2023年04月16日10時39分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(28)刑務所から反軍政の不屈の叫び 西方浩実

7月28日。カンカンカンカン…先週金曜日、昼ごはんを終えて眠気と闘っていると、とつぜん鍋を叩く音が聞こえてきた。びっくりして窓から顔を出すと、アパートの住民たちが何人か、ベランダで金物を叩いている。あれ、今日何か鍋叩きの呼びかけあったっけ?と、あわてて台所に金物を取りにいきながら、片手でFacebookをスクロールする。 
 
どうやらこの鍋叩きは、その日の朝、ヤンゴンにある国内最大の刑務所、インセイン刑務所に入っている人たちが、所内から反軍政のシュプレヒコールをあげたことに呼応したものだったようだ。インセイン刑務所のシュプレヒコールは、女性たちの棟から始まり、所内全域に広がった。囚人を監視するはずの看守たちの中にも、一緒になって声をあげた人がいたという。 
 
あたりまえだが、刑務所には逃げたり隠れたりできる場所などない。つまり兵士や警察に踏み込まれても、逃げ道などどこにもないのだ。それでも彼らは、外でその声を聞いてくれる人の存在を信じて、命がけで叫んだのだろう。 
 
政治犯支援協会(AAPP)の声明によると、この抗議の背景には、刑務所のずさんなコロナ対応の現状がある。インセイン刑務所ではコロナが蔓延しているにもかかわらず、特別房や所内の病院にいる人だけしか治療を受けられず、ふつうの囚人や看守には防護具すら配布されないという。つまり軍は、コロナの予防や治療をしないことで、クーデター後に逮捕した数千人もの市民を見殺しにしているとも言える。このインセインの叫びは、まさに文字通り、命をかけた抗議だったのだ。 
 
報道によると、この抗議の直後、兵士を積んだトラックが6台、刑務所内に乗り込んでいったという。一部の地元紙は「囚人たちが射殺された」と報道したけれど、続報はなく、何が起きたのか真実はわからない。 
 
「刑務所で何が起きているか、僕にはわからないよ。何かわかるとすれば、今までミャンマー軍政下の刑務所で、人々がどんな扱いを受けてきたか、ということだけだ」。電話口で、知人はそう言ってしばし黙り込んだあと、軍が囚人たちを虐殺した前科について静かに語った。 
 
1990 年。その2年前にクーデターで政権の座についていた国軍は、選挙で選ばれた政党に政権を渡すと公約していた。しかし軍は、選挙で圧勝したアウンサンスーチー氏率いるNLD(国民民主連盟)に政権を渡すどころか、NLDの指導者を次々に逮捕するという暴挙に出た。このときインセイン刑務所に入れられていた民主活動家などが、政権をNLDに渡せ!とハンガーストライキを行ったのだ。彼らは殴る蹴るの暴力を受け、40人以上が負傷し、6人が殴り殺された。看守たちは、囚人たちの叫び声をかき消すために、大音量で歌謡曲をかけていたという。 
 
「軍は何でもやるよ」。いつも軽妙な友人の口ぶりは重い。刑務所内にいる友人の顔が、浮かんでは消える。彼もこのシュプレヒコールに参加しただろうか。どうか、どうか、無事でいて。 
 
▽NUGの宝くじ 
8月14日。先週、本当に久しぶりに、シュプレヒコールを聞いた。少し先の大通りから聞こえてくる、民主主義を叫ぶ声。外出禁止令を守っておとなしく自宅にいた私は、一瞬耳を疑い、そしてすぐにベランダに飛び出した。 
 
うちのアパートから、大通りは見えない。それでもアパートの住民たちが、パラパラとベランダに出てくる。「おい、聞こえるか。早く早く」と家の中を振り返って誰かを呼ぶ人。いいぞいいぞ、と手を叩く人。 
 
シュプレヒコールは、またたく間に移動し、風のように消えていった。時間にして、わずか1、2分だっただろう。軍に通報されて捕まる前に、走りながら声をあげ、大急ぎで解散するのだ。この近くには、兵士たちの駐屯地がある。どうか逃げきれますように…。祈るような気持ちで、ベランダから空を見上げる。青い空。 
 
民主主義を取り返そうという人々の願いは、軍の虐殺によって、そして今は新型コロナによって、表面上は押さえ込まれている。それでも時々こんな風によみがえっては、半年前のあの気持ちを思い起こさせてくれる。 
 
「ねぇ、宝くじの話きいた?」電話をかけてきた同世代の友人が、何やらうれしそうに尋ねてきた。え?宝くじ?知らないよ。何か始まるの?「そう、NUGのオンライン宝くじだよ!」 
 
なんと、民主派勢力の政府NUG(国民統一政府)が、宝くじを売り出すというのだ。1枚2000チャット(約135円)で、5枚(約670円)から購入できるらしい。売り上げの7割が、NUGやPDF(国民防衛隊)などの民主主義勢力にまわり、3割が配当金になるのだという。 
 
クーデター以前、宝くじはけっこう人気があった。1枚1200〜1500チャット程度(元値の1000チャットに、販売者が利益分を上乗せして売る)で、1等はなんと1億円。同僚たちもよく買っていて、たまに誰かが5万チャット(約4000円)くらい当たると、みんなで、イェーイ、ビールおごりー!などとふざけ合っていたものだ。 
 
だがクーデター後、見事にだれも宝くじを買わなくなった。売り上げの6割が政府に入る仕組みだからだ。社会の発展のため、という本来の用途を、もはや信じる人などいなかった。いつも自宅横の路地で、白い軽ワゴン車のトランクを開け放って宝くじを売っていたおじさんが、クーデター後、トランクの中の定位置に座り、うなだれていた姿を思い出す。あの白いワゴン車も、もう数ヶ月見ていない。 
 
宝くじの売れ行きが激減したためだろう、軍は1億円だった配当を3300万円まで値下げした。市民たちは「賞金も払えなくなった」と嘲笑し、溜飲を下げた。 
 
「NUGの宝くじに関しては、賞金は当たらなくていいの。これを買うこと自体がサポートだから」。嬉しそうな友人に、お金はどうやって払うの?ネットバンキング?と聞くと、彼女は「それが問題よ」と声を落とした。「NUGは、宝くじを買う人の安全を一番に考える、って。軍はすでに『NUGの宝くじを買ったら法的措置を講じる!』って言ってるからね」 
 
あー出た、いつものやつだね。そう言って二人でため息をつく。「そう。それに今日軍政が、来週から銀行を一斉閉鎖するってアナウンスを出したでしょ。そのせいで、銀行を経由したやりとりができなくなったの」 
 
えっ、まさかあの銀行の閉鎖は、宝くじ販売を邪魔するため…?そう聞くと、彼女は「わからないけど、ありえるよね。ほかに理由がないもん。宝くじの販売開始は15日(日)の予定だから、タイミング的にはぴったり。でもNUGが、何か安全な方法をみつけて、アナウンスしてくれると思う」と期待をにじませた。 
 
その後、別の友人にも宝くじの話を聞いてみた。2〜3月に、デモの先頭に立っていた友人だ。彼は「もちろん買うよ」と明るい声で即答した。「もうデモはできない。殺されるから。でも僕たちはどんな手段を使ってでも、勝つまでたたかう。宝くじも、立派な戦略だよ」 
 
そして、胸を張ってこう言った。「僕はクーデター前までは、自分の楽しみのために宝くじを買っていた。だけど今度は、自分の誇りとミャンマーの未来のために、宝くじを買うんだ」 


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