2021年08月17日13時43分掲載  無料記事
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国際

タリバンの復権 日本は「対テロ」で自衛隊が米軍を支援した事実を忘れてはならない

 アフガニスタンのタリバンが15日、首都カブールを制圧、政権を掌握した。2001年に米国のブッシュ政権による「対テロ」戦争で権力の座を追われてから、20年ぶりの復権である。この大ニュースは、日本とも無関係ではない。小泉政権はタリバン打倒をめざす米国をいち早く支持し、「国際貢献」と日米同盟の旗印のもと、アフガンを空爆する米軍を後方支援するために、海上自衛隊をインド洋に派兵した。戦後初めての「戦時」の外国領域への自衛隊派兵を突破口に、事実上の集団的自衛権行使の道が開かれ、日本は「平和国家」から、戦争のできる「普通の国」へと大きく変貌していった。(永井浩) 
 
▽中村哲医師「戦争加担に反対」 
 小泉政権が海上自衛隊をインド洋に派遣するテロ対策特別措置法案を国会に上程したとき、NGO「ペシャワール会」の現地代表で医師の中村哲は、法案審議に参考人に呼ばれて意見を述べた。彼はアフガンの現状を説明し、「空爆はテロと同レベルの報復行為。自衛隊派遣は有害無益」と同法案に反対した。 
 タリバン政権の誕生以前からアフガンの大地に足を据え、この国の実情をもっとも深く理解する日本人として、彼は同国が大干ばつに直面していることをしっている。「それに武力攻撃を加えるということは、アフガンの人びとにしてみれば、天災に人災が加わるということです。報復は、歴史に汚点を残す空前のホロコーストになる恐れがあります」。だから、「日本がしなければならないのは、難民を作り出す戦争への加担ではなく、新たな難民を作り出さないための努力」であり、「日本が大きな曲がり角にいるからこそ、国民の生命を守るという見地から、あらゆる殺りく行為への協力に反対します」とうったえた。 
 
 中村は、医師としてパキスタン、次いでアフガニスタンの診療所で貧しい人たちのための医療活動に取り組んでいた。だが人の命を救うためには、まず健康な身体づくりが先決ではないかと考えるようになった。そこではじめたのが、1979年のソ連の軍事介入以来長い戦乱で荒廃したアフガンの農業復興だった。現地の人びとと共に汗を流しながら、大河クナール川から引いた27キロにおよぶ用水路を完成させ、65万人に小麦畑や農場をよみがえらせた。 
 中村が自衛隊派兵に反対するのは、それだけが理由ではない。彼によれば、アフガニスタンの人びとは親日的である。その理由は、日露戦争での日本の勝利とヒロシマ、ナガサキの被爆にある。英国と同様にアフガン征服をねらうロシアは日露戦争での敗北で野望を放棄せざるをえなくなった。広島、長崎を原爆の実験場とした非道な米国への反発と、その犠牲となった日本への同情もある。タリバンを含めて対日感情はきわめていい。 
 そうした伝統的な親日感情が、ペシャワール会のさまざまな活動を支えてきてくれた。ところが、日本はいま、米国の空爆を支持し、自衛隊をインド洋上に派遣することによって、「つくらなくてもいい敵をつくろう」としている。アフガンの人びとから見れば、自分たちに爆弾を落とす米軍機はインド洋に浮かぶ自衛隊の艦艇から補給された油で動いている可能性がある。 
 
▽タリバンの実像 
 だが日本では、タリバンはイスラム原理主義によって自由と人権、とりわけ女性を抑圧し、異教を排除する「悪」のイメージが流布していた。また、米国で同年に起きた「9・11」同時多発テロの首謀者である国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディンを国内に匿っていることから、アフガンはテロの温床とされた。そのような政権を打倒する米国の対テロ戦争は「正義の戦争」とされた。メディアもそのような見方から、小泉政権の自衛隊による「国際貢献」を支持した。 
 中村はそうした日本の世論になにか作為的なものさえ感じ、自分がしるアフガンの姿を滞日中の講演などで日本の人びとに伝えようとした。 
 中村がみるタリバンの実像とは、「やや国粋的な田舎者の政権」である。なかには荒唐無稽な布令もあるが、昔から農村で守られてきた慣習法をそのまま採用した。欧米では女性の人権侵害の象徴と糾弾されるブルカ着用も、ほとんどの農村の一種の女性の外出着で、普通の女性はかならず着用している。また、欧米からみれば保守的な社会を底辺でしっかりと支えているのは、こうした女性たちだという。彼女たちは、アフガンの基本的な掟である復讐法にも忠実である。夫を殺された妻は、自分の子どもを復讐要員として使う。小さいときから、「あなたは仇をとるために生まれてきたんだ」と言い聞かせる。 
 ソ連軍が精鋭10万人をもってしても統制できなかった広大なアフガニスタンを、装備も貧弱なわずか1万5千人のタリバン兵がわずかな時間で90パーセントも統治下に置くことができたのは、彼らが伝統的なシステムを有効に活用できたからだ。「ジルガ(長老会)」という各地域の自治勢力が、積極的にタリバンを親分として受け入れ、治安を守ってくれるかぎりにおいて、タリバンによる統治を支持した。「見捨てられたアフガン民衆の安定と平和への願い」、それが「タリバン現象」を生んだといってよい、と中村はいう。しかし、「そういう情報をマスコミは伝えてこなかったために、タリバン=悪の権化という単純な情報操作に世界中の人たちが振り回されてしまったのです」 
 だが中村がこうしたアフガンの実像を伝えようとすると、日本では「おまえはタリバン派だ」とレッテルを貼られがちだという。しかし、中村から見れば、逆に欧米の視点のみによってゆがんだ情報が伝えられ、アフガニスタンについての正しい理解がなされていないことで、日本が誤った方向に進もうとしているのが気がかりである。 
 
