2023年06月19日16時35分掲載  無料記事
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敗色濃い日本軍を描いた米映画『硫黄島からの手紙』(2006)

  硫黄島と言えば太平洋戦争でも激戦地で知られた島であり、この島を占領されれば本土防衛が難しくなると言うことで決死の戦いを求められながらも海軍も陸軍も増援が来なかった。この玉砕覚悟で米軍を迎え撃つ日本軍の死闘を描いたのは米国人のクリント・イーストウッド監督でした。『硫黄島からの手紙』は『父親たちの星条旗』と同じ2006年に公開された硫黄島の戦いを日米それぞれの側から見つめた姉妹作品ですが、日本軍を見つめた『硫黄島からの手紙』の方がはるかに出来が良いと私は率直に感じました。米国人でもこれだけの映画が作れる、というよりも、むしろ米国人であるがゆえにできたことかもしれない、とすら感じました。つまり、過去に日本で描かれた戦争作品は、イデオロギー色、あるいは道徳色が濃かったためです。 
 
  若松孝二監督の『キャタピラー』という作品も優れた映画ですが、反戦の視点、そして女性の側から戦争を見つめる、という視点で貫かれていました。これはこれで筋が通った映画ですが、『硫黄島からの手紙』はそうした1点突破的な視点ではなく、あの戦いはどのようなものであったのか、という総体を描こうとした作品に感じられました。 
 
  このことは『ヒトラー最期の12日間』や『ヴァンゼー会議』などの最近のドイツ映画と通底して、そこで何が起きていたのかをなるだけ群像として、なるだけ全貌を素直に見ようとした映画に似ていると感じられました。『硫黄島からの手紙』は渡辺謙が演じる指揮官・栗林忠道陸軍中将が中心であるとはいえ、二宮和也が演じるパン屋出身の一等兵や、憲兵隊を首になって送り込まれた兵士、あるいはロサンゼルス五輪で馬術で金メダルを取ったバロン西と呼ばれる陸軍中佐など、様々な人物の視点が並行しています。安易な言い方に聞こえるかもしれませんが、ポリフォニー的な空間になっています。同じ日米戦争でも、古典になった『地上より永遠に』のような一人の主人公の目線で(あるいはその上官を含めてせいぜい2人の目線で)話が描かれるのと大きく演出が異なっています。 
 
  この映画でイーストウッドは、戦時中、日本の軍部が流していた「鬼畜米英」という言葉に対して、実際に米国人の友を持つ日本の軍人たちを重要な位置につけ、安易なナショナリズムという視点に偏らない描き方をしています。心の底では戦争したくない、という思いを秘めながらも、軍人と言う立場上、戦わざるを得なかった人々をイーストウッドは感傷的にではなく、巧みに描いています。やはり戦争をなるだけ避けたかった古代ギリシアの古典『イリアス』の英雄、アキレスのようです。そして、その一方でそれとは対比される兵士たちも何人か描いています。戦後、長い間、ハリウッド映画で描かれてきたドイツ兵とか、日本兵は多くの場合、「敵」という記号でしかないことが多かったものです。しかし、この映画では、日米戦争のシンボルとなった硫黄島で、当時、いったい何が起きていたのかをなるだけ謙虚に見つめたい、という監督の眼差しを感じました。そして、それは『父親たちの星条旗』と組み合わされることで、より立体的な全貌に近づけていけるのです。『父親たちの星条旗』では、象徴的な旗を掲げようとする米兵たちの写真に写った兵士たちを描いていますが、彼らの葛藤を通して、戦場における英雄とは何かを問いかけており、その眼差しは『硫黄島からの手紙』と通底しています。 
 
 
 
■ジェローム・カラベル(米社会学者)「トランプ主義は生き残る」 〜アメリカの民主党と共和党の支持層の逆転現象〜 
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■「Democratic Debacle 民主党の敗北」The defeat of Hillary Clinton was a consequence of a political crisis with roots extending back to 1964. ヒラリー・クリントンの敗北の根っこは1964年に遡る ジェローム・カラベル(社会学) 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202002290302266 
■「大いなる幻影:流動性、不平等とアメリカンドリームについて」ジェローム・カラベル(カリフォルニア大学バークレイ校 名誉教授)”Grand Illusion: Mobility, Inequality, and the American Dream” By Jerome Karabel 
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■「パンデミックで悪化した階級間の壁 〜フランスにおける新型コロナ感染症対策の自宅閉じこもり違反者の報道から〜 その1」 ソフィー・ビュニク 
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■「パンデミックで悪化した階級間の壁 〜フランスにおける新型コロナ感染症対策の自宅閉じこもり違反者の報道から〜 その2」 ソフィー・ビュニク 
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