2023年07月12日16時05分掲載  無料記事
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アジア

ミャンマー人を対象とする「緊急避難措置」とは何か?-日本人支援者が解説-(前編)

 2021年2月1日の軍事クーデター以降、民政移管(2011年)→アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権成立という、民主化の道筋をそれなりに辿っていたミャンマーの状況は、一夜にして一変してしまった。 
 
 同年5月末、日本政府は「本国情勢を踏まえた在留ミャンマー人への緊急避難措置」という在留資格上の措置を発表した。「ミャンマーにおける国内情勢は不透明な状況であることから、新型コロナウイルス感染症とは別の緊急避難措置として、当分の間、就労可能な在留資格を付与することとしたものです」(出入国在留管理庁が公表している今回の緊急避難措置についてのQ &Aより)という入管の見解に沿ったものだ。ちなみに、ちょうどその時期は、「コロナ禍による帰国困難者」に対する在留資格上の特別措置も講じられていたが、こちらは2023年初旬までにほぼ完全終了している。 
 
 この緊急避難措置というのは、要するに「ミャンマーの国内情勢が悪化しているため、ミャンマー人はひとまず帰国しなくて良い」というもの。留学や就労、技能実習生など、それぞれの資格で日本に在留しているミャンマー人はそのまま在留を継続すれば良いわけだが、何らかの事情で在留資格の維持が困難となり、通常は帰国せざるを得ないケースなどについて、新たに在留資格「特定活動」が付与されるというものだ。この「特定活動」は、日本人の間では「ミャンマー特活」という俗称で呼ばれることが多い。私はミャンマー人と話す際には「アーナーテイン・ビザ」と呼ぶことにしている。以前、私は東京入管を訪れた時、ある入管職員がこの緊急避難措置の在留資格のことを「クーデタービザ」と呼んでいた。「アーナーテイン・ビザ」とは、「クーデタービザ」という言葉を単にミャンマー語化したものだ。また、一部ミャンマー人の間では、「ミンアウンフライン・ビザ」という名称で呼ばれることもあるそうだ。ミンアウンフラインとは、2021年に軍事クーデターを起こし、現在は最高権力者となっている国軍総司令官の名前だ。 
 
 そもそも、どういう経緯で緊急避難措置が開始されたのか。2021年2月のクーデター以降、国軍による市民への弾圧が激しくなるにつれ、日頃からミャンマー情勢に関心を持っている与野党の国会議員から在日ミャンマー人団体に「話を聞きたい」と連絡があったという。その後、会合が開かれ、ミャンマー人の実情に関する意見聴取が行われた。当然のことながら、在日ミャンマー人は「ミャンマーの情勢が緊迫しているので、帰国を望まないミャンマー人が日本に滞在し続けることができるようにする必要がある」との意見を出した。これについては、与野党の国会議員が施策の実現に向けて努力してくれた、といえるだろう。 
 
 この緊急避難措置は、2022年4月15日以降、多少改定が加えられている。現在では、在留期間1年で就労許可付きの「特定活動」が与えられるケースが増えており(1週28時間の就労時間制限の条件が付せられているケースもある)、また1年が経過した後も更新が認められている。 
 
 2022年までに、4,000人以上のミャンマー人に対して、この「緊急避難措置」による特定活動の在留資格が付与されている。言い換えれば、4,000人以上のミャンマー人が、この在留資格によって救済されている、とも言えるだろう。 
 
 前述のように、今回の「緊急避難措置」は、従来から日本に在留しているミャンマー人のための救済措置という性格を持っているのだが、その後少し変わった側面も見られるようになった。 
 
 昨年10月、コロナ禍に対する、いわゆる「水際作戦」が終了し、留学生や技能実習生などと共に、「短期滞在」、つまり観光や親族訪問などで日本に入国するミャンマー人もかなり増加している。そして、こうした「短期滞在」の在留資格で入国したミャンマー人も、「帰国できない」合理的な理由を説明すれば、今回の「緊急避難措置」の在留資格である「特定活動」への変更が許可され、日本に居住し続けることが可能となった。元来、入管法の規定上は、「やむを得ない」事情がなければ、「短期滞在」から他の在留資格への変更は認めないのだが、入管は今のミャンマー本国情勢を「やむを得ない」事情とみなしている、と言えよう。これによって、今回の緊急避難措置は、非常に限定的とはいえ、ミャンマー本国から避難してきた人々を日本に受け入れる役割をも併せ持っている。 
 
 ただし、この緊急避難措置はいつまで続くか分からない。国軍が権力の座に留まる限り、緊急避難措置は打ち切るべきではないが、もし仮に、緊急避難措置が終了すれば、適切な在留資格を得られず、路頭に迷うミャンマー人が出てくるだろう。 
 
 後編では、ミャンマー人による「難民認定申請」の現状などについて触れていく。 
 
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熊澤 新(くまざわ・あらた) 
・「ミャンマー民主化のためのネットワーク」代表 
・行政書士(入管・ビザ関係の業務) 


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