2023年06月22日02時17分掲載  無料記事
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戦後憲法の生成を批判的に描いた『日本独立』(2020)

  2020年暮れに公開された伊藤俊也監督の『日本独立』は、占領下における日本国憲法生成に関わった人々の思いと行動を群像的に描いた歴史映画です。といっても群像の中心はマッカーサー元帥を頂点とするGHQと日本政府の間での連絡を担う英国帰りの白洲次郎と白洲と等しかった外相(当時)・吉田茂の2つの視点に多くが割かれています。 
 
  日本人の思いに反して、戦勝者であるGHQが<日本人が主体的に作成した>という名目にしつつも、実態としては統治のためにやってきた米官僚・軍人たちが憲法の基本を作り、押し付けたという過程が描かれています。GHQが押し付けた、というのは実態としてそうだったでしょうし、それを悔しさをにじませながら飲まざるを得なかった日本の政治家たちの思いもおそらくそんなものだったであろうと、思えます。そして、その感情は巧みに描かれています。とくに吉田茂と白洲次郎の絡みは非常に面白い演出で魅せられます。 
 
  とはいえ、この映画は群像によって新憲法作成のプロセスが描かれているのですが、「他者」が存在するようには見えないことがこの映画の最大の欠点のように見えました。演出力を持った監督なのですが、日中戦争から太平洋戦争に至る軍国主義とアジア諸国の占領支配への道のりを反映する視点が欠落しているため、今日のアクチュアルな政治における憲法改正を是とする政治イデオロギーが濃厚な映画に見えてしまったのが残念です。先日書きました最近制作されたドイツの歴史映画『ヒトラー最期の12日間』や『ヴァンゼー会議』のように多数の視点を交えながら、何がそこで起きていたかを虚心に見つめた映画とは、そこが大きく異なるところだと思います。言い方は悪いのですが、『日本独立』は男たちのロッカールームの愚痴という印象を与えるのです。真の日本独立を描くには、それが連合国はおろかアジア諸国にとっても納得のいく内容でなくてはならず、そのためには大日本帝国憲法の価値観にとらわれた当時の内閣以外の目線を加えざるを得ないのです。 
 
  『日本独立』ではいろんな人物が出てきますが、大半が戦争遂行勢力の政治家や官僚たちで、皆、利害を共にしているという意味で、そこには視点の多様性がありません。また日本の政治家に敵対しているように描かれているマッカーサー元帥らGHQの人びとも天皇を守る、という点ではつながっています。戦争を遂行した勢力を批判的に見る日本人が登場せず、日本軍の支配下に置かれたアジアの人々の視点もなく、映画で描かれるのは憲法を押し付けられる日本人が感じる理不尽さばかりです。実は、劇中に大きな争点がこの映画に一見ありそうに見えて、実際にはないのです。その意味では、この映画は総合的に何が起きていたかを真摯に探ろう、ということではなく、むしろ答えが先にありきの映画、という風に見えてしまうのです。この映画では、両性の平等などの条文を盛り込んだ女性、ベアテ・シロタ・ゴードンについて登場の時から風刺的に、ある意味で悪意に満ちた描き方がされていたのも、ひっかかりました。敗戦直後のこの時点で日本の女性には参政権がなかった、という点についても触れられていません。 
 
  こうした場の設定で新憲法制定のプロセスを描くのであれば、そこに登場する人物はおのずと限られるのでしょうが、彼らの行動の背景にあるもの、あるいは彼らが視野に入れていないものが何なのか、というその不在の「何か」を見つめる作業がなければ、単にその場にいた時代の枷を帯びた人々の「再現」というに留まってしまうでしょう。その意味では、GHQの面々をもっと活かす、という手立てがありえたと思います。GHQ内部における価値観の違いもあったでしょうし〜それは多少描かれてはいるのです〜それを日本人との関係の上でももう少し掘り下げて、軍事力の象徴というだけでなく、別の実態のある「外部」あるいは「他者」として描くことはできなかったのでしょうか。そうすることによって日本とアメリカ、という国家の枠を超えた葛藤が描けたかもしれないのです。 
 
  吉田茂と白洲次郎さらにマッカーサーの会話の中には、興味深いセリフがあり、そこは面白いのですが、この劇で掬い取られていない彼らの視野に入らない部分をあえて映画に取り込んで見せていけば、もっとこの劇は深みと発見を持ち得たと私には思われるのです。つまり、米占領軍との議論に熱中する日本の内閣の人びとを俯瞰的にとらえることが必要だったのではないかと思うのです。 


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