2023年05月09日09時57分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(31)軍政打倒へ「国民防衛隊」という希望 西方浩実

10月15日。D-day(戦闘開始)の宣言から1ヶ月以上がたった。ヤンゴンでの生活に、変わったところはない。いや、むしろ街には以前よりも活気が戻っている。急激なインフレ下にあっても、ショッピングモールは人で溢れているし、渋滞も増えた。ヤンゴン中心部の湖畔には、犬を散歩させる家族連れや、いちゃつくカップルの姿。 
 
街のいくつかのポイントには、相変わらず軍がバリケードを張り、傍には兵士が立っている。不意に通り過ぎる軍のトラックからは、通行人に向けて銃口が突き出されている。うわ、軍だ、と一瞬だけ緊張する、その瞬間も日常生活の一部になった。 
 
来週から始まるダディンジュ(雨季明けの満月)の連休、ビーチに向かう飛行機や観光地のホテルは、すでに予約でいっぱいだと聞く。それでいい、と頭ではわかっている。経済を回さなくてはならない。この日常を生きていかねばならない。それでも、もうひとつの現実・・・つまり、地方では軍の兵士や国民防衛隊(PDF)が殺し合っていることを思うと、気楽にヤンゴン生活を送ることに、罪悪感を抱いてしまう。 
 
だから、あまり深く考えないようにする。そして、負傷したPDFへの医療支援にいくばくかの寄付をして、お茶を濁す。レストランでおいしい料理をお腹いっぱい食べたあとに「やれる支援はやっている」とこっそり自分を正当化していることに、自分だけは気がついている。 
 
閉塞感でどうしようもない時、私はミャンマー人たちと話す。「戦闘開始が宣言されたのに、ヤンゴンにいると何も状況が変わらないみたい。それどころか、クーデター前の日常生活に戻っていくみたいで、なんか複雑な気分。」 
 
そう嘆くと、友人たちはこんな風に教えてくれる。「ヤンゴンにいるとそう思うよね。でも地方ではPDFが本当にがんばって軍と戦っているよ。PDFは十分な装備も給与もないけど、信念がある。何より軍に捕まったら殺されるから、命がけで戦う。だから強いよ。警察と軍には正義がないから、PDFほどの士気はないんだ。奴らはもう、戦うのが嫌になってきている。地方では、PDFと戦わずに民主側に寝返る兵士も多いんだって」 
 
別の友人が「ヤンゴンでも、毎日いろんなことが起きているよ」と口を挟む。確かに、どこかで爆発が起きたとか、ダラン(軍の密通者)が殺されたという話はしばしば耳にする。でもそんな情報も、ひっきりなしにあるわけではない。うん、まぁね、と曖昧に頷く私に、友人はこう説明した。 
 
「PDFは活発に動いているんだけど、みんなFacebookに情報を上げなくなったの。以前は、何かが起きるとすぐに『○時○分に○○通りで爆発!』と速報を流していたでしょ。でも今はどこで何が起きたか、あまり投稿しなくなったの。PDFを守るためだよ。彼らに逃げる時間を与えるためには、情報は遅い方がいいの」。特にそのようなルールができたわけでもないのに、こんな風に人々の間で合意がなされ、ゆるやかに団結してひとつの方向に向かっていくのは、とてもミャンマー市民っぽい感じがする。 
 
ヤンゴン郊外で暮らす友人は、そういえばね、とイタズラっぽい表情で付け足す。「私の街では、警察の中に民主派がかなり混じってるんだよ。いわゆる『スイカ』(注1)ね。彼らは警察官として働きながら、内部情報を市民にリークするの。『いま兵士たちがどの道を通ってどこに向かったぞ』 とかね」 
 
えぇっ、それってバレたらやばいよね?「もちろんやばいよ!でも、これはどこも同じなの。たとえば軍から各省庁への情報も、絶対には秘密にできない。CDMをやめて職場に戻った公務員たちが、流出させるから。「部外秘」と書かれた文書が、その日のうちにFacebookに載るんだから、笑えるよね」 
 
