2023年09月14日13時16分掲載  無料記事
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コラム

投票率低下の背景にあるもの 〜政治や経済のメカニズムが全くわかっていない人が国民の半数以上を占めるのではないだろうか。

  国政選挙があるたびに低投票率が戦後の記録を更新して下がっていきます。有権者はますます投票に行かなくなっています。その理由には様々な要因があるでしょうが、もっと注目されるべきなのは〜私の仮説ですが〜有権者=国民の知的空白が拡大してきた、ということではないかと思います。つまり、インフレとか、金利とか、限界消費性向とか、あるいは新自由主義とか、民主社会主義とか、ヘッジファンドやポツダム宣言、三権分立など基本的概念が理解できない人々が国民の過半数を超えてしまったのではないでしょうか。多少言葉は聞いたことがあっても、その理解が浅すぎて、世界で、日本で起きている現象と関連づけて考えることがまったくできない人々です。こんなことを書くと、お前はいったい何様なのか、と批判されるでしょうが、それでも現状を冷徹に見ることは重要だと思っています。 
 
  こうした人々は〜私の想像ですが〜選挙戦が始まっても、もともと基礎概念が理解できないゆえに現状の理解もできないために、候補者が政策を説明してもまったく理解不能の状態にあると考えられます。したがって投票所に足を運ぶ動機が持ち得ないのではないか、ということです。怠惰というよりも、むしろ学校の試験を受けさせられるような心理に陥るので、投票所にだけは行きたくないのではないかということなのです。試験問題で正しい答えをA〜Eの中から1つ選べ、とか2つ選べ、みたいな試験の感覚でしょう。問題を解く力がない人にとっては恐らく苦痛なのだろうと思います。「誰が(政治家に)なっても同じ」という言葉は、日本語→日本語で翻訳すると、「私には(どの政策・どの候補者がいいのか)わかりません」あるいは「私には選ぶ能力がありません」ということになるのではないかと思っています。今起きている問題が何かわからない人からすると、政治家の訴える政策を理解できるはずがないのです。そういう意味で、無知の広がりが投票率の低下の背後にあると私は考えるようになりました。そして、このような心理状態こそが独裁政権に寛容な政治風土を創り出すのです。 
 
  過去の投票率のトレンドを見た時に、日本では2009年の民主党による政権奪取とか、2008年のオバマ大統領の当選のような、人々が政治に熱くなった瞬間には投票率が上がりますが、それは瞬間風速で持続しません。その理由は、先述の通り、なぜその政党を良しとしたか、政策の良さを本当に理解できていない人がくじ引きを引く感覚で投票所に向かったのではないかということなのです。もし基本的な概念を人々が理解できていれば、民主党もまた政権奪取できていたであろうし、もっと持続できていた可能性もあるのです(ここでは民主党の政策上の有権者への裏切りは忘れるとして)。なぜその政策が良いのかについての本質的な理解が欠けているから、「悪夢のような民主党政権」と後で言われると、「確かにそうかもしれない」という風に思ってしまう可能性もあるでしょう。このような有権者には社会の現状がどうなっていて、それに対する正しい政策が何かを理解していただく取り組みが非常に重要ですし、その正しい理解は全体像とデテールと両方伴う綜合的なものでないと現状を分析できる力になりません。つまり、これは一瞬で終わる日本特有の選挙戦では不可能であり、持久戦的に粘り強く地域地域で勉強会とか討論会などを開くなどして底上げしていくしかないのでしょう。今、野党共闘の枠組みがあるなら、共同できるところは共同で行うこともできるでしょう。たとえば野党共闘の参加政党で協力して共通の経済・政治における基礎知識をそれぞれ20項目くらい説明した冊子やフリップを作るのです。そして機会あるごとに項目の順番は問わず、全部解説を受けたら基礎知識がついて、この国の状況を自分の頭で分析できるようになる、というのも一案でしょう。大切なことは職業が何であれ、市民として最低限必要な知識のスタンダード(標準・基準)を設定して、それをみんなが意識化できることです。全部終了したら野党政治大学の修了証書を出せばよいのです。 
  消費税率とか、エネルギー政策などの違いについてはその時、討論してもよいのです。討論することで理解は格段に増すものです。そして、その際に最も大切なことは地域の人々の暮らしに触れて、その願いや思いを汲み上げて(ステレオタイプなコピーではなく、心の底にある本当の願い)政治に導入していくことです。それが出来たら、このサイクルができれば、こうした営みに持続可能性が出てくると思われます。 
 
