2023年01月30日11時31分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(7) 弾圧への恐怖に抗してデモへ 西方浩実

弾圧予告とも言えるアナウンスが出た翌日2月9日。デモは、おさまらなかった。午前10時、今日も同僚から「デモに行ってくる」とメッセージが届く。引き止めたいけど、引き止めたくない。だって軍に対抗するには、それ以外に、もう方法がないじゃない。 
 
「OK、無事に帰ってきて」と返信し終えたあと、自分が息を止めていたことに気づく。自宅で椅子に座っているだけなのに、ものすごい緊張感で押しつぶされそうだ。Facebookや地元メディアのライブ配信を見る。まだ何も起きていない、まだ大丈夫だ、そう確認しながらも、マウスを握る手が汗で滑る。 
 
大通りから少し離れた私のアパートに聞こえてくる、歓声や歌声。今日もデモは、非暴力だ。「軍政はいらない、私たちが選んだのはNLDだ!」「スーチーさんを返せ、民主主義を返せ!」 
 
昨日までは、歓声や歌声が聞こえてくると「がんばれー!」と無邪気に応援していた。でも、今はただひたすら「お願い、みんな無事でいて」と祈っている。祈ることしかできない。苦しい。 
 
午後1時頃、やはりデモは弾圧され始めた。首都ネピトー、そして古都バゴーで。デモ隊にむけられた放水銃は、人が吹き飛ばされるほどの水圧だ。水には催涙物質が含まれている、という情報もある。何の罪のない国民たちが、むしろクーデターの被害者である人々が、「政府」から一方的に暴力を振るわれる。この事実に、こうなることを予想していたにも関わらず、私は全身がずっしりと重くなるようなショックを受けた。 
 
▽ネピドーで少女が撃たれた! 
そしてついにネピドーで、少女が撃たれた。 
直後からFacebook上には、写真や動画が次々とアップされ始めた。少女が音もなくパタッと倒れる動画。血のついたヘルメット。少女のものとされるレントゲン写真。メディア各社は、どこよりも早く情報をつかもうと躍起になる。実弾か、ゴム弾か。死亡か、重症か。正直言って、どっちであろうともうどうでもよかった。無抵抗の民衆を、警官が銃で撃った。それだけでもう十分すぎるほど、重い。 
 
次はヤンゴンで銃声が聞こえるんじゃないか・・・。デモの群衆の中には、私の友人や同僚もいる。次々に彼らの顔が浮かぶ。みんなどこにいる?安全な場所にいる?緊張のあまり、吐き気すら覚える。 
 
夜には、引き金を引いた警察官が特定された。「MURDER(殺人者)」と書かれたフレームがつけられた写真がFacebook上で拡散される。警察官の個人情報や家族も特定され「こいつだ」と示される。拡散される憎悪。嫌な流れになってきたな、と思う反面、そんなの自業自得だ、とも思う。 
 
デモに参加している人々は、悪いことなど何一つしていない。国の秩序を乱したのは国民ではなく、クーデターを起こした軍に他ならない。人々は、突然奪われた権利や自由を「返してくれ」と、当たり前の要求をしているのだ。でも軍は自分の権力を守るために、人を脅して、傷つけて。こんなやり方で支配するんだ。悔しくて、悲しくて、腹が立って、どうしようもない。 
 
ミャンマーの人たちは優しい。この国で暮らした日本人は、誰もがそう言う。アウンサンスーチー氏の教えに従い、非暴力を貫いている人たち。週末から盛り上がるデモの中でも、絶対に武力は使わないようにしようと、はやる気持ちをなだめあっていた人たち。今起きているこの出来事の、どうしようもないやりきれなさを、どんな言葉を使えば、わかってもらえるだろうか。 
 
▽ 囚人が街に放たれる 
軍は、見えないところでもぬるりと動いている。 
彼らが動き出すのは、夜8時以降。戒厳令(夜8時〜朝4時までの外出禁止)の時刻、無人になった街で、闇に紛れて動き出す。 
 
2月9日の夜9時半頃、軍は国民民主連盟(NLD)党本部に侵入し、書類などを押収した。ここから微々たる法律違反を探すのだろう。彼らが目指すのはおそらく、アウンサンスーチー氏への有罪判決、そして、彼女が率いるNLDの解党だ。国民の9割近くが支持するNLDがいなくなれば、次の選挙では軍の息のかかった政党が返り咲く、と彼らは信じているのだろう。 
 
2月11日には、刑務所に入っていた2万3000人もの囚人が「恩赦」をうけた。これで刑務所には、新たに2万3000人の逮捕者を受け入れる準備が整った。さらにありえないことに、恩赦を受けた囚人たちは、薬物を打たれて街に放たれ、各地で放火や家宅侵入などを起こしているという。 
 
Facebookにアップされた動画の中では、住民らに取り押さえられ、刃物を取り上げたれた元囚人が、虚ろな目で何かを話している。確かに、薬物を盛られているようにも見える。貯水タンクに毒を入れようとした少年もいたらしい。動画のコメント欄には「軍の挑発だ。その手には乗るな」とか「暴力を振るっちゃいけない」などの言葉が並ぶ。 
 
法治国家日本で育った私は当初、いやいや、さすがに軍もそこまではしないのでは、と言いたくなったが、実は全く同じことが、今までの軍事政権時代にも繰り返されてきた。例えば1988年にはこんなことがあったと記録されている。 
 
 整然としたデモが行われる一方で、刑務所から8000人以上が釈放 
 された。人々は、各地区ごとに自警団を組織し、竹柵をめぐらし 
 て 見張りを置いた。政府から送り込まれた「破壊分子」は、デ 
 モ隊のために路上に置かれた水がめに毒を入れたり民間の住宅地 
 に放火しようとした。ヤンゴンでは、こうした「破壊分子」のう 
 ち50名ほどが市民のリンチや処刑によって、命を奪われた。そう 
 した行為に対して、軍は治安維持のため、武力での支配を正当化 
 した。(注1) 
 
さらにあり得ないことに、軍は理由なし・令状なしの家宅捜索や拘束を合法化 (注2) した。毎晩、全国の街や村で、CDMに加わった公務員や抗議運動のリーダーらが、一人ずつ拘束されていく。少しずつ、確実に、削がれていく抗議運動の戦力。 
 
2月14日、夜9時半頃には、自宅のすぐ外で激しく鍋を叩く音がした。いつもの抵抗運動ではない。警察や不審者がやって来たことを知らせる、警告音だ。ぎゅっと心臓が掴まれる。 
 
音を聞いた周囲の住民らは戒厳令を破り、パイプや竹の棒を手に路上に飛び出して、音のした方向に向かって集団で走り出す。仲間が連行されないように、守りに行くのだ。軍や警察が手を出せないように、人間のバリケードをつくるのだ。 
 
友人や同僚から、次々にメールが届く。「今、うちの前でも始まった」「絶対に外には出るな」。こわい。こんなのが毎晩続いたら、みんな滅入ってしまう。 
 
いつも眠りの深い私も、最近は何か物音がするたびに目を覚ましている。その度に窓の外を確認し、スマホの画面を確認して、あぁ今は何も起きていない、まだネットも繋がっている、と胸をなでおろす。再びウトウトして、また目がさめる。いやに喉が渇く。緊張しているんだろうな、と思う。 
 
深夜1時からは、インターネットが遮断されている。朝9時になると、ほとんどピッタリ時刻通りに回復する。軍は「国民が夜更かしをせずに健康でいられるように」と国営放送で説明したようだが、まさか軍が突然親切に市民の健康を気遣ってくれるはずはない。とはいえ、朝9時にネットが繋がってから、SNSを巡回してみても、何か特別なことが起きたわけでもなさそうで、言いようのない気持ち悪さだけが残る。 
 
市民たちは、インターネット上に大規模な検閲システムを導入しているのではないか、と憶測する。というのも、15日からはサイバーセキュリティ法なるものが施行されるというのだ。これによって、軍がすべてのインターネット上の情報を、合法的に監視し、管理できるようになるという。映画かよ。 
 
さらに、中国から連日、何かが大量に空輸されている。閉鎖されているはずのヤンゴン国際空港に、中国の昆明から1日何便もの飛行機が着陸していることが、フライトレーダーで確認されたのだ。中国が軍事クーデターに関与していると疑う市民たちは、兵士や武器、そしてネット検閲に長けたIT技術者を送り込んでいると信じている。 
一方、中国大使館は「空輸したのはシーフードです」と説明した。(翌日、中国大使館前で行われた抗議活動には「シーフードを持って帰れ」という横断幕が張られ、中国大使館はしばらく「海鮮市場」と呼ばれた。またプラカードには、「中国とロシアが密かに軍政を支援していることを、世界は知らなければならない」と英語で書かれている) 
 
水面下でじわじわと、独裁体制の網の目が張られていく。こういう薄気味の悪さは、ちょっと感じたことがない。今「政府」を自称する軍にとって、国民は守るべき対象ではなく、手錠をかける相手だ。監視し、支配し、服従させる相手だ。「政府は、国民の生活を守るためにある!」とピュアに信じていた私は、頭の中がお花畑だったんだな、と自嘲する。 
 
<注> 
1 永井浩ほか『アウンサンスーチー政権のミャンマー』より筆者要約。 
2 正確には『市民のプライバシーおよび安全を保護する法律』の一部を停止した(2月13日)。停止されたのは、7条「何人も、法律に基づく場合を除き、裁判所の許可なしに24時間を超えて身体を拘束されない」と、8条「政府機関は、令状・許可なく、住宅の立ち入り、強制捜査、私信の開封、財産の押収・破壊などをしてはならない」。つまり軍は、誰の許可もなく、市民を拘束したり、家宅捜索したり、郵便物や財産の横奪をしたりすることを可能にしたのだ 


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