2023年03月08日10時20分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(19)国民防衛隊が誕生 西方浩実

5月19日。ミャンマーでは最近「PDF」がもっぱらの話題だ。PDF文書、ではない。People's Defense Force、国民防衛隊だ。4月に樹立された民主派の亡命政府「国民統一政府」(National Unity Government:NUG)(注1)が、5月5日に創設を宣言した人民軍で、いずれ今のミャンマー国軍にとって代わるという。(当然、軍からは速攻で、テロリストめ!と糾弾されている。) 
 
▽「国連や外国の助けは期待できない」 
PDFが創設されると知った当初、私は、既存の少数民族武装勢力をNUGの軍として組織するのだろうと考え、まだしばらく時間がかかるな、と思っていた。ところが、予想外にミャンマー各地で「PDF」の名を冠した組織が、ボコボコ誕生し始めた。どうやらNUGのアナウンスに呼応する形で、市民たちが自発的に防衛隊を立ち上げているようだ。 
 
ヤンゴンでもすでにいくつかの地区で、防衛隊が立ち上がった。姿形は見えないが(もし姿を見せたら軍に攻撃されてしまう)、設立を宣言する文書がFacebookで出回るので、あぁ、あの地域にもできたんだな、とわかる。 
 
ミャンマー人の同僚に、どういう組織なの?と聞いてみると、彼女は首をかしげた。「誰が参加しているか、何人規模なのか、そういう情報は何もわからないの。Generation Zかどうかって?うーん、それもわからないなぁ。私たちも、設立の文書をFacebookで見て、初めて知るんだから」 
 
以前書いた通り、すでに3月末頃から、非暴力での抗議に限界を感じ始めた若者たちが、国境エリアにいる少数民族武装勢力に合流して訓練を受け始めていた。おそらく彼らが訓練を終えて地元に戻り、PDFを立ち上げているんじゃないか。そうだとすれば、数週間のトレーニングを受けただけの即席チームだ。もし本当に軍と戦火を交えるなんてことになったら・・・大丈夫だろうか。 
 
とはいえ、実際にPDFが軍政との戦いにおいてどんな役割を果たすのかはよくわからない。自発的PDFはヤンゴンにもどんどん立ち上がっているものの、実際に軍との戦闘が始まったわけではなく、とりあえず組織ができた、というだけだ。いったい彼らは何をしようとしているんだろう? 
 
同僚が仕事の手を止めて、説明してくれる。「今は、NUGのアナウンスを待っているんだよ。来るべき時がきたら、みんな一斉に立ち上がろうというわけ」。立ち上がるって、軍に攻撃をしかけるってこと?「うーん、具体的にはわからない。でも、NUGの防衛省が昨日アナウンスを出したの。来たるべき時に備えて、軍事訓練を受けるように。そのうち作戦を伝えるから、それに従って行動してください、って。」 
 
内戦になる可能性はあるのかな。さすがにヤンゴンを空爆したりはしないだろうけど・・・。私の疑問に、彼女は真剣な顔でこう返した。「わからないよ、ヤンゴンだって。ミンアウンフライン(国軍総司令官)はどんなことでもすると言ってる。もちろん誰だって戦争したいなんて思ってないよ。だからクーデター直後からずっと、国連や外国に、助けを求めてきた。でも、それは起こり得ないことだとわかったの。もう、自分たちでどうにかするしかないんだよ」 
 
そういえば、別の友人も同じことを言っていた。水面下で抗議活動を続ける彼に、あなたが心配だ、と伝えたとき。「ありがとう。でもこれは、僕らが自分たちでどうにかするしかないんだ」と。思い起こせばその友人は、クーデター直後「国連の介入に期待している」と語っていたのだ。だがその期待は、これまでのところ裏切られ続けている。 
 
世間一般的にはみんな、PDFを歓迎しているの?それとも、内戦を怖がってるの?なおも質問を続けると、同僚は笑って答えてくれた。 
 
「もちろん、大歓迎!大部分の市民は、来たるべき決戦のときを待ってる。市民だけじゃないよ。軍の内部にもそういう人はいるはずなの。軍から脱走したCDM(市民不服従運動)の兵士たちはみんな、軍の中には同じ気持ちの兵士がたくさんいるって言ってる。だって、知ってる?CDMに参加した公務員の中には、軍人の家に匿ってもらっている人もいるんだよ。灯台下暗しで、いちばん安全だからね。軍人だって、何が正しくて正しくないか、もう気がついてる。PDFが反撃を始めた時、きっと市民側に立って戦おうとする兵士がいると思う」 
 
諦めてないんだね、というと、みんな諦めないよ、と、彼女はまた笑った。安心したような、心配が増えたような、複雑な気持ち。 
 
ミャンマーの未来は、ミャンマーの人がつくる。何もできない部外者の私は、圧政と不条理に苦しんできた彼らが見出す希望を、せめて、一緒に大事にしていこう。 
 
がんばれ、がんばれ。 
 
▽きな臭くなるヤンゴン 
5月31日。先週また少し、ヤンゴンの様子が変わった。交番や軍の施設などに、土嚢袋が積み上げられるようになったのだ。車両通行止めのバリケードも、心もち増えた気がする。つまり、市民からの攻撃に対する軍側の警戒レベルが上がっている。 
 
