2026年04月19日13時38分掲載  無料記事
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コラム

村の日の丸損壊罪  西沢江美子

 総選挙の圧倒的勝利に乗って戦争三法改正、スパイ防止法、国旗損壊罪など、戦争推進の法律を次々と強行しようとする高市政権。今日は82年前の出来事を話したい。 
 
 今、狭い私の周りで少しずつ、高市政権についての変化が起きている、米国とイスラエルが仕掛けた中東戦争で生活が厳しくなるということを通して、戦争への不安を口にしだしてきたことだ。スーパーで出会う敏子さん(74)は、 
「日本、戦争になる。どうしよう」と。敏子さんは自衛隊員の孫を持つ。敏子さんは高市さんを女性で総理大臣になったと評価していた。いま「戦争しない政党に変えなくちゃ」と言いきる。敏子さんの友人の秀子さん(80)は、一人息子の子供四人とも男の子だという。彼女のお母さんが言っていた戦争は、物を言えない、食い物も着るものも何もなくなる、出口なくなるんだよ、絶対にやってはいけない、と付け加えた。 
 
 先人達が伝えてきた戦争の恐ろしさが、この人たちには、肌感覚で残っていたのだ。今、ボソボソとその不安を口に出したがっているように感じ、私も祖母や母から聞かされていると、立ち話をする。 
 
 私自身が経験した一つの事件を伝えよう。母が作ってくれた、日の丸の旗を胴裏に使った上っぱり(上着)のこと。 
 食べ物も布も、何もかもがなくなった太平洋戦争敗戦一年前の正月のこと。4歳の私に正月着として、祖母が供出に出せない繭で糸を取り布に織ってくれた。母がそれをくるみの皮で黄土色に染め、私の上っぱりを作った。絹布は薄いので、背中の裏に日の丸の旗をヨモギで染めて胴裏とした。 
 
 「この上っぱりを脱いだら絶対に裏を出してダメだよ」と母は何度も私に注意した。「どうして」「まだ小さいからわからないだろうが、誰かが見たら、母ちゃん、警察に捕まっちゃうから」。当時の警察はとても怖いものだった。 
 
 正月が来た、ヨモギに少々のヒエとキビを入れた餅。それでもいつもより十分食べられた。新しい上っぱりを着て、友人の集まる場所にかけていった。十人ほどの友人と早速かくれんぼ。暑くなって、上っぱりをぬぎ、石垣の上に置いた。夢中で遊んだ。 
 
 その日の夜、母は警察に連れていかれた。不敬罪だった、一晩止められ、帰ってきた、約束を破った私を怒らないで、子供が着ていたものを調べて、警察に言いつけた、近所の誰かのことを怒っていた。 
 
 今、不敬罪はないが、高市政権内ではスパイ防止法や国旗損壊罪を成立させようと急いでいる。不敬罪があっても日の丸の旗を1枚の布のとして使用した母の勇気を思いながら、こうした一つ一つの制度や法律が戦争への地ならしであることを六歳で身につけている私は、その最後の世代として語っていかなければならないと強く思う春だ。 
(ジャーナリスト) 


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