2023年05月05日10時40分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(30)民主派「国民統一政府」が戦闘開始を宣言 西方浩実

9月7日、朝8時半。「ついにD-dayがアナウンスされたぞ!」。同僚からのそんな電話で、寝ぼけていた頭が一気に覚めた。D-day、つまり戦闘開始の宣言。民主派勢力の国民統一政府(NUG)の副大統領が、軍への武力による反撃を宣言したのだ。電話を切り、そわそわとベランダに出て、外を眺める。いつもの花売りのおばちゃん。野菜を手に市場から帰ってくる、ご近所さん。のんびりと晴れた朝。 
 
・・・D-day?今日が? 
 
いまいちピンとこないまま部屋に引き返すと、友人からのメッセージがスマホに届いていた。「とうとうこの日がきた!がんばるぞ〜!」。医師の友人からも「さっそく応急処置用の外科セットを買ってくる」と元気なメッセージ。 
 
なんとなく予想はついていたけど、少なくとも私のまわりでは、内戦化を嘆く悲観的な様子は見られなかった。戦闘開始前夜とは思えないこの妙にカラッとした雰囲気は、これが唯一の自由への活路だとわかっているからだろう。この日に向けて、今まで十分に時間をかけて、覚悟を固めてきたのだ。 
 
ある友達はこう言った。「3月、平和に声を上げていたデモ隊が軍に虐殺されて、絶望的な気持ちだった。でもその絶望は怒りに変わり、エネルギーに変わった。命がけで軍を倒す。こんなことはもう終わりにしなきゃいけない」 
 
また、別の友達はこんな風に話してくれた。「僕たちは1962年に軍政が始まってから、何度も何度も立ち上がり、そしてそのたびに打ち負かされてきた。軍は銃を持っているからね。奴らは武力を持っている限り、絶対に譲歩しない。僕らは、今立ち上がらなければ、同じ歴史を繰り返すんだよ。戦うのは怖くない。僕らはこの日を待っていたんだ」 
 
一方で、「何が起きるかわからなくて不安」と漏らした同僚もいた。しかしその彼女も、少し考えてからこう言った。「でも少数民族の人たちは70年間、何度もこんな思いをしてきたんだよね。私たちビルマ族は、知ろうともしなかったけど。だから今、私たちは犠牲を払ってでも、軍の支配を終わらせないといけない。これはミャンマーがずっと抱えてきた問題だったの」 
 
これは、2月1日のクーデターへのリベンジではない。ようやく巡ってきた、ミャンマー国軍への決別のときなのだ。 
 
一昨日、昨日と、SNSから流れてくる情報では、ヤンゴン市内のどこかで誰かが発砲したり、爆発が起きたりしているようだった。深夜には100人を超える若者たちが、一気に軍に拘束されたという。一方で街の様子は、驚くほどいつもと変わらない。人々は引きこもる様子もなく、バスもタクシーも走っているし、露店もいつも通りに営業中だ。戦闘開始宣言のことなど知らなければ、なんてことない穏やかな日々。どこかで戦闘が起きている傍で、こんな日常が続いていくのだろうか。それともこれは、数日間だけ与えられた猶予期間なのだろうか。わからない。「ヤンゴンで今すぐ大規模な戦闘が始まることはないと思うけど、一応気をつけなよ」。地方に住む友人からのそんな忠告に、現実味を持てないまま頷く。 
 
D-day宣言の日に会った友達は、開口一番「やったー、始まるよ」と笑った。そして「戦争を喜ぶなんて悲しいよね」と、また笑った。 
 
彼女によると、NUGから戦闘開始の宣言が出されたあと、市民たちは早速それぞれ準備にとりかかっているという。自分の食料の準備だけではない。PDFを支える準備や、いざとなったら自分も戦う心の準備。 
 
「武器を持っていない女の子も、家の近くに兵士が来たら、窓から石を投げて応援するって言ってたよ。料理に毒を入れて兵士に渡すことだってできるし、PDFの子たちにはお弁当を差し入れたり、家に匿ったりしてあげられる。どんなやり方でも戦えるよ。それぞれにできることがある。みんなで戦うっていうのは、そういうことなんだと思う」 
 
それを裏付けるようにFacebookには、お金やビタミン剤、包帯、タバコなどを詰め込んだジップロックの写真がUpされた。「もしPDFがきたら渡せるように」と、市民たちが小さな支援物資を準備し始めたのだ。PDFにとってみれば、国のどこに行っても、同じ気持ちを持った支援者たちが、寝床や食料を提供してくれるのだ。これほど心強いことはないだろう。 
 
ミャンマーの人たちはみんなすごいね…、と私がつぶやくと、彼女は表情を変えずに、サラリとこう言った。「うん。これで民主主義を取り戻せなかったら、私たちの未来はないからね」 
 
民主主義を取り戻したら、どんな未来がくるんだろう。 
カレン族の友達はこう言った。「クーデター前のNLD政権では、いつも軍がアウンサンスーチー氏を見張っていた。軍は自分たちにとって不利益なことがあれば、警察や兵士を動かして脅せばよかった(注)。あれは本当の民主主義じゃなかったんだ。僕らのゴールは、軍事クーデターが二度と起こらない国をつくること。憲法も政治も教育も、国軍なしでつくり直すんだ」 
 
ヤンゴンに住む友達は、さらに具体的なビジョンを話してくれた。「この数年で、ヤンゴンはすごく発展したでしょ。でも地方の少数民族地域では、ずっと軍との争いが続いていて、全然発展していない辺境地域がいっぱいあるの。私たちは今、そういう地域に対して自分たちが無知で無関心だったことを反省してる。だから民主化したら、都会の大学で学んだ若者たちが、どんどん国境方面に出ていくと思うよ。それで、地方の発展のために働くと思う。ミャンマーは変わる。豊かになるよ」 
 
スーチーさんがいなくても大丈夫?と聞くと、うん、もう大丈夫だよ、と彼女は答えた。「次のリーダーは、少数民族の人がいいと思う。発展から取り残された地域が本当に豊かになるためには、きっとそれがいい」 
 
2月1日からミャンマーの人々は、リーダー不在のまま闘い続けてきた。そして毎日、街角やオンライン上で交わされる膨大な情報の中で、共感したり議論したりして、思考を形成してきた。問題の根はどこにあるのか。自分たちはどんな国を作るのか。誰か一人の意見に従うのではなく、集団として緩やかに合意形成し、民族などの枠を超えて、同じ方向を向き始めたように見える。 
 
そして今、人々が視線の先に捉えているのは、アウンサンスーチー氏の解放でも、軍政打倒でもなく、新しいミャンマーの創造。 
 
武力を用いた戦闘は、それだけを取り出せば、ただの悲劇だ。だけどミャンマーの人たちが描く民主化後のビジョンを聞いていると、もしかしたらこれは生みの苦しみなのかもしれない、と思う。 
 
注・軍に強大な政治的権限を認める2008年憲法(註32参照)に基づき、軍は政権をNLDに譲ったあとも、内務省(警察)・国防省(国軍)・国境省(少数民族問題)の3省は、国軍総司令官の直接指揮下に置いてきた。 


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