2023年05月21日12時38分掲載  無料記事
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=202305211238380

アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(33)ササガワ来る、日本への失望高まる 西方浩実

11月26日。「日本も、ほかの外国もアテにしない。もういいんだ。僕たちは自分たちでなんとかする」。ある友人から初めてハッキリとそう言われたのは、確か6月頃だったと思う。彼はその後も、例えば9月のD-dayの宣言のあとなどに電話をかけてきては「君たち日本人にわかってもらえなくてもいい。これは僕らの問題だ」と繰り返し言った。そのわりに「君は僕たちが武力で反撃することについて、どう思う?」と私に尋ね、私の回答が曖昧だったりすると「どういうこと?もう一回言って」とそのニュアンスまでも正確に聞きたがるのだった。 
 
わかってもらえなくていい。でも、わかっていてほしい。 
彼の心の中で揺れるアンビバレントな感情が見えるようで、切なかった。 
 
先日、その彼がまた電話をかけてきた。「ササガワが来たね。・・・僕たちはとてもガッカリしたよ」。そうだよね、と返す。日本・ミャンマー関係の要人である日本財団の笹川陽平氏が、クーデターを起こした張本人ミンアウンフライン国軍総司令官と直接会談をしたのだ。これは、ミャンマーの人々に「日本が軍政を正式な対話の相手として認めた」という強い印象を残した。 
 
彼は私に聞いた。「君は、ミャンマーで最も影響力が強い人は誰だと思う?」「アウンサンスーチー」と私が答えると、彼はこう言った。「そうだ。僕らミャンマー市民は、ミンアウンフラインには絶対に従わない。僕らを動かせるのはアウンサンスーチー氏であり、NUG(民主派の亡命政府)だ。日本がミャンマー市民の気持ちをわかっているなら、ミンアウンフライン(国軍総司令官)だけに会うなんて、ありえない」 
 
私は、日本政府が軍政を認めたわけではないのだと説明した。ついでに「あれはササガワ氏の個人的な訪問なんだって」と、外務省発表の逃げ口上を伝え、彼は「そうか」と相槌をうった。けれどもちろん、彼も私も全然そう思っていなかった。 
 
「Facebookには、ササガワや日本に失望したという投稿が溢れているよ。僕は今、日系企業で働いているけれど、もし今後、日本の会社で働くことが軍政側だと見なされるようになったら、今の仕事をやめる。僕は軍政を認めていないのに、軍政を認めるような国から給料をもらうのは矛盾しているから」。2つの立場に同時に立つことはできないんだ、と彼は繰り返した。 
 
それから、思い出したように私に尋ねた。「アメリカ人ジャーナリストの話、聞いた?」うん、聞いたよ、と頷く。5月に軍に逮捕された、ミャンマー現地メディアの編集長、ダニー・フェンスター氏のことだ。ササガワ氏が来る3日ほど前に、軍政はフェンスター氏に禁錮11年という重い有罪判決を出した。そしてササガワ氏との面会のあと「ササガワ氏(など)に要求されたから」と、禁錮11年だったはずのフェンスター氏をとつぜん解放したのだ。 
 
友人は怒気をはらんだ声でこう言った。「ミャンマー人のジャーナリストだって、同じ人間なんだ」。あぁ、その通りだ、と思った。国連も諸外国も、クーデターを起こした軍を批判し、「ミャンマーの人々の命や人権を守るように」と繰り返し声明を出している。でもそうした国々が、お金や政治力を使って救い出そうとするのは、自国民や外国人だけなのだ。1万人を超えるミャンマーの「政治犯」のことなど、誰も助けてくれはしない。こうしたひとつひとつの出来事の積み重ねが、彼らに「外国に頼らず、自分たちで闘う」と決意させてきたのだろう。 
 
電話を切る前に、彼はこう言った。「君は、今のミャンマーの不条理に、僕らと一緒になって怒っている。でも、君には僕たちの気持ちを本当に理解することはできないよ。自由で、お金持ちで、人権の守られた国で育った君には、絶対にわからない。・・・でも、わかろうとしてくれてありがとう」 
 
ヤンゴンでは、ますます緊張が高まっている、という。確かに、先週あちこちで爆発が起きた日、NUGは「これから拡大する軍事作戦の一部だ」と警告を発していた。警戒感を強めた軍は、連日のように若者を何十人も拘束しているという。 
 
ところが、私は正直、その緊迫感をあまり感じていなかった。警察や兵士、軍車両を見かける回数が増えた感じもないし、軍のチェックポイントに至っては減った気さえする。「あんまり軍の警戒感とか感じないんだけどなぁ」と漏らすと、同僚は「気づいていないだけだよ」と微笑んだ。 
 
「いろんな道の角に、警官が立っているよ。普段着でね」。えっ、そうなの?普段着なのにどうして警官だと分かるの?「わかるよ。どこかに行くでもない、誰と話すでもない。肩から小さなバッグをかけて、ただそこに立って、あたりを見回してる。髪型も角刈りで、いかにも警官って感じだ。」 
 
別の同僚も、話に入ってくる。「そういえば、この近くのチェックポイント、最近なくなったでしょ。でも、本当はなくなってないの」。えっ、とまた驚く私に、彼女はいたずらっぽく言った。「チェックポイントがあった場所の脇に、竹やぶがあるでしょ?竹やぶの奥をよく見てごらん。警察が数人スタンバイしてるよ」。 
 
街から、警察や兵士の姿は消えていく。チェックポイントも減ったように見える。だけど彼らは、そこにいるのだ。道の角で、竹やぶの向こうで、罠にかかる獲物を待つように。冷たいものを感じる。 
 
同僚たちは、今のところあのエリアが一番安全だとか、私の住むエリアは、西側はいいけど東側は気をつけたほうが良いとか、あれこれ情報を教えてくれた。「コイツの家は危険ゾーンだから近づいちゃダメ」などと冗談めかして笑う彼らは、話の内容を知らなければ、ワイワイと楽しそうですらある。 
 
私も一緒になってワイワイやりながら「こんな大変なのに、みんな強いよねぇ」と言う。同僚は、わかってないなぁ、というように、また笑った。「僕らは強いんじゃない。強くあろうとしているんだよ。」 


Copyright (C) Berita unless otherwise noted.
  • 日刊ベリタに掲載された記事を転載される場合は、有料・無料を問わず、編集部にご連絡ください。ただし、見出しとリード文につきましてはその限りでありません。
  • 印刷媒体向けの記事配信も行っておりますので、記事を利用したい場合は事務局までご連絡下さい。