2022年04月21日05時57分掲載  無料記事
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欧州

フランス大統領選 次の日曜日に決選投票 マクロンVSルペン 肉薄する極右勢力

  ふたを開けてみると、今年のフランス大統領選もマクロン候補(現職)対マリーヌ・ルペン候補(国民連合)の決選投票となって、2017年の再来です。しかし、世論調査を見ると、2017年の大統領選決選投票で66%対33%のダブルスコアで勝利できたマクロン氏にルペン候補が差を縮めてきています。マクロン51%対ルペン49%と僅差になっていると報じた記事も見ました。私が初めてフランスを訪れた20年前のシラク対父ルペンの決戦でシラクが約82%取り、ルペン候補が約18%だったことを考えれば、極右勢力がいかにこの20年間、コツコツコツコツ勢力を増やしてきたかが如実にわかります。フランスの大統領選挙はバロタージュと呼ばれるシステムで、1回目の投票で過半数を得る候補がいなければ、決選投票に持ち込まれます。フランス大統領は現在の憲法では任期5年で、2期までですので、マクロン大統領が再選されたとしても2027年の大統領選には登場できません。となると、今年もしマリーヌ・ルペン候補が敗れたとしても、2027年に再登板して勝利する可能性は高いです。 
 
  マリーヌ・ルペン氏の言動を見てきましたが、一番疑問に思うことは自分とその政党を第二次大戦時代のドゴール派に位置づけていることです。ノルマンディ上陸作戦で亡くなった兵士を追悼したり、ロンドン亡命政府を讃えたりといったことですが、こうした姿をしばしばSNSなどで発信しているのです。疑問に感じる由縁は、国民連合はイデオロギー的には、むしろヴィシー政権に近いのではないかと思われるからです。国民連合の前身である国民戦線を創設した父親のジャン=マリ・ルペン氏は<ホロコーストに用いられたガス室は歴史の些細な出来事だ>と語ったことがあり、その発言で処罰も受けていますが、娘のマリーヌ・ルペン氏も、たとえ父親の発言を戒めて言動をソフト化し、党のイメージを「非悪魔化」してきたと言っても、過去にはナチ支配下のパリでのフランス警察の協力によるユダヤ人狩りに対して<フランス国家の責任はない>と語っています(注1)。 
 
 しかし、この感覚、この意識はルペン党首だけのものではないように感じます。多分、多くのフランス人が今日においてもパリを解放した連合軍側に自分を感じているのだろうと思われるのです。そのことが何を意味するかと言えば、反省するのはナチスであり、他者であって、自分には責任はないのだ、自分たちは被害者なのだという意識です。これが私は2015年に起きたイスラミストによるテロ事件で一層、強まったのではないか、と思います。 
 
  フランスは1940年5月にナチス・ドイツ軍に攻め込まれ、敗戦後の講和条約で、国土が北部のナチス直轄統治地域と南部のヴィシー政権統括地域(自由地域と呼ばれた)に分割されました。この時、ドゴール将軍らのレジスタンス派のリーダーたちはロンドンで亡命政権を樹立しますが、本国では第一次大戦時代の英雄フィリップ・ペタン元帥が率いるヴィシー政権が樹立されていました。ヴィシー政権は「国民革命」という右翼的なイデオロギーでフランスを作り替えようとしていました。さらに、このヴィシー政権はナチスと協力関係にあり、ユダヤ人を迫害する法律(ユダヤ人規定に関する1940年10月3日に採択された法律)も制定していました。これはユダヤ人を報道機関から追放したり、学校から追放したりと言ったユダヤ人をフランス社会から排除した一連の法律です。一連の事態はドイツに対する敗北という状況だったとは言え、フランスの政府がユダヤ人狩りも自らやっていたことになります。そして、フランスの中にはアクションフランセーズなどの王政復古を掲げる極右的な勢力が存在していて、そうした勢力がヴィシー政権の「国民革命」に参加していました。 
 
  フランス人の多くが戦後、このヴィシー政権の歴史を避け、自分たちはドゴール将軍のレジスタンス側、すなわち自由と民主主義の側で戦い続けたという風にアイデンティファイしていたと歴史学者たちから指摘されています。このことが、本質的にナショナリストの集団で、レイシスト的なヴィシー政権の歴史、すなわちフランスのある意味で本当の歴史を反省することから、フランス人を遠ざけてきたと言われています。確かにヴィシー政権の中にも積極的に対独協力した人もいれば、やむなく協力させられた人もいたでしょうが、ナチスドイツと手を結んでいた事実は直視するべきです。英国が最後までナチスに一切妥協せず、空爆されながらも戦っていたのとは逆なのです。 
 
  過去にはジャック・シラク大統領時代に過去の過ちに対する反省を国家として行ってもいますが、民衆のレベルでそれが実現されたとは言えないように思われます。というのは、やはり今の移民やムスリムの人々への眼差しや言動の中に、過去を彷彿とさせる面があるからです。その意味で、マリーヌ・ルペン候補はヴィシー政権の側に立っていたことを直視するべきですし、その支持者もそれを認識するべきでしょう。 
 
  そういう意味ではドイツ人、フランス人、日本人と第二次大戦中のファシズム体制への反省を見た時に、日本人もドイツ人と比べれば健忘症だと言われますが、フランス人も健忘症にかかっていると思われます。 
 
 
注1<Marine Le Pen sparks outrage over Holocaus comments> CNN 2017 
https://edition.cnn.com/2017/04/10/europe/france-marine-le-pen-holocaust/index.html 
<"I don't think France is responsible for the Vel d'Hiv," Le Pen told French broadcaster LCI on Sunday, arguing that the Nazi-collaborationist Vichy regime "was not France." 
"I think that generally speaking if there are people responsible, it's those who were in power at the time. It's not France," she added.> 
 
上の記事は2017年の大統領選の頃に報じられたマリーヌ・ルペン候補の発言。パリで13000人のユダヤ人狩りが行われたことに対して、フランスは責任はないと語った。さらに、戦時中の対独協力者はフランスとは関係ない、とも語っている。ここにルペン氏の基本的な認識が記されている。こうした歴史認識の政治家が大統領選の決選投票に連続で残ってくる、ということはフランス人の歴史認識の問題と言っても過言ではないだろう。 
 
 
■パトリック・モディアノ著「ドラ・ブリュデール」(邦訳タイトル「1941年。パリの尋ね人」) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201602180848024 


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