シェブロンの広報担当者はあらゆる適切な法令と制裁を守ると述べた。トタルは制裁が視野に入っているのかとの質問にコメントを拒否した。 
 通信とインターネット企業もきびしい立場におかれている。通信サービスの一時的遮断や、人権を脅かすサイバーセキュリティ法改正に対応しなければならないからだ。ミャンマーで携帯電話事業免許を取得しているノルウェーのテレノールは3月8日、法改正が軍の権限を広げ、市民の自由を制限していると指摘し、健全な法体系を復活させるよう訴えた。フェイスブックは2月2日、ミャンマー軍が同社とインスタグラムのサービスを利用するのを停止している。 
 
▽誰のための事業か 
 ジョン・ゲッディとジョー・ブロック両記者によるこのロイター記事は、最後に「誰のための事業なのか」という問いを投げかけ、企業が現在のミャンマー情勢にどう対処すべきなのかをめぐる熱い論戦を紹介している。 
 ミャンマー専門家で2019年の国連調査団メンバーだったクリストファー・シドティ氏は、軍が政府を全面的に乗っ取った以上、すべての外資はミャンマー事業を取りやめる必要があると主張する。 
 一方、英国のNGO「ビルマ・キャンペーンUK」は西側のブランドに対して、提携相手は吟味しつつも、ミャンマーの労働者を見捨てないでほしいと要望した。同国でH&M、アディダス、ギャップ、Zaraといった欧米アパレル企業むけに製品を出荷する工場がかかえる雇用は50万人近くに上る。 
 コンサルタント会社コントロール・リスクズのディレクター、ジョン・ブレイ氏は、ミャンマー進出企業への圧力は軍との「共犯」度合に応じて差をつける必要があるとの考えをしめした。ミャンマー国民に報酬を支払っており経済発展を促がしている企業ならば、軍の弾圧に加担しているとは見なされないと説明した。 
 
 2016年にアウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)の文民政権が誕生したとき、ミャンマーの民主化と経済発展を「官民挙げて全面的に支援していく」と大見え切った日本の政府と経済界は、先行きの不透明感が増す現在の同国の混迷にどう対応しようとしているのだろうか。大多数のミャンマー国民が命をかけて守ろうとしている民主主義と人権、従業員の雇用、企業としてのリスクと社会的責任、国民から見放された非合法権力との「共犯」が経済発展に貢献できるのか、といった難しい問題がからみ合うなかで、最適な選択肢をめぐる熱い論戦が交わされているのかそうでないのか。 
 キリンホールディングスがクーデターの数日後に、人権重視の立場から、国軍系企業との提携を解消した以外には、進出日本企業がこれらの問題にどう向き合おうとしているのかは見えてこない。私の知る限り、どのメディアもそれを伝えてくれない。ロイターの2人の記者のような問題提起も見当たらない。 
 まずは、クーデター後初めてミャンマーに入国する日本人記者たちが、どのような報道をするのかを注目したい。 
 
(注)ロイター電は以下の日本語版サイトからの引用です 
焦点:「約束の地」がつまはじき国家に、戸惑うミャンマー進出企業 | ロイター (reuters.com) 


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