2025年12月27日20時13分掲載  無料記事
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みる・よむ・きく

山形県置賜地域を舞台とした農民出稼ぎにまつわる民衆史

『出稼ぎの時代から』 
出稼ぎにまつわる民衆史 
 
 
1960年代からほぼ十年間、東北地方を中心に冬の半年間、村から男が消えてしまう時期があった。東京オリンピック、東海道新幹線、臨海工業地帯開発、自動車工業の勃興、そして大都市建設。日本経済は毎年二桁の成長を続けた。世にいう高度経済成長時代といわれた時代である。(大野和興) 
 
東京オリンピックの前年、筆者は日本農業新聞に入り、駆け出し記者生活を始めたばかりだった。村は揺れ動いていた。政府による農業近代化政策が推し進められ、農地の基盤整備、耕運機導入に伴う機械化、化学肥料・農薬多投などが進んだ。農業生産の効率を上げて、農業労働力を都市、工業に移転させるという政策意図があった。 
 
そのひとつの表れが農民出稼ぎだった。出稼ぎが最も盛んだった東北各県では、コメ取り入れを終えた11月から苗代準備が始まる3月の間、文字とおり男手が消えた。農業近代化と出稼ぎ・兼業化は農業・農村にとって経験したことの無い出来事だった。2023年、筆者は山形県白鷹町で地元の方々と共同で『出稼ぎの時代から』というドキュメンタリー映画を作った。「地方の時代映像祭」で奨励賞をとった同映画が描き尽くせなかったさまざまを本の形でまとめたのが本書である。 
 
劣悪な労働条件に直面する出稼ぎ農民の健康を支えた健診体制を作った青年団活動、男たちがいない村を守った女たちの想いと底力、出稼ぎ先のひとつ神奈川県川崎市郊外で里山を壊して作った市街地の今、そこで農業を営んでいた都市近郊農民の昔と今。開発により思わぬ金が入った農家になかには、別の仕事に手を出して夜逃げした人も多かったという。 さまざまの出稼ぎにまつわる民衆史が語られる。 
 
出稼ぎをしないで地元で暮らせるようにしたいと、農業・農民に側からの運動が生まれ、行政や農協を地域で働ける場を作ろうと動き出す。その最中、今度はコメ減反が村を襲う。続いて農産物自由化の嵐、そして今、農民に農地に村に消滅の危機が迫る。老いぼれ記者として、きちんと記録を残さなければ、と思う。 
 
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