2026年04月25日17時26分掲載  無料記事
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反戦・平和

日本が再び軍事大国になる懸念 9条改正反対の運動に戦争経験者が寄与できること

 急いで、自分の不覚を隠すために、衆議院を解散、短い日時で、選挙を実現するというとんでもない施策を弄して、(まあ、それに気がつかなかった国民多数の方が責任だが)、自分に従うという議員(自分の利益しか眼中にない)が3分の2以上などというとんでもない立法府にして、自分のやりたいこと、帝国主義的国家の成立(戦前への回帰)を目論む政権をなんとか排除しなければ、日本はまた大変な状態になるでしょう。それを回避しようと、憲法9条を変えるなという運動が、日本全国で起き始めていることは、非常に結構なことだが、こうした運動に、日本国民の半数以上が参加することにならなければ、なかなか現政権を覆すことができないでしょう。(落合栄一郎) 
 そうした雰囲気を作り出すための一つのやり方は、戦争の悲惨さを、実感した人たちが、多くの人に伝えて、国民に戦争反対の意識を高めるのに寄与することでしょう。 
 そこで、筆者自身の経験を申し上げます。終戦時9歳、小学校(当時は国民学校)3年生でした。生まれてから1944年(終戦の1年前)まで東京の下町(御徒町)で生活していたが、空襲が激しさを増してきたので、埼玉県の遠い親戚の作業小屋を借りて移り住みました。ところが、それがたまたま、日本軍の航空基地の一つ(狭山市)のそばだったのです。米軍の攻撃に対応するため、高射砲を発することが多かったのですが、その破片が時には、我々のすむ建物の屋根に投下することなどがありました。ヒヤヒヤでした。学校は、徒歩で20分ぐらいのところ。終戦直前の4月の初め、新学年が始まったころでした。空襲警報が発せられて、学校を出て、自宅の防空壕に退避しろということで、直ちに、自宅にむかいました。しかし、自宅に着く前に、戦闘機が、攻撃しながら空港に向けて降りてきました。自分に向けられているようにも見えて、恐怖に震えながら、大きな木の後ろにしばらくじっとしていました。ところが、その同じ時、学校を閉鎖して、帰りかけた校長先生が襲撃され(故意か、偶然かはわからないが)即死。 
 終戦の数年後だったと思うが、かねての自宅のあたりに行ってみました。もちろん自宅はがらくたの山、見て歩いた周辺は破壊された跡地。 
 この戦争の後には、さらに難しい生活を迫られました。2、3の経験を。生活その他に必要なものが不足。小学校では、教科書なども不足、クラス40人の生徒に、2、3冊のみ。生徒たちは、順番にノートにうつしとる。先生も不足。私の学校では、国語教師は、付近の神社の宮司、理科の先生は、夜は大学で勉強し、昼に教師。私生活では食料不足がしばしば。高校は、川越高校だったが、十分に建設ができおらず、最初の1年間は、そばにある川越城内の一室で授業。高校も、大学も経済的には大変苦労。 
 などなど、戦争の悪影響は、身に染み込んでいて、しばらくは、戦争という言葉は、見るのも聞くのも嫌だった。それから、アメリカ・カナダなどに行くことになったのにも、戦争の影響があった。最終的に落ち着いた大学は、アメリカのペンシルバニア州にある比較的小さな大学だったが、その大学を選んだ理由が、自分の専攻ばかりでなく、もう一つ別な理由があった。その大学は、キリスト教の平和主義であるBrethren派が設立したもので(現在は、教会とは独立)、アメリカで初めて、平和学などという学問分野を大学に設立した大学。この宗派は、徹底的に戦争反対で、多くの信者が兵役を拒否してきた。大学内でも、平和希望、戦争反対の雰囲気が漂っていて、さまざまな平和運動を行なっていた。 
 そこから退職してカナダ、バンクーバーに。アメリカの大学へ行く前は、このバンクーバーにある大学で教えていたので、バンクーバーに4半世紀後に帰ってきた。 
そして、バンクバーに日本以外で初めて出来た「憲法9条の会」や、World Federalist Movementなどに参加した。9条の会では、会長を勤め、10数年、夏に催される日系人の祭りを期に、「原爆展」を開催した。 
 この9条の会に入会した時、このベリタの記者になった時でもあり、9条の会の紹介を投稿しました(2007年:注)。その一部、メッセージをもう一度。引用: 
 
 憲法(9条)が政府与党の言うように改定されると次のような事態が生じるでしょうが、皆さんはこういう状態を好ましいとお思いでしょうか。 
 
(1)イラク戦争のような、道理に叶わない戦争などにかり出されて命を落としたいですか。カナダは賢明にもイラクには出兵していないが、アフガニスタンにはNATOの一員として2700人ほどの兵士を送っており、すでにそのうち44人ほどが命を落としています。 
(2)親、兄弟、夫、子や孫が、このような戦争にかり出されるのが嬉しいですか。 
(3)憲法を改定して、世界各国から非難を浴び、孤立を強いられるのが好ましいですか。特に、先の戦争で、日本が甚大な被害を与えた国々は、日本が再び侵略戦争を起こしかねない可能性を危惧し、軍備拡張に向かい、国際間の緊張は増すばかりになるでしょう。そういう状態が好ましいですか。 
(4)戦後62年間、日本は(憲法のおかげで)戦場で一人の人も殺していないという輝かしい記録を持っていますが,それを打ち破りたいですか。 
 
 こういう事態が好ましくないとお思いでしたら、どうか憲法、とくに9条を変えないように、変えようとする動きを阻止するように働いてください。そのためにも日頃、下のような警句を口ずさんで、日本国民の間に流行らせてください。 
 
「そのまんま 変えるな憲法 9条を」 
「そのまんま 変える要なし 9条は」 
 
 以上は、個人の、戦争に基づく経験。しかし、これには、この戦争が、筆者個人でなく、日本の攻撃によって大変な苦労を強いられた韓国、中国、東南アジア諸国の人たちの経験については言及していません。日本の侵略がもたらした莫大な損傷、これについての反省もなければ、今回の軍事国への動きを止められないでしょう。 
 
 
(注)http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200702231109485 


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