2022年11月05日13時02分掲載  無料記事
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アジア

政治家・政党とジャーナリズム 絶対権力を作り出さないために その5   ネット言論のプチ絶対権力者たち

  インターネットの時代は誰でも活字で公的な場に自分の言葉を投じることができるようになりました。かつてであれば、活字で言論活動ができるのは特権的な地位のエリートだけで、私的に言論活動をやろうと思ったら多くの場合はいわゆるガリ版という形で少数の同人の間で回覧されるだけでした。しかし、1990年代に状況は劇的に変わりました。 
 
  日本の政治権力を絶対権力化という言葉で表すときに、昭和時代から政権交代が実質ゼロの一党独裁的な政治だったのですが、私はここでは特に第二次安倍政権以後に焦点を当てています。そして、第二次安倍政権が立ち上がる直前の短命に終わった民主党政権時代に、いわゆるネトウヨが嫌韓発言を大量にネットの世界に拡散していたことは多くの方の記憶にあると思います。彼らの多くは政権交代して第二次安倍政権が生まれたことを喜んでいたはずです。皮肉にも、第二次安倍政権は旧統一教会に支えられていた親韓的な政権だったことが明らかになってきました。親韓的と言っても、韓国一般に対してではなく、極右的カルト教団に親しかったという意味ですが。 
 
  インターネット言論の場は、かつての総合誌などの活字媒体と違って、多くの場合、編集者のチェックの効かない、言いっぱなしの場と化していきました。チェックを受けない、という意味では言論における絶対権力の一形態です。そして、しばしばそこでは匿名、偽名が使われ、どんな言葉を放っても、裁判に訴えられることがなければ、仕事や生活の場に影響が来ないようになっています。これをプチ絶対権力を読んだ場合、この言論権力の行使は右派に限らず左派においても同様です。 
 
  第二次安倍政権は国会軽視であり、野党議員の質問にきちんと答えることがなく、自分が言いたいことを放つことが多かった反民主的政権でしたが、その心性はネット時代の言論界とどこか似ています。質疑応答のルールや規範を最高の権力を持つ閣僚が逸脱している世界です。自己抑制が働かない、誰からもチェックを受けない、という意味では、「他者」を介さない言論世界が日本を覆ってしまったかのようです。権力分立は、「他者」を政治の場に介する制度であり、他者にぶつかってこそ、絶対権力化を防ぐことができ、妥協と反省の場を得ることができるという知恵に根差しています。しかし、そうした制度が言論という意味において国会言論からネット言論まで大きく崩れ、活字メディアは衰退の一途です。他者を否定したり、黙殺したりすることが権力者にとっての麻薬的な全能感の根拠です。 
 
  一方、衰亡するマスメディアもまた、本来のジャーナリズムが薄くなる分、無名な人々や弱い人々を黙殺する「黙殺力」だけが残されつつあります。首相との会食問題や、数紙が一斉に同じ見出しを出しても平気なことなどもその一端です。この黙殺力の根拠は、未だに部数が数百万ある、というマスを意味づける数に基づいています。しかし、そうした数を背景にしたマスメディアも「他者」を見失ってしまったのです。識者を入れた紙面審議も肝心なところに切り込んでいるのでしょうか。私はそんなことより、記者や社員同士で自社の新聞についてしっかり論じることの方が大切だと考えます。マスメディアは第四の権力であるだけに、権力が野放しにされれば絶対権力となって腐敗します。そして、それはおそらくは政党と同様に、まずは社内での言論が統制されることが原点にあるはずです。 
 
  こうした中で私が極めて興味深く思うのは、医師の香山リカ氏のツイッターです。彼女はほとんど毎日のようにネトウヨに絡まれています。絡まれていながら、たくさん反論をしたり、答えたりしています。腹が立つこともあるだろう、と思うのですが、可能な限り真摯な言葉で返信しています。これは彼女が精神分析医であることが基盤にあるのだろうと理解しています。自己抑制が働かず、公的な場で一方的に他者(個人)をけなす言葉を浴びせるという行動にはどこかに精神状態の悪化が潜んでいるのではないでしょうか。もちろん、政治家を批判することはあるでしょうが、その際にも一定の規範は必要でしょう。おそらくネット言論界で生まれる全能感は、日常世界における被害者意識、あるいは被害者的な心性と二重になっており、その乖離と自己欺瞞に手が届く言葉と行動を持つ人が今、求められていると思います。そして、政治もそこに手が届く必要があるのだと思います。 


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