 不幸にも日本は、中村の懸念が的中する方向へと突っ走っていく。 
 タリバン政権が打倒されると、米国は対テロ戦争のつぎの標的をイラクに定める。フセイン政権がアルカイダを支援し大量破壊兵器を保持しているとのフェイク情報を流して、米英軍は2003年にイラクに侵攻する。これに呼応して小泉政権は、イラク復興支援特別措置法を成立させ、「人道復興支援」の名のもとに陸上自衛隊がイラク南部のサマワに駐留し、航空自衛隊はクウェートからイラクへの陸自隊員や物資などの空輸の任にあたった。自衛隊の「戦地」派兵は、戦後日本の安全保障政策の重大変更を意味した。 
 自衛隊の海外派兵とともに、アフガンの対日感情に変化が見られるようになった。米軍のイラク攻撃への反対デモが起きたときには、日章旗が英米の国旗と並んで焼き捨てられた。このようなことは、親日感情の強いアフガニスタンでは以前は考えられなかった。米国への協力が話題になるたびに、中村はペシャワール会の車に描いていた日の丸を消していった。 
 米国のアフガン攻撃を日本が支持し、海上自衛隊をインド洋上に派遣したとき、エジプトで最も注目を集める若手イスラム法学者、ハーリド・アルジェンド師はこう述べている。「日本は自衛のための武力しか持たないのではないか。どうして自国が攻撃されたわけでもないのに、米軍を支援するのか。今回のテロ(9・11)で日本人も亡くなられているといっても、日本人が狙われたわけではない。武力行使を自衛に限る日本の姿勢はイスラム諸国から尊敬されてきた。しかし(アフガン攻撃の後方支援により)日本はイスラム教徒への攻撃に加担し、欧米とイスラムの仲介役の資格を失った」(2001年10月29日付毎日新聞) 
 2015年に安倍政権が安保法案を強行成立させると、アルジャジーラはじめアラブ世界のアラビア語メディアの多くは、「日本は第二次大戦後初めて海外の戦闘のために出兵を認める安保法案を可決」と報じた。 
 
▽新生アフガンには日本国憲法で貢献を 
 ヒマラヤ山脈をのぞむアフガンの大地から、「平和国家日本」の変貌を憂慮しながら、中村は現地報告にこう記した。「日本国憲法は世界に冠たるものである。それは昔ほど精彩を放ってはいないかも知れない。だが国民が真剣にこれを遵守しようとしたことがあったろうか。日本が人々から尊敬され、光明をもたらす東洋の国であることが私のひそかな理想でもあった。『平和こそわが国是』という誇りは私の支えでもあった」。「祖先と先輩たちが、血と汗を流し、幾多の試行錯誤を経て獲得した成果を『古くさい非現実的な精神主義』と嘲笑し、日本の魂を売り渡してはならない。戦争以上の努力を傾けて平和を守れ、と言いたかったのである」(『医者、用水路を拓く』) 
 中村医師はその精神を、米軍空爆下のアフガンの乾いた大地で、現地の人々と共に灌漑用水と農業をよみがえらせことで実践しつづけたが、不幸にして19年12月、武装勢力の凶弾に斃れた。 
 もし彼がいまも生きていたならば、タリバンの復権をどのように見るだろう。彼の声が聴けないのは残念だが、ひとつだけはっきりしていると思われることがある。それは、日本がふたたびアフガン情勢について同盟国米国の意向と視点に引きずられずに、いまこそ大国の思惑に翻弄されてきた人びとの悲劇を終わらせるために、政府だけでなく私たち日本人の一人ひとりに何ができるのか、しなければならないのかを自主的に考えることであろう。そして中村の遺志を継ぐための、私たちの武器となるのは、日本国憲法である。 
 タリバン新政権が今後どのような政策を打ち出していくのかは不明だが、彼らは米国のアフガン攻撃に日本が加担した事実を忘れてはいないはずだ。だが、武器ではなくシャベルでアフガン再建に貢献してくれる日本なら、歓迎しないわけはないだろう。 


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