最近は、毎日のように市内のどこかで爆弾が爆発し、銃撃が起きている。たとえば、区役所や、学校や、ショッピングモールの駐車場で。あるいは、兵士が駐屯しているお寺を「何者か」が銃撃した、というニュース。とある軍関係者の結婚式に届いた小包が爆発して新婦が亡くなった、という衝撃的なニュースもあった。 
 
公共施設が狙われやすく、国軍側の警戒度が上がっている様子を見れば、これは市民側の反撃では・・・と思ってしまうのだが、ミャンマー人に「軍へのリベンジ?」と聞くと、みんな一様に「わからない」という。「すべては軍による自作自演だ」と断言する人もいて、真実は闇の中。 
 
27日には、複数の友人からこんな話を聞いた。「NUGが、ついにPDFに、軍への反撃を呼びかけたらしい。6月6日に全国のPDFが一斉蜂起するっていう噂だよ」 
 
6月6日、というのは、ミャンマー人が重視する「ゾロ目の日」で、そこそこの真実味を感じる日取りだ。その反撃の日への準備なのか、NUGの副大統領や閣僚から「これからの2週間で、食料などを備蓄しておくように」という通達も出たという。 
 
同僚は「あぁ、買い出しに行かなきゃ。でも現金がないから、誰かに借りなきゃ」と電話をかける。1万円ほど借りる算段がついたらしく、よかった、と胸をなで下ろす。 
 
別の友人は困惑した表情で、こんなことをつぶやいた。「国軍に反撃するって言っても、何が起きるのかよくわからないのよ。今までそんな経験したことないし、いったい何をどう警戒したらいいんだろう」 
 
・・・ただ、このPDFの反撃作戦については、メディアでも取り上げられず、あまり話題になっている様子もない。おかしいな、ガセネタじゃないかな、と思って友人に確認すると「あまり騒ぐと軍の警戒度が上がるから、水面下でやってるのかも」と言われたりして、本当のところはよくわからない。それでも、複数のミャンマー人から「6月は何か起きる」と言われるので、何かは起きるのかもしれない。(注2) 
 
 
クーデターで拘束をまぬがれたNLD議員らが2月に結成した連邦議会代表委員会(CRPH)の公式Facebookページには、5月28日、ある少数民族武装組織で行われたPDFの軍事訓練の修了式をおさめた動画がアップされた。たった3日で、実に43万件の「いいね」を集め、11万件もシェアされている。コメント欄には「PDFはすべてのミャンマー人の希望」「PDFの兄弟たちを誇りに思う」など、応援や期待のコメントがずらりと並ぶ。 
 
個人的な感情としては、市民が武装化していく、というのは、そこだけを取り上げれば決して喜ばしいことではない。40万人もの兵力をもつとされる国の正規軍への反撃が、さらなる悲劇を招くのではないか、という不安もある。 
 
でも2月1日以降、市民は必死で非暴力の抗議活動を続けてきた。それを軍はあまりに非道な殺戮をもって弾圧した。そして国際社会は、口先で批判するばかりで何ら有効な手立てを打てなかった。そのことを顧みずに「これからも非暴力でがんばって!」というのは、あまりに酷だと思う。 
ある友人は「6月で、今度こそひっくり返すぞ」と笑顔を見せた。軍政下で不自由な青春時代を送った、二児の父親だ。「そうだね、ひっくり返さないとね」。曖昧に笑い返しながら、そう答えることしかできなかった。 
 
突然奪われた民主主義や人権、自由を取り戻すために、いったいどんな戦略が本当に有効なのだろう。武力での抵抗以外に、まだ手段はあるのだろうか。 
 
<注> 
1・ミャンマー正月の2021年4月16日に連邦議会代表委員会(CRPH)が樹立した、民主派の政府。これによりミャンマーは、国軍によるクーデター政府と民主派の亡命政府NUGの二重政府状態になった。軍は、NUGの閣僚26人を反逆罪で指名手配しており、メンバーは潜伏・逃亡しながらオンラインで活動を続けている。アウンサンスーチー国家顧問とウィンミン大統領がトップだが、拘束中のため、副大統領ドゥーワラシラ氏が実質的なトップ。閣僚は、クーデター前の選挙で当選した議員や少数民族組織の代表らの他、若き人権活動家やLGBTQなど多様性あふれる顔ぶれだ。ミャンマーの正当な政府として諸外国に承認されるべく外交活動を行い、日本を含む7カ国に代表事務所を置いている(2022年8月時点)。 
2・結局6月6日もそれ以降も「一斉蜂起」と言えるような事態は起こらなかった。こうした噂はこの時期とても多く、人々は期待したり失望したりしながら日々を暮らしていた。 


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