ひとしきり、スカッとするような話を終えると、ひとりが少し曇った表情をして、困ったように笑った。「毎日いいことも悪いことも、色々あるよね。どこかの街でPDFが勝ったと聞いて、喜んで友達に電話すると、その友達はそのとき、故郷の村で知り合いが拘束されて悲しんでいたりする。毎日、毎時間、喜んだり落ち込んだりを繰り返しているよ」 
 
一見変わらない日々の水面下で、反軍政を貫く人々。様々な情報が行き交う中には、おそらく希望的観測も含まれているだろう。それでも、軍にすべての権力を奪われた状況の中に希望を見出し、それをパワーに変えて闘い続けている。 
 
ただ、その闘いが果たして軍を追い詰めているのか、と考えると、何となくまた閉塞感が戻ってきてしまう。たとえばD-day直後から、勢いに乗った地方のPDFたちが、軍系の通信社Mytel(マイテル)の電波塔を次々と爆破した。D-dayから数日後には「もう100基近く倒したんだって」と聞いて、すごい!と高揚したのだけれど、冷静に考えれば、いくら電波塔を倒したところで軍政は倒れない。ネピトー(首都)の軍事評議会(注2)が息絶えなければ、民主主義は帰ってこないのだ。そこに近づいているのかどうかが、私には見えない。 
 
あるビルマ族の知人は、はっきりとこう言った。「PDFがどんなに命がけで戦って、軍の兵士を何百人殺しても、ネピトーには何の影響もない。ミンアウンフライン(国軍総司令官)は、痛くもかゆくもないだろう。あいつはPDFの命も、国軍兵士の命でさえも、何とも思ってないよ」 
 
でもね、と彼は続ける。「それでもPDFが戦い続けなければ、軍政に立ち向かう人がいなくなる。ミャンマー中の人々の『軍を倒すぞ』という希望がなくなる。希望がある限り、人々は反軍政の気持ちを絶対に忘れない。PDFだけでは勝てないかもしれないけれど、それでもやっぱり彼らは必要なんだ。僕たちは必ず勝つよ。時間はかかるかもしれないけど、必ず。それまで僕は、PDFへの支援を続ける。」 
 
別の友達は、笑いながらこう言った。「私、PDFが武器を買うためにたくさん寄付したから、今まで善行で積んだ功徳がパーだわ。ははは」。やくざな仏教徒の物言いに、思わず吹き出す。彼女はクーデターの前から貧困者の食糧支援などを続けていて、誰か困っている人がいるとすぐに手を差し伸べるという、とてもミャンマー人らしい女性だ。 
 
同じ寄付でも、やっぱり武器だと功徳にはならないかなぁ、なんて笑っていると、彼女は、ふと落ち着いた声に戻ってこう言った。「民主化したらさ、いつか寄付なんていらなくなるよね。寄付の文化なんてなくなるくらい、みんなで豊かになれたらいいよね」 
 
民主主義がなくなった国で、戦いが続く国で、思い描く未来。一人ひとりの小さな希望や、PDFに懸ける願いが、閉塞した現状の中でも、心に光を灯してくれる。「必ず軍政は崩壊する」「必ず自由が戻る」。誰かと話をするたび、どちらからともなく合言葉のように、そんな言葉を交わす。 
 
人々が希望を捨てない限り、必ずまた強い追い風が吹く。 
がんばれ、ミャンマー。自分に言い聞かせるようにつぶやいて、前を向く。 
 
 
注 
1・表面上は軍政に従いつつ、裏で民主化運動を支援する兵士や警察官は、通称『スイカ』と呼ばれていた。外側が緑(=軍の色)、中身は赤(=アウンサンスーチー氏率いるNLD党の色)、というのがその名の由来。 
2 State Administrative Council、通称SAC。クーデター翌日の2021年2月2日に軍が設立した、クーデター政権下の国家行政の最高機関。2021年8月に暫定政府を発足させている。なお『国家行政評議会』と訳されることが多いが、大多数のミャンマー人が軍を政府と認めていないことから、ここでは軍事評議会と表現している。 


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