2022年05月02日19時28分掲載  無料記事
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戦前へのUターンを成功させてはいけない――民主主義の危機 『教育と愛国』 笠原眞弓

 タイトル字幕が出る前、1945年にアメリカの日本研究映像が流れた。戦前の小学校の教室の映像に、解説がかぶさる。あゝ、よく研究していると思うと同時に、足元が震えるほどの恐怖を感じた。これって、今の日本の事?と。下記に要約する。 
 
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汝の敵 日本を知れ 
軍部が日本人を掌握できたのは、教育水準が高いから。心を育てるより、政府が選んだ事や認めた思想のみを教える。教育の目的は、同じように考える子どもの大量生産で、天皇の忠臣にするために必要な知識と技術を短時間に教えること。子どもたちは、スポンジのように吸収し、その通り実行する。教師は政府によって養成され、天皇に忠実な者だけが教壇に立つ。 
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 こうして始まったこの映画は、戦後の沸き立つような民主主義の機運をまるで戦前と瓜二つの教育方針に変えていく過程を再現していくようだった。天皇を現保守政権に言い換えれば、いま政府が目指しているものは、戦前と寸分違わないとさえ思えた。 
 
 君が代不起立処分や、教育現場でおこなわれている理不尽な弾圧など、教科書改訂のたびに関心を寄せてきた人にとっては、さして新しいことではないかもしれないが、こうして通して見ると、リアルに現状の怖さが伝わってくる。 
 MBS(毎日放送)で教育現場20年の斉加尚代ディレクターが放送してきたその厚みの上に立って制作されたと聞けば、内容の重みはうなずける。 
 
 タイトルロゴの後には教科書検定の問題が取り上げられる。特に歴史教科書は、厳しかった。東京都23区全域で採択されていた教科書会社の最大手、日本書籍が2001年検定をきっかけにして倒産する。加害の歴史を伝え、歴史を正しく評価できるようにしたいという執筆者の思いは、政府にとって不都合で、従軍、強制などの言葉の削除を求められ、その後の採用が急落したとの担当編集者の力ない言葉が痛々しい。 
 
 この「書いてはいけない」の兆しは、1996年に「新しい歴史教科書をつくる会」が発足したころから徐々に表面化していく。教育基本法を2006年に第1次安倍内閣が変え、伝統と文化、愛国心、郷土愛を加える。さらに第2次安倍内閣になると検定基準に「法律に従って…」という言葉を加えるという“見直し”があり、2014年の検定から、閣議決定など政府の統一見解があるものは、それらに基づいた記述が求められるようになった。 
 
 一方現場の教師を中心に「疑問を持つ」「考えさせる」という、教育本来の姿に立ち返ろうとした教科書が編纂され「学び舎」から出版された。ところがそれを採用した学校に、200枚を超える抗議ハガキが届く。匿名が多いが、中には現職市長や森友事件を起こした人も含まれていた。彼らは、はじめは覚えがないと言っていたが、実物を前に当時彼らが参加していた日本会議の方針に従って、読んでもいない教科書採用を批判して出したという。市長はそれを機に、全国の首長に呼び掛けて、保守志向の強い教育問題の会を主宰している。 
 
 最も驚いたのは2021年4月の事だ。国会での維新議員からの質問で「従軍慰安婦」「強制連行」がやり玉にあがり、閣議決定で記述の訂正が指示された。これは2014年の教科書の記述は政府の見解に基づくと決めた検定基準の見直しが、威力を発揮したのだ。日程的に、 たった1か月ですべての教科書が書き換えられた。ただし、記述はそのままに、注釈などで、そのことを生徒に考えさせるように変えたものも数社あったと知り、教科書を編纂する人々の矜持を感じてホッとした。だが、それがいつまで通用するのか。 
 
 映画は教科書を離れ、ジェンダー研究の研究費カットや学術会議の指名拒否にまで広がり、現在日本で起こっている民主主義を破壊していく政府の方向があらわにされていく。 
 
5月13日よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋他 
5月14日より大阪・第七藝術劇場 他全国順次 
 
写真:(c)2022映画「教育と愛国」製作委員会 


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