2022年08月04日17時21分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマーのクーデター、中国は察知、日本の「独自パイプ」は「ありえない」 宇崎真

 ミャンマー国軍がクーデターを起こした21年2月1日前後に、日本政府の三本の「独自パイプ」が有効に作動したのかどうかをみてみよう。ます言えることはその三本とも正確な情勢分析をしていなかった、あるいは出来なかったことは明白である。 
 
▽日本政府には国軍の希望的観測のみ伝達 
 2015年にミャンマー史上初の公正な総選挙でアウンサンスーチーの国民民主連合(NLD)が圧倒的支持を得て政権についた。それからまた5年後の2020年11月8日の総選挙においてもNLDは前回を上回る国民の支持を獲得した。その総選挙を現地で丸山大使と日本財団笹川会長は間近に観察、監視していた。笹川氏は「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」(任期無期限)であり「日本政府の総選挙監視団団長」でもあった。投票不正行為、特に二重投票を防ぐ目的で日本政府は投票人の指につける「一週間は消えないインク」も提供した。監視活動を終えた笹川団長は「選挙は非常に公正に行われ、国軍も結果を受け入れている」と語った。 
 選挙を二日後に控えた11月6日、笹川会長はミンアウンフライン総司令官と会談していた。その模様は国軍カメラマンによって収録されている。その収録映像、音声によると、総司令官は「我々が多数となり政権交替が実現した場合には日本政府は直ちに認めてくれるのか」と尋ね、笹川会長は「勿論だ」と答えた(国軍幹部証言)。国軍は「選挙人名簿、投票箱、投票用紙に不正不備がある。その全責任をNLD政府は負わなければならない」と言いながら、「3割程度の議席は確保できるのではないか」と読んでいたとみられる。国軍指名の議員枠25%と併せて過半数となり、ミンアウン フライン総司令官自身が大統領に選出される、との希望的観測を抱いていたのである。こういった国軍の読みは当然笹川会長を通じ、あるいは日本ミャンマー協会の渡邉会長というパイプを通じ丸山大使から日本政府にも伝わっていたのは間違いないだろう。 
 選挙翌日の午前には丸山大使を通じ、アウンサンスーチー国家最高顧問から笹川会長に会談の用意あるとの意向が伝えられ、首都ネピドーのアウンサンスーチー氏の自宅で10日に会談がセットされた。その会談の内容は広くメディア、SNS等で伝えられ、国家顧問室のFBは次のように発表した。「笹川会長は、自由で公正、安全な選挙が成功裏におこなわれ、NLDが国民の圧倒的な支持で勝利したことに祝意を表したい、日本政府としてミャンマー国民の生活向上、和平実現のためにあらゆる角度から支援したいと表明した」。その発表の一部に誇張があると笹川会長はのべているが、それがどの部分かは公にしていない。なおこの席には国家最高顧問府の大臣と丸山大使も同席している。 
 翌11日、選挙管理委員会は開票結果を発表。NLDが連邦議会下院で315議席中258議席、上院161議席中138議席を獲得し国軍側の連邦団結発展党(USDP)はそれぞれ26議席、7議席にとどまった。シャン民族民主党15議席、ラカイン民族党8議席、その他計24議席となった。あまりの惨敗に国軍はしばらく表立った動きを控える。退役将軍(複数)によると、国軍内部、退役実力者、親軍の財閥への対策に大わらわだったのだ。 
 その時期に民主政権誕生後の5年間にNLDに批判的になった少数民族政党が不満の声を上げ始めた。また治安上の問題を理由に選挙を実施しなかったラカイン州地域の補欠選挙を アラカン民族党が要求し国軍が同調する動きが表面化したが、それ以上大きな問題とはならなかった。 
 国軍側の「選挙に不正があった」とする声が組織的に強調されるのは翌年1月に入ってからである。国軍支持政党(複数)が最高裁に「選挙不正」を申し立て、「国軍もこのケースを注目している」と敢えて発言する。 
 
▽事態にそなえた中国タンカーの動き 
 その後である。中国の王毅外相が外国高官として選挙後初めてミャンマー公式訪問をした。 
 1月11日、王毅外相は午前にアウンサンスーチー国家最高顧問と会談、 少数民族との協議促進  中国の「一帯一路」案件の推進を要望し、新型コロナ関連の援助を申し出た。「一帯一路」の案件はチャオピュー深海港増設、中緬経済回廊、鉄道建設、ガス石油パイプライン増設、経済特区、国境貿易拡大、ヤンゴン新プロジェクトと非常に多岐にわたっていた。 
 次いで12日、王毅外相はミンアウンフライン総司令官と会談をおこなった。その内容は「和平に関して話し合った」とだけ発表された。この会談を目撃した高官は極めて興味深い光景を伝えてくれた。会談のなかで「選挙不正」について総司令官は説明したが、会談終了後単身で王毅外相を追いかけ二人だけの「非公式会談」をおこない「深刻な選挙不正があった」と強調した。そのときの様子をみて中国側は「クーデターの可能性」を検討し出したようだ。 
 筆者の経験からミャンマー国軍がこのとき「クーデター実行」を伝えたとは思わない。国軍はある意味頑固な民族主義でかたまっており、事前に重大決断を他国に予告することはしない。だから中国は独自にかれらの豊富な「パイプ」の情報を分析し「クーデターあり得る」と判断したのではないか。その傍証として、ミャンマーラカイン州マデ島の中国天然ガス石油パイプラインの稼働データをあげたい。 
 このパイプラインは2017年4月アウンサンスーチー国家最高顧問が習近平国家主席に「一帯一路」への協力を表明して本格的に稼働を開始する。中国の国際戦略の要の位置づけがなされ習近平体制の威信がかかっているプロジェクトでもある。現在まで5年4か月におよそ6千万トンの原油を輸送した。月3─ 4隻の巨大タンカーが中東、アフリカからマラッカ海峡を通らずにチャオピュー深海港に規則的に入港した。だが2020年11月の総選挙時期から翌年2月のクーデター時期にかけては明らかに入港を見合わせたり大幅にパイプライン稼働水準を低下させた。王毅外相訪問に合わせて2021年1月8日と11日に入港したもののそれ以降ひと月近くにわたって入港していない。中国が慎重な注視、警戒態勢をとったとみるのが自然だろう。 
 しかもクーデター前の最後の入港とクーデター後の最初の入港が同一タンカーであり、調べてみるとこのタンカー(Yuan Yang Hu号)はかつてイランの核疑惑で欧米が経済制裁をやりそれを緩和しつつあったときに最初に給油に向かった巨大タンカーであった。こうしてみると、偶然ではなく危機対策の装備、乗員を伴った巨大タンカーであったのではないかと推測できる。 
 中国とビルマ、ミャンマーとの関係は長く深い。その入手できる情報の質量は日本の比ではない。笹川会長と丸山大使は「クーデターはありえない」と踏み、渡邉会長は「憲法に則った政権移動でありクーデターではない」とみた。その経過と問題点を実例をあげながらみていくことにする。  (つづく) 


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