  近年は職場でも学校でも家庭でも、あらゆる場所で隣の人びとと政治について話す機会がなくなったために、周囲の人々がどの程度の知識を有しているかを知る機会はありません。そのために日本では無知であったとしても無知であることを全く自覚することができない環境にあります。SNSでは政治経済に関心を持つ人々が多いような錯覚を得ますが、その言論空間は国民全体の中のごく一部かもしれません。1789年のフランス革命の場合は、農民たちがブルジョアジーや職人たちと村や町の居酒屋みたいな場所で昼食をともにしながら、政治論議に耳を傾けたり、議論に加わったりする空間があったと聞いています。そうしたコミュニティが存在すれば、共通の知識が組み立てられていけるのです。言葉の定義も明確化できますし、議論を積み上げていくこともできるでしょう。現代は出版やTV、パソコン、スマートフォンなどで一見ツールとしてはコミュニケーションが豊かになったように思いがちですが、実態は皆バラバラになるばかりで、コミュニケーションは年々後退を続けているのかもしれません。そして、知識の衰退はコミュニケーションの衰弱と連動しているように思えます。 
 
  アメリカの劇作家のエドワード・オールビーは亡くなる直前のインタビューで、アメリカでは恐ろしく多くの大衆が、民主主義の制度について理解しないまま投票所にやってくると嘆いていました※。市民であるために何が必要か、政府とは何をするシステムなのか、民主主義とは何かといった知的教育を米教育システムがしなくなった、という警鐘だったのです。日本も同様でしょう。与党を応援したり、野党を応援したりする人は一定数いても、その政治経済上の理由を本当に理解しているのかどうかは未知数ですし、国民の間で大きな知識水準の差があるのではないかと思います。そして知識のある人は圧倒的少数でしょう。実は、一般大衆だけでなく、マスメディアのスタッフ自体の間でも無知は広がっていることが想像されます。要するに、知識の棚卸をして、点検する作業を一貫してさぼってきたために、知識産業が空洞化しているのです。すなわち、商材がたとえば材木だった時、材木商は材木の質や量をきちんとチェックしなくては商売が成り立ちませんが、マスメディアは知識が商材でありながら、そのような商材の質量のチェックを全くしていないのです。そしてスタッフについても同様です。20代前半の時期に入社試験を受けたら、あとはチェックはありません。ですから、そこで知識の質量に大きな差がついていきますし、知識をつけた人々を評価するシステムも不在なのです。たとえばマスメディアで人権が何かを理解している人は多くないかもしれないのです。重大な人権侵害事件を報じないマスメディアは、権力者を忖度しているという見方もありますが、人権の概念について基本的な知識の欠落が根底にあるのかもしれません。また、そうした概念は年々変化して発展していくので、時間をおいてアップデートしていく必要もあります。しかし、メディアでは多くの場合、再び教育を受けに大学や大学院などに戻る人はごく一握りでしょう。そういうわけで鶏が先か、卵が先かではありませんが、マスメディアと大衆がそろって無知になっている可能性があるのです。 
 
  もし、この仮説が正しいとしたら(日本人の過半数が政治・経済の基礎的概念が理解できていない)、短期で解決はできないでしょう。親や教員の無知は日々教室や家庭で再生産されています。過半数が無知で、しかも学習意欲もまた乏しいければ、無知はマスメディアによる世論の誘導のおかげで、ますます広がっていくのみです。そして、この仮説によれば、国民が無知であればあるほど、現段階で組織票を最も有する与党が勝利できることになります。新聞やテレビは時々、識者が基礎概念を説明するコラムを設けることがありますが、政治現象や経済現象の核心にそれを結びつけてしまうと自民党の逆鱗に触れるために、それを避けるのです。真相の中心にある一番面白いところをごっそり削ってきたのです。その結果、基礎概念と現象との関連が理解できないままで、結局は、その知識も血肉にはなり得ないのです。これを考えれば、野党は最低20年かけて、教育に力を入れる必要があるのではないかと私は考えています。急がばまわれ、ということわざがありますが、無知の国民に一度選挙で政権をもらっても、持続可能性が乏しいのです。 
 
 
※米劇作家エドワード・オールビーの”遺言”  Civics(市民論・市政学)の教育を取り戻す必要がある 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202208051349325 
 オールビー「シビックスについて教えなくなったために、人々は投票所に驚くほどの無知(illiteracy)の状態でやってくるんですよ」 
 
 
 
 
 
 
■ナショナリズムの台頭の真の原因は欧州連合本部にある ロビイ活動を監視するCorporate Europe Observatoryの ケネス・ハー氏 Kenneth Haar 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201702070312142 
 
 
■私はなぜ刑務所の民営化と闘ってきたか  元受刑囚で「刑務所法律ニュース」のジャーナリストに聞く  Interview : Alex Friedmann , Managing Editor of "Prison Legal News." 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201612081813454 
 
 
■PARC新作DVD上映会&トーク 『甘いバナナの苦い現実』   鶴見良行氏の「バナナと日本人」から約40年、フィリピン・ミンダナオ島のバナナ農民たちは今? 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201810010323571 
 
 
■日本の大メディアによる、フランスの年金改悪反対デモの伝え方  朝日新聞もNHKもデモへの冷笑的視点で描いてきた 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202001202020581 
 
 
■フランスの年金制度改革反対の最前線にAttacの女性たち〜替え歌とダンスで盛り上げ市民100万人単位の動員の起爆剤となる 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=202303152318463 
 
 
■現代日本の「凡庸な悪」  NHK独立検証委員会の設置を 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201912272354425 


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