2023年06月01日10時25分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー「夜明け」への闘い(35)アウンサンスーチー氏への思い 西方浩実

12月27日。「今年は、つらいクリスマスになってしまったわね」。クリスマスのあと、久しぶりにクリスチャンの知人を訪ねると、その初老の女性はそう言って微笑んだ。そしてその表情のまま、じわっと涙を浮かべた。 
 
地方での軍の攻撃は、12月に入り、残虐さを増した。無差別に街や村を空爆したかと思えば、民間人を拷問し、焼き殺す。「本当に、軍の非道さと言ったら・・・。あんな残酷な兵士たちを相手に戦う若者たちが、本当にかわいそうで・・・。」彼女は途切れ途切れにそうつぶやく。夜眠れない日もあるのだといい、毎日ただ祈ることしかできない、と嘆いた。 
 
現在の戦闘状態を、彼女は望んでいないのだろう。そう思いつつ、私は小声で無遠慮な質問をした。「軍政が続くのと、内戦状態が続くのと、どちらがマシですか?」。彼女は涙を浮かべたまま、きっぱりと言った。「軍政は絶対に受け入れられない。私は、PDF(国民防衛隊)がヤンゴンに攻め入ってくる日を待っているのよ」。 
 
30代の友人は、すこし複雑な表情を浮かべながら、こんな話をし始めた。「もしも仮に、今、アウンサンスーチー氏が軍から解放されて、僕らに『武器を手放しなさい』と言ったとしても、きっと誰も従わないだろう。この戦いは彼女でさえ止められないんだ」。 
 
アウンサンスーチー氏は武力行使に反対するかな?と聞くと、彼は「わからない」と答えた。「僕たちは最初、平和に行動した。君も見ていた通りだよ。銃で撃たれても、暴行や拷問をされても、僕らはギリギリまで耐えたんだ。それから、どうしようもなくなって銃をとった。でもその苦悩の過程を、彼女は見ていない。非暴力闘争でノーベル平和賞をとった彼女が、僕らと一緒に武力で戦ってくれるかどうか、僕にはわからないよ」 
 
そして彼は、思いもしなかったことを口にした。「軍は、長引く戦闘を終わらせるために、最終手段としてアウンサンスーチー氏を使うかもしれない。つまり彼女をメディアに出して『戦闘はやめなさい』と言わせるんだ」。えーっ、そんなことあり得るかなぁ、と疑わしげな私に、彼は「わからない。でも軍はいつだってそういう卑怯な手を使ってきた」と、吐き捨てるように言った。 
 
「僕が心配しているのは、そうなった時の、僕たちとアウンサンスーチー氏との信頼関係だ。多くの国民は、僕も含めて、彼女を信頼し、尊敬している。でも武力闘争をやめろと言われたら、それに関しては彼女に従うことはできない。僕らにとって、彼女を悲しませるのはつらいことだよ」。 
 
それから、彼は少し声を強めてこう言った。「でも、僕らはアウンサンスーチー氏のために戦っているんじゃない。自分と子どもたちの未来のために戦っている。だから彼女と気持ちが違っても、それは仕方ないんだ」。そういう心配をしている人はあなただけ?と聞くと、「僕の他にもたくさんいると思うよ」と彼は答えた。 
 
彼の苦悩について同僚に話すと、彼女はこんな風に言った。「軍が本当にアウンサンスーチー氏を利用するかどうかはさておいて、彼女は今のミャンマーの状況を理解してくれると思うよ」。そして昨年の選挙の前、アウンサンスーチー氏がテレビのインタビューに答えたときの話をしてくれた。 
 
インタビュアーは、こんな質問をしたそうだ。「もしまた今あなたが逮捕されたら、ミャンマーはどうなると思いますか?」。彼女の記憶によれば、アウンサンスーチー氏はこんな風に答えたという。「民主化して以降、ミャンマー国民は民主主義の中で呼吸をしてきました。民主主義を咀嚼し、飲み込み、身体に染み込ませてきたのです。それまでの軍政との違いも、国民は十分わかっているはず。たとえ私が逮捕されても、ミャンマーは大丈夫です」 
 
「彼女は私たちの選択を信じるはず」と、同僚は私の目を見つめて言った。それから、思い出したように付け加えた。「選挙前、彼女はこんなことも言っていたわ。『もし選挙で国民がNLD(アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟)を支持すれば、NLDは生き残る。もし支持しないなら、NLDは敗れる。それが民主主義です』って。民主主義の国では、私たち自身が、未来を実現する手段を選べるはずなのよ」。 
 
2015年から始まったNLD政権には、実は批判も多かった。あるビルマ族の知人は、はっきりと言った。「NLD政権の実力は、正直たいしたことなかったよ。NLDの政治家たちにも、この人はすごい!と思えるような人はいなかった」 
 
しかし、それは仕方なかったのだ、と彼は続けた。「NLDの政治家には、かつて民主化運動に身を投じたせいで、10年も20年も刑務所に入っていた人が結構いるんだ。そういう人たちがいきなり実務能力や国際感覚を身につけて、バリバリ実績を上げるなんて無理でしょう。だけどそういう人たちは、長年苦しい思いをしても民主主義を諦めず、軟禁中のアウンサンスーチー氏と心を一つにして耐えてきた。彼女はそれに報いたんだよ」 
 
それだけじゃないと思うなぁ、と別の友人。「2015年の政権に何より必要だったのは、個人の能力や実力じゃなかったんだよ。それより、国軍とは何かを知っている人。つまり、民主化されてもなお大きな政治力を持っていた軍に対して、憎しみを態度に出さずに笑顔で握手できる人だ。2008年憲法がある限り、どんな政権でも簡単に軍にひっくり返されてしまうからね。軍の機嫌を損ねるとどうなるかよくわかっている人こそ、適任だったと思うよ」 
 
それでも、2期目になれば、また潮目が変わる。少なくとも、そのはずだった。友人によれば、次の5年でNLD政権は、たとえばDr. Sasaのように、カリスマ性や実績のある若者や留学経験のある人たちを登用しようとしていたのだという。「アウンサンスーチー氏はNLD政権の最初の5年間(2015〜2020年)で、本当に国をつくる力のある人を見定めてきたんじゃないかな。つまり、これまでの5年間は、NLDにとっては布石。これからが本番だったんだ」 
 
突然奪われた未来を取り返そうと、必死に闘いつづけたミャンマーの11ヶ月。失われたものの大きさは、想像を絶する。それでもミャンマーの人々の不屈の闘志と、自由への意志に、私は何度でも希望を見出す。2022年、どうかミャンマーの未来に光が射しますように。 


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