2023年04月30日10時49分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(29)「革命」への戦闘がはじまる 西方浩実

コロナが落ち着いてきたミャンマーに、火薬の匂いが漂っている。「もうすぐ、戦いが始まるよ」。地方に住む友人からそんな電話がきたのは、8月20日頃のこと。「その情報、どのくらい信憑性があるの?」と聞くと、彼は「本当だよ、僕たちはやるって信じてる」と明るい声で答えた。 
 
いつかじゃない、近い将来。それも、かなり近い将来だと思う。彼は力強く、そう繰り返した。 
 
戦闘が始まる。D-day(戦闘開始の日)が迫っている。確かに数日前から、そんなウワサを耳にするようになった。民主派の亡命政府NUGの「国民を守るために戦う」という公言を「宣戦布告」と物々しく報じたメディアもあった。ただ正直なところ、そういう話はこれまでにも何回かあったので、半信半疑だった。 
 
そこで別の友人にも尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。「5ミリオンチャレンジって聞いたことある?今NUGの国防省が、Facebookを使って寄付募集のキャンペーンをしているんだ。武器を買うお金だよ」 
 
あぁ、そのキャンペーンの告知はSNSで見かけたよ。あれ、武器のためのお金だったの?でも武器ってどこで買うの?外国?どうやって運び込むの? 
 
立て続けに聞くと、彼はアハハと笑った。「僕は一般人だから、詳しいことはわからないよ。でも、その道に通じている人たちがいるんだ。ミャンマーで武器を手に入れるのは、そんなに難しいことじゃない。」 
 
確かに、そうかもしれない。ミャンマーに数ある少数民族の武装組織は、数十年もの間、非合法的なルートで多くの武器を手に入れ、国軍と戦ってきた。そして、それらの組織の多くは今、NUGと連帯している。軍を解体し、民主国家のもとで連邦軍をつくるために。 
 
「5ミリオンチャレンジでは、チケットを買うと抽選で景品がもらえるんだ。チケットは1枚1万チャット(約675円)、僕も10枚買ったよ」。えっ、この間、給料の支払いが止まって困ってるって言ってなかった?驚いて聞き返すと、彼は胸を張る。「僕は借金してでもチケットを買うんだ。この革命は、本当に大切なことだから」 
 
そうか、そうなんだね、と答えて、しばらく黙り込む。・・・「内戦」ではなく「革命」と、彼は言った。 
 
▽「新しい国をつくりたんだ」 
8月下旬にコロナ感染が落ち着きはじめるのと前後して、ミャンマーでは再び、きな臭い事件が増えた。つまり、連日のようにどこかで爆発が起きたり、誰かが殺されたりしている。軍や警察、またはピューソーティと呼ばれる軍の手下たちが動いているケースもあれば、民主派のPDF(国民防衛隊)が動いているケースもあるという。 
 
ピューソーティというのは、軍が組織するいわゆる民兵で、普通の服を着て、普通の市民のような顔をしている。そして軍の命令に従って、民主派の市民を逮捕したり、殺したりする。驚いたことには、ときに軍側の人間を殺したり、公共施設を爆破したりもするらしい。は?なんで?と、頭の上にハテナマークを浮かべる私に、友人たちが説明してくれたことには、「市民に濡れ衣を着せて、堂々と攻撃する口実をつくるんだよ」ということらしい。 
 
日本人の私には想像もつかない話だが、ミャンマー国軍のこうした前科は、枚挙にいとまがないという。「軍のやり方はもう古い。奴らの手の内は、もうすべてわかってるよ」と友人は嘲笑する。 
 
逆に、民主派の若者たちが中心になって組織するPDFは、そうした危険分子を排除すべく、攻撃をしかける。つい先日も、ヤンゴンの住宅街に住む知人からこんな話をきいた。「数日前に、うちの近くでダラン(軍への情報提供者)が殺されたの。PDFがやったみたい」 
 
えっ!家の近くで?それは怖かったでしょう、と心配する私に、彼女はこう答えた。「私は大丈夫。まぁ、近所でだれかが殺されるなんて、落ち着かないけどね。でもその人が軍にあれこれ密告したせいで、罪のない人がたくさん逮捕されて、拷問されたんだよ。だから、うーん、なんて言えばいいかなぁ…」。そう言って彼女は困ったように笑い、平和な国からやってきた外国人を傷つけないよう、言葉を濁した。 
 
うん、そうだね、と頷く。彼女の言いたいことは、言葉にしなくても伝わった。PDFによるダランの殺害という行為は、自分たちの安全を守る正当防衛で、歓迎すべきことなのだろう。 
 
人々が反撃を決意するまでに、どれだけの人が殺されただろう。 
青空の下で自由を叫び、歌をうたう丸腰の市民に、軍は銃弾やロケット砲を撃ち込んだ。それでもデモ隊は「暴力でやり返しちゃダメだ」と諌め合っていた。実弾で頭部を狙ってくる「治安部隊」に、打ち上げ花火で対抗していた若者たち。 
 
犠牲者はデモ隊だけではなかった。人の命を救おうとした医療者。自由を綴った詩人。イデオロギーなどわからない小さな子どもまでもが、標的にされた。鍋を叩いたご近所さんは、暗闇の中、護送車に乗せられて行った。人々は国中で「R2P」のプラカードを掲げ、国際社会に助けを求めた。でも、誰も助けに来てはくれなかった。 
 
市民は、喜んで武器を手に取ったのではない。ただ、非暴力が、あまりに無力だったのだ。 
 
傷痍軍人の祖父をもつ私は、戦争はどんなことがあっても絶対にダメだと信じ、疑わなかった。でも、ここにきて気がついた。それは確固たる信念ではなく、ただの思考停止だった。戦争は絶対にしてはいけないから、それについては考える必要もない、と。 
 
だけど今は、戸惑いながらも、思う。正しい戦争は、あるのかもしれない。 
 
そんなことを考えていたら、冒頭の友人から、再び電話がかかってきた。 
「昨日、軍がアパートに踏み込んできたよ。深夜2時頃だ。標的は僕じゃない。同じアパートのリス族の住民を探していた。ダランが密告したんだろう。逃げ出せないように夜中にきたんだ。僕の部屋にも兵士が入ってきたけど、僕は武器も持っていないし、スマホもチェックされたけど、昔使っていた古いスマホを見せて乗り切った。軍がアパートから引き上げたのは、朝4時頃だった」 
 
疲れた声で、彼はこう言った。 
「ねぇ、わかるだろう?軍が支配するこの国に、僕らの人権はないんだよ。僕らは戦いたいんじゃない。人権を取り戻して、新しい国をつくりたいんだ」 


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