2022年08月20日07時46分掲載  無料記事
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タル・ブリュットマン&クリストフ・タリコヌ著「ショアの100話」〜ショア研究の最前線〜

  今年白水社から刊行された「ショアの100話」(タル・ブリュットマン&クリストフ・タリコヌ著)は、ショア=ナチスによるユダヤ人虐殺に関する事実と研究のキャッチアップができる本で、しかもテーマにあわせて簡潔に記されているので、どこから読んでもいい形になっています。これを読んで、まだまだ知らない事実がたくさんあるんだなあ、と感じました。 
 
 たとえば、アウシュビッツ強制収容所のシンボリックなユダヤ人の被収容者に対する焼き鏝の数字ですが、本書によると、最初にあれが使用されたのはソ連兵の捕虜たちだったそうです。ナチスのソ連侵攻で捕虜にされたロシア兵たちは、ポーランドのビルケナウ(アウシュビッツの近くのもう1つの強制収容所)の建設に強制的に従事させられ、ほとんど過酷な労働で殺されてしまうのですが、死体から衣服をはぎ取ってしまうと、識別がつかなくなってしまった。この問題を解消するために、焼き鏝をロシア人に押し始めたのが最初だったそうです。焼き鏝と書いてしまいましたが、これは「刺青」という見出しのところに書かれています。 
 
  そのほか、どのような経緯でユダヤ人の虐殺が進められたのか、死者数は何人が正確だったのか、など最新のデータを盛り込んでいるものです。子供だけでも約150万人がショアの犠牲になったとされます(「子供たち」)原書がフランスで出版されたのは2018年で、前年の2017年は極右政党の党首が大統領選の決選投票に進出する、という年でした。 
 
  マリーヌ・ルペンの父親、ジャン=マリ・ルペンはショア(ホロコースト)は「歴史のデテールに過ぎない」と述べた政治家でした。2016年の以下のガーディアン紙の記事では、ジャン=マリ・ルペンはナチスに協力したヴィシー政権のペタン元帥を擁護したとされます。 
https://www.theguardian.com/world/2016/apr/06/jean-marie-le-pen-fined-again-dismissing-holocaust-detail 
  娘のマリーヌ・ルペンは、国民戦線を国民連合に名前を改め、反ユダヤ主義的な言説を慎むなど「非悪魔化」を進め、父ルペン時代の強面の政党イメージからソフトなイメージに転換を図り、かなり成功しています。しかし、国民連合の支持者たちは、そして党の幹部たちはどのような歴史観を持っているのでしょうか。その本質は常にウォッチされる必要があるでしょう。選挙対策でソフトに見せているだけかもしれないのです。 
 
  おそらくフランスでも日本と同様に、サバイバーたち、戦争経験者たち、加害者たちが死んでいく中で、歴史の忘却が進んでいるのではないかと想像されます。そういう意味では、歴史の事実が何だったかをわかりやすく伝える作業は今日も続けていかないといけないはずです。むしろ、今こそ過去以上に伝えなくてはならない、ということでしょう。歴史学は残された資料を基に、これからも研究が進んでいくのだ、ということを理解する必要があります。そう思ったとき、本書はよいきっかけになる一冊だと思います。 


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