2023年01月31日11時19分掲載  無料記事
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政治

立憲民主党の思想的系譜〜野田政権発足時の民主党の「転換」を振り返る〜

  立憲民主党が右傾化運動の柱になったことを先日記しました。立憲民主党に関しては、その立ち上げ時の期待を思い返すと、残念です。また、優れた議員も数多く存在しているだけに、現在の執行部の方針には疑問を感じます。とはいえ、旧民主党の思想的系譜においては右傾化は当初から組み込まれていて、いざとなれば必ず自民党に助け舟を出すという行動を繰り返してきたのも事実なのです。特に、民主党の没落の原因となった野田首相時代のことを振り返ってみます。当時、民主党議員だった長島昭久氏が著書で書いていることです。以下、2015年に書いたものの一部を採録します。 
 
■長島昭久著『「活米」という流儀 〜外交・安全保障のリアリズム〜』 民主党・長島議員の外交・防衛政策と安倍政権の外交・防衛政策は極めて近い 
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 <長島氏は野田政権発足の時のことをこう記している。 
 
  「野田政権発足に際し、私たちは大方針を定めました。これは、久しぶりに本格的な「ドクトリン」と呼ぶべきもので、3つの柱からなっています。1つ目が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)を中核とする経済連携、貿易と投資のルールづくり、2つ目が安全保障、とりわけ海洋のルールづくり、3つ目がエネルギーをはじめ戦略資源の安定供給のためのルールや仕組みづくりです。・・・・これによって、明確に、鳩山政権時代にめざしていた「東アジア共同体」構想、つまり中国を中心とする秩序に米国抜きで不用意に入っていくという考え方と決別したのです。」(長島昭久著『「活米」という流儀 〜外交・安全保障のリアリズム〜』から)> 
 
  2009年の鳩山代表の時の選挙運動の柱の1つが、沖縄から米軍基地を撤退させることと、消費税は当分凍結すること、さらに東アジアの平和構想だったことは多くの人の記憶にあると思います。ところが官僚たちの抵抗も強く、沖縄からの米軍基地撤退の政策は頓挫し、鳩山首相は辞任しました。その後、菅首相を経て、野田首相に移りましたが、この時に政策を大転換して、自民党と瓜二つになったことを覚えている人は多いでしょう。消費税引き上げも2012年の大飯原発再稼働もそうです。そして、野田氏は現在の立憲民主党の議員であるだけでなく、最高顧問という位置にあります。安倍元首相の国葬でも弔辞を読みました。旧民主党〜そして現在の立憲民主党の中には、左派に党が重心を移そうとすると、自民党にボールを渡す人脈が存在しています。これは長い日本の歴史を経て形成されてきた権力の知恵でしょう。現在、立憲民主党代表の泉健太氏もこうした系譜に位置すると見えます。私は政権交代を封じるこの動きを「野党第一党によるキャップ効果」と呼んでいます。 
 
  私は自民党的な考え方、立憲民主党の野田氏のような考え方が政界にあっても構わないと考えています。決してそれを否定するものではありません。ただ、1990年代以後、二大政党制を目指し、小選挙区制の選挙制度に制度設計した以上は、国民が政策をめぐる選択肢を持てることが民主主義にとって必要です。二大政党のどちらでもほとんど変わり映えしない政策であっては、それ以外の考え方の多数派の国民が絶望しますし、棄権票も増えていきます。実際、棄権が戦後、最高値に達しています。 
 
  つまり、民主主義においては、考え方を異にする政党間の政権交代があることがとても重要なのです。それが民主主義のストラクチャーです。民主主義のストラクチャーがあることは、どちらの陣営にとっても大切です。というのも、絶対権力は絶対的に腐敗するからです。政権交代がない国は政治家たちは公私を混同し、官僚たちも国民のためでなく自己の利害のために行動するため、必ず腐敗します。今の日本はまさにこの状態に陥っています。経済や研究力などの活力が落ちているのはその証です。それを是正するには、野党第一党が自民党とは異なる政策を取る政党であることが必要です。そして、それは単なる「やってる感」といった見せかけではいけないのです。 


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