2021年07月04日20時59分掲載  無料記事
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検証・メディア

医療費を巡る不適切な対立構図で世論をミスリードするマスメディア  Bark at Illusions

 高齢者の医療費の窓口負担を1割から2割に増やす「医療制度改革関連法」が成立した。日本政府は「現役世代」の負担軽減のためだと言うが、労働者1人当たりの保険料負担額は月平均で33円しか軽減されず、負担が増える高齢者の受診控えなども予測できることなどから、100万人を超える反対署名が集まるなど、同法に対する反対の声は強かった。そんな中、政府・与党は強行採決したわけだが、今のところ、政権を揺るがすような大きな反発はない。社会保障の「世代間格差」を問題にし、社会保障制度を維持するためには高齢者にも「公平」に負担をしてもらう必要があるかのような印象を与えて世論をミスリードするマスメディアの報道が影響しているのだろうか。 
 
 例えば、NHKニュース7(21//6/4)は、今回の法成立の背景には「負担軽減を求める現役世代の声」があったと述べた後、後期高齢者医療制度の財源について、 
 
「患者の窓口負担を除いて財源の4割が、会社員らが加入する健康保険組合からの支援金で賄われています。高齢化の進展で年々支援金は増え続け、健康保険組合の財政を圧迫しているのです」 
 
と説明し、NHK政治部の坂井一照記者が、 
 
「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心という社会保障制度の構造を見直す第一歩と政府が位置づける今回の法改正。ただ今回の見直しによる現役世代の負担の軽減は限定的だと指摘されています。……持続可能な社会保障制度とするため、世代間でどのように負担を分かち合うか、不断の改革が求められます」 
 
と解説してニュースを終えている。 
 
 しかし、医療費の負担を巡る議論は、「現役世代」か高齢者かの二者択一ではない。 
 ニュース7は、後期高齢者医療制度の財源のうち窓口負担分を除いた財源の4割を「現役世代」が賄っていると説明しているが、残りの6割は、75歳以上の人が支払う保険料(約1割)と公費(約5割)で賄われている。「現役世代」の負担を軽減するなら、公費を増やすことによっても可能だ。特に国庫負担は、後期高齢者医療制度導入の際にそれまでの45%から35%に切り下げられた経緯がある。年金の削減や介護保険・サービス料の増額など、社会保障費の負担増で苦しめられてきた高齢者にさらなる負担を強いるのではなく、まずは国庫負担を元の45%に戻すべきではないか。その際の財源は、支払い能力のある大企業や富裕層の税負担増によって賄うべきだろう。 
 立教大学の芝田英昭教授(赤旗、19/12/20)は、社会保険制度に窓口負担があること自体を問題視し、次のように述べる。 
 
「そもそも受診抑制や財政削減を目的とした一部負担(窓口負担)は、社会保険にはあってはならないものです。……実際に先進諸外国では、近年医療の一部負担が軽減されたり、なくなっていく方向にあります。日本では逆にそれを増やそうと『応能負担』という言葉が持ち出されていますが、『応能負担』は、税や社会保険料での徹底こそ求められている、近代国家では当たり前の原則です。それを自公政権が税制で弱めてきたことが問題なのです」 
 
 また、当然のことではあるが、一般的に高齢になるほど医療機関を受診する割合が高くなる。「現役」を引退して収入が限られる中で重くのしかかる高齢者の医療費負担をどうするか。国家が運営する社会保険制度は、そうした社会的弱者を支援するためにあるのではないだろうか。今の「現役世代」も時が経てば高齢者になる。「現役世代」と高齢者を対立させ、「公平性」を論じるのは間違っている。 
 社会保障の「世代間格差」を問題にし、医療費負担を「現役世代」か高齢者かの二者択一で説明するマスメディアはニュース7に限ったことではない。 
 朝日新聞(社説、「75歳医療費 将来見据え改革加速を」、21/6/6)は、 
 
「一方、能力に応じた負担は税金や保険料でこそ、徹底すべきだという考え方もある。 
 医療にかかる費用は、だれがどんな形でどの程度負担するのが望ましいのか、幅広い観点から検討しなければならない」 
 
と述べていて、マスメディアの中では例外的に国庫負担を増やすという選択肢に言及してはいるが、その担い手が大企業や富裕層だと明言することは避けている。 
 
 マスメディアは自らが大企業であるだけでなく、他の大企業からの広告収入を財源としていることもあって、自分たちの負担の増大につながるようなことは言いたくないのだろう。だからと言って、視聴者からの受信料によって成り立っているNHKはどうかと言うと、こちらは政府の言うことが絶対だ。 
 現在の菅政権は、「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指して大企業への大減税を行う一方で社会保障費を大幅に削減した安倍前政権の政策を継承している。これまでの方針を改め、世代を問わず全ての人が安心して暮らせる社会保障制度を実現するためには、大企業ではなく一般庶民の利益を代表する政権が必要だが、まずは大企業や政府によって支配されている現在のマスメディアの構造的な改革が必要かもしれない